九.川を引こう3
「相変わらず兄さんは魔物みたいな膂力をしていますね」
「ありがと」
「褒めてません」
ツンッと顔を背けるのもアネモネの魅力の一つだ。
現在は直線距離で川へと向かいつつ生えている木々を引き抜いては地面を掘る作業を淡々と行っている。
アネモネはやはり俺が近くにいる時は糸を出したくないようで、開通直前になったら糸で補強してくれると約束をした。その間、暇を持て余すアネモネには木の運搬を頼んでおいたので離れた所に積んでおく。
人力ブルドーザーの如く川までの整地を行っているといつの間にか近づいてきたアネモネに話しかけられた。
「兄さん」
「ん?」
「そろそろお昼にしましょう」
「お、もうそんな時間か」
「はい。今日はクリミエの実ですよ」
「クリミエか、美味しいよな」
クリミエの実と言うのはイチジクに良く似ている果物だ。
曰く、超兵器である弓を使って狩りをされたら自然破壊どころか生態系すら変化しかねないと言う理由でアネモネに止められている。兵器ではなく、魔改造を加えてはいる和弓のはずなのだが。
しかし自然破壊やら生態系の変化は言いすぎだろ?
クリミエの実をじっと見つめながらそんなもの思いに耽っていた俺に、正面に腰掛けたアネモネが上目遣いで訊ねて来た。あざとい。
「クリミエの実、好きですか?」
「いいや」
「え?」
「大好きだ」
「わ、私の事は…?」
「好きだよ」
「ツーン」
俺の回答が気に入らなかったのか、アネモネは顔を背けて拗ねてしまった。おいおい、ひょっとして食べ物にヤキモチを?
生物に対してのラヴと食べ物に対してのライクは違うぞ。おませさんではあるがまだまだそっち方面には疎いと言う事なのだろう。
ならば先達としてここは一つ、手ほどきをするのが大人の務め。
「アネモネ、よくお聞き」
「ツン」
「お前の事は人として好きだ。食べ物とは違う」
「……と言うと?」
「食べ物の大好きだが、アネモネは愛してるって事だよ」
「っ~! ま、真面目な顔して恥ずかしい事言わないで下さい! そんなに好きならもっとどうぞ!」
ふ……妹物の本を読んでいた俺からすればこのような誘導造作もない。しかも相手はまだまだ幼いアネモネだ。チョロイぜ。
「あにょ……どうじょどうじょと言いながら無理矢理口にちゅめないで」
アンカーのように尖った六本ある足の先全てにクリミアの実を刺し、人の部分の手にもクリミアの実。合計八個のクリミアの実、全てが俺の口へと殺到し、蹂躙した。
クリミアの実はイチジク程小さくはない。それこそ拳大もある大きな果実なので一つで口は埋め尽くされる。次から次へと押し込まれるクリミアの実は噛む事無く入り口で潰され、その果実は胸元に零れ、汚れていく。
決して俺の食べ方が悪いのではない。アネモネに因ってもたらされた結果なのだがそんな俺の胸元をアネモネはじっと見つめ、口を開いた。
「も、もう! 兄さんそんなに汚して!」
「いや、汚したのはアネモネ……もごっ!」
「はい、あーん!」
反論を許さない苛烈な攻撃はアネモネが拾ってきたクリミア全てが消費されるまで止む事はなかった。
▽
「兄さん」
「なんだ、我が娘よ」
「妹です」
「……」
「それより、漸くですね」
「流石に疲れたな」
歩いて向かえば30分程度の距離ではあったが色々な事をやっているとそれでも結構かかってしまい、川の整地は三日掛けて行われた。
そしてついに川は完成を迎え、アネモネもしっかり糸で補強してくれており川底は白く光り川幅は5メートル。一般的な成人男性約四人分の大きさだ。
「早く、早く」
「待て待て、そう焦るな。今はこの感動を噛み締めよう」
「えいっ」
「アッー!」
完成の余韻を楽しむ間もなく水が流れ込まないように立てた堰は抜き取られてしまい、水が支流へと流れ込んだ。
アネモネは風情と言うものを理解できていない……




