十.初めての魚
「んふふー」
「ご機嫌だな」
「川が通ったからか家の回りが少し涼しくなりましたし、キラキラしてて綺麗です」
川は家とその前に作ってある畑から少しだけ距離を取り、ぐるりと囲むように掘ってある。森に行くには川を越えなくてはならなくなったが引き抜いたアイアンウッドで即席の橋を二箇所ほど架けてあり、アネモネから苦情も来ていないので今の所問題はないと言う事だろう。
それにしてもやはりアネモネも小さいながら女の子だな。キラキラしたものが好きなようだ。
本流は森の中にあるので光が当たらず水の透明度等がわかりにくかったのだが、光の下に出た川の水は透明度も高く、アネモネが補強した白い川底が澄んだ川を一層美しく引き立てている。
足をバタつかせながら両手を顔に添えて川辺で楽しそうに光物を見ているアネモネを見るのが、俺の楽しみの一つだ。
もちろん迷い込んだ魚もそこそこ獲れている。
アネモネ特製の粘糸は水に濡れても吸着力が落ちる事がない。おかげさまで支流に入り込んだ魚は我が家の前で絡め取られ、ビチビチと活きのいい魚をその場で焼いて食べる贅沢を味わう事ができる。
川が開通して一日、早速スパイダーネットにはプリッと太った鯉程の白身魚がかかり、それを食すためにアネモネの可愛らしい姿を眺めながら串に刺して食事の準備をしている。
アネモネ達アラクネの主食は日々の有様からわかるように木の実や多少の肉。魚を食べる事がなかったのか、珍しく種類や名前などは知らないと残念そうに言っていたがそれを言っては俺の立つ瀬がない。
問題は食べれるか否かだが、それは食べて見ればわかると言う俺を信じアネモネは少々お待ち下さいと言って森に入ると、大量の草を抱えて戻ってきた。
「アネモネ、それは?」
もしかして味付けに使えるのか?と思ったがそれは違ったようだ。
「知っている毒消しを集めて来ました」
「……ありがと」
怪我などの外傷には葉や茎などを貼り付けて手当てすることは知っているが、毒を消すためには乾燥させたりして効能を濃縮しなければ毒消しとしては弱い。それをフレッシュで頂こうと言うアネモネの考えにゾッとしないでもないが、そこは魔物と人の知識の違いかも知れない。それに異世界の薬草は効能が高い可能性もある。
折角俺の為を思って持ってきてくれたと言うのに、それを信じないで誰が信じる!
「焼き加減は上々、いい塩梅だ。俺が先に食べるから、大丈夫だったらアネモネも食べていいぞ」
「わかりました!」
「……」
もう少し渋ってくれると思ったが、思いのほか威勢の良い応援に尻込む。
串を握り、こんがりと焼かれた魚は白く濁った瞳で、アネモネは期待を込めた瞳で俺を見つめている。やめてっ! そんなキラキラした目で見ないで!
大丈夫だと自分に言い聞かせ、湯気を上げる魚へと一気に齧り付いた。
「ほふほふ」
バリッと皮が音を上げ、ほくほくの湯気が立ちのぼる。川魚特有の淡白な味が口の中を駆け回り、鼻を抜けた香気が脳を蹂躙する。塩がないため多少物足りなさを感じるものの、泥臭さも少なく非常に美味。
アネモネの分の準備をしながら様子を見たが体調に変化もなかった事から食べても大丈夫であった事に胸を撫で下ろした。
「兄さん大丈夫ですか?」
「大丈夫みたい。よかった」
かかっている魚は鮎を鯉のサイズまで大きくしたような形状をしており、味も鮎寄り。見た目のインパクトこそあったものの嬉しい誤算と言う奴だ。
魚も焼け、良い香りを放つ串をアネモネに手渡すと、俺の真似をしたのか豪快に齧り付いた。
一般的な淑女としてははしたないかも知れないが魚の串焼きは豪快に齧り付くのが礼儀だと思っているので今は嬉しそうに目を細めるアネモネを眺める事に集中する。
「どうだ、うまいか?」
「美味しいです、兄さん」
「それはよかった」
「はふはふ」
そこまで再現する必要はないが、熱さを堪えながら必死に齧り付く様子は何とも微笑ましいものだ。
「こう、光を浴びながらのほほんとしてると性格が穏やかになるよ」
「その割にすぐ相手を射殺そうとしますよね」
「安心してくれ、もうそんな事はしない。なんのために川で家を囲んだと思っている?」
「意味があったのですか?」
「あの川は境界線だ、あの世とこの世のな。入る前に警告はするけど、それでも入ってきたら…」
「入ってきたら……」
「わかるだろ?」
「やっぱり兄さんは根っからの物騒人間みたいですね」
「おぉい!」
なんでだよ! と突っ込みを入れながら二人で数匹の魚をぺろっと食べ終わる。
特に予定もなく、やる事もないので幸せを噛み締めながら寝転がっていると、腹の上にアネモネが頭を乗せてきた。
長くサラサラの黒髪が絨毯のようにフワリと広がる。
寝転がった体勢では顔を確認することは出来ないが、ただ甘えているわけじゃないだろう。
「アネモネも寝るか?」
「ふぁ……少しだけ、少しだけ……」
そう言いながらもうとうとと舟を漕いで、既に夢現と言った所だ。
頭を軽く撫で、じわりと体を温める太陽光に負けて俺達は眠りに落ちた。




