十二.オークはモテたい1
結果から言うとオークを食うことはなかった。
何故って? 太った人間の体をした生物。
しかも下半身をおっ立てて腰に巻いたボロ布を少し湿らせるような生物を食えるだろうか?
俺は食えない。食欲は一気に消え失せてしまった。
ちなみに、アネモネも気持ち悪いと言って一瞬で家に入ったので問題はない。大事な娘に変なものを見せた罰として屠殺してもよかったが、それすらも憚られた。
言ってしまえば触る事すらしたくない。
そんなオークは今、目の前で土下座で反省させている。
「お前、次やったら塵一つ残さない程に矢をぶち込むからな」
「も、申し訳御座いませんでしたブ」
「その語尾、腹立つからやめて?」
「す、すみませんブ」
「もういいや。お前帰れ。な? それで二度と姿を現さないでくれ。頼む」
「そんなぁ! ブ」
「いや、そんなも何も……お前、俺達に嫌われたって自覚ないの?」
「え? 何でブ?」
「何でって。人前であんな興奮して、恥ずかしくないのか」
「オスとして逞しさを見せるのは当然ブ」
変なところで野生見せてくるんじゃねぇよ!
「あ、あぁ……そうなのね。で、お前は何しに来たの?」
「良いメスの臭いがしたブ」
「次言ったら蜂の巣な」
「ぶひっ。番を探しに来たブ……」
話を聞くと、どうやらこのオークはオークの集落の落ちこぼれと言うか、モテない筆頭らしい。そりゃあんなアピールじゃなぁ……
オークはオスしか居ない種族で他から相手を攫って数を増やすらしく、外で暮らす人間が森に入ってきた所を返り討ちにして戦利品として持ち帰っているそうだ。基本的には弱い人間を狙うんだとか。
同じ人間と言う事で俺の顔色を伺っていたが戦いってのはそういうもんだろと言うと途端に饒舌になった。
そんなわけでたまたまこの辺りをふらついていた時、人間と魔物のメスの臭いが混じっていたのを嗅ぎ付けて来たと言うのが事らしい。
「ふぅん」
「で、ですから、相手が欲しいブ」
「世の中は妥協と諦めの連続だ……厳しいようだが無理だ、諦めろ、以上。欲しい欲しいと言って与えられる可能性は無いと思え」
「そんなぁ~ブ」
「そんなも何もない」
「じゃあどうしたらモテるブ?」
人間社会が嫌いで引きこもってる俺に聞かれてもなぁ……
アネモネ基準で言えば魔物と言えど感性は普通の女の子みたいだからオークの雄アピールが通用するとは思えない。つまり、人間基準でアピールすれば可能性はあると言う事なのだろう。
でも、俺がなんでそこまでしなければいけないのか。
「知らん、帰れ。それで二度と姿を見せないでくれ」
がくりと崩れ落ちるオークを尻目に踵を返して家に戻るとアネモネはあの気持ち悪い奴はどうしたの? と言った様子で駆け寄ってきた。
「に、兄さん」
「安心しろ。お前は俺が守ってやるからな」
「いえ、オークは弱いので大丈夫です。で、でも守ってくれるなら……」
義父として当然の事を言ったまでだが途端に指を突き合わせてもじもじし始めたアネモネの顔は恥ずかしさなのか、それとも嬉しさなのか少しだけ高潮している。
まったく……可愛い!
だが女の子であるアネモネに弱いと言われる事は男としてはプライドをズタズタにされる。そこに関してはオークに同情してもいい……
「じゃあちょっと遅くなったけどご飯食べようか」
「そうですね」
そう言って出された大量のクリミアの実。
上機嫌なアネモネはそれを俺の口へと次々に突っ込む。最近の流行りなのだろうか。
川での惨劇が甦る。
「も、もう食べれにゃいから」
「兄さんはもっと食べないと。えいっ」
「ふがっ!」
繰り出される六本の足と二本の手による猛攻に蹂躙され腹は膨れ上がった。
▽
あれから数日、オークは家の前に居座って帰らなかった。と言うよりはその気力も無いと言った感じだ。
アネモネは日に当たりたい。でもオークが居座っていて気持ち悪いから視界に入れたくない。そこで白羽の矢が立ったのが俺だ。
可愛い娘に何とかしてと言われて断れる人間は居ない。
「なぁ、お前さぁ……本当に頼むよ。アネモネも気持ち悪がってるからさ」
「酷いブ」
「だって本当の事だからな。ちなみに、俺もお前の事気持ち悪いと思ってるよ」
「ぶひぃ~ぶぶぶぶひぃ~」
「男が泣いていいのは娘の結婚式だけだ。そんなだからモテないんだぞ」
「どうしたらモテるブ?」
「そんなモテたいの?」
「モテたいブ」
なんと素直な豚なのだろうか。ちょっとだけ可愛く見えてきた。見た目がじゃなく、精神的な意味で。
しかし一概にモテたいと言われてもこの世界の恋愛観も知らないし、何より男と女の関係は複雑だ。
肉体関係で満足する者、精神的繋がりを重要視する者など様々な人間が居て、押しては引いてと言う面倒な駆け引きをする。
そんな煩わしい遣り取りすらも嫌で人間社会を離れた俺に一体何が出来るのだろうか?
俺が唯一わかるのはでっぷりとした腹、締まりのない豚顔、男の俺から見てもオス以前に男としての風格が無いと言う事くらいか。
……いや、待て。
恐ろしい考えに行き着いた俺はオーク君に問いかけた。
「な、なぁ。ちょっと聞きたいんだが、オークってのは皆お前みたいなのか?その、アプローチの方法とか」
「言っている事がよくわからないブが。多分そうでブ。自分の逞しさ、オスらしさを魅せ付けるブ?」
ゾッと背筋が凍った。
何て事だ。つまり、他のオークがここに姿を見せたら大量の変態がアネモネの教育に宜しくないお粗末なモノを見せ付けて来る事になるのか?
そしたら俺は全てを灰にしなければ気がすまないだろう。俺の精神的にも。
由々しき事態だ。これは可及的速やかに解決せねばならない問題である。
「仕方無い。お前をオーク史上最高のモテオークにしてやる。俺の教育は厳しい。だが、これをこなせばお前はオークのモテ神となるだろう」
「ぶひっ?! それは本当ですかブ!」
「あくまで俺は道を示すだけだ。だが、今よりは確実にモテる」
「おぉ……あなたはオークの神。オーク神ブ!」
「やめて。本当、頼むわ……」




