洗濯機の落とし穴
今日から本格的に主夫活動だ。早起きして朝食を作った。僕は料理だけは得意だが、キッチン家電は炊飯器ぐらいしか使いこなせないので今日は和食にした。
「パパの料理おいしいね」娘達が褒めてくれ、朝からテンションが上がった。
「そうそう、明日は未央のダンススクールの発表会だから衣装の洗濯、あとでやっておいてね」
妻から洗濯の指示があった。
「急ぎの洗濯か‥もっと早く言ってほしかったんだけど」
「昨日レッスンがあってその衣装着たんだから仕方ないでしょ?」
「わかったよ。でも洗濯機の使い方がわからないんだけど‥」
「説明書見なさいよ。私は原稿の締め切りが近いし仕事部屋にこもるからあとは頼んだわよ」
朝食後、次女の真菜を幼稚園へ送って行くと妻のママ友に会った。
「真菜ちゃん、おはよう。今日はパパと来たのね」
「結衣ちゃんのママ、おはよう。今日からパパがママの代わりをするんだよ」
「え?珠美さん、具合でも悪いの?」
「いや、その‥」
「違うよ。パパが会社をクビになったから専業主夫をするんだって」
「そ、そうなのね。何かわからないことがあったらいつでも声かけてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
はぁー気が重い。送迎だけでも珠美に頼もうかな。あっ、早く帰らないと洗濯が遅くなる。
僕は急いで家に帰った。
洗濯機の説明書を見つけ、未央の衣装をまずドラムの中に放り込み、電源を入れた。
「えっと‥洗剤は洗剤ケースに、柔軟剤も入れるんだな。それから、コース選択はおまかせでいい感じかな。よし、スタートを押そう。なんだ楽勝じゃないか。仕上がるまで掃除機をかけるか。えっと、掃除機は‥押入れだな。コンセントはここでいいな。掃除機の操作なんて簡単だ」
〝ブイーン″
僕は鼻歌を歌いながら掃除機をかけていた。急に掃除機本体が軽くなったような気がしたが、気にせずリビングに和室にキッチンに移動していった。しかし肉眼で見えるゴミをなかなか吸わなくなってきた。掃除機の音も小さくなってきたような気がしたので本体に目をやると、なんと掃除機のホースが本体から抜けていて、本体はリビングに置いてけぼりだったのだ。ほとんどできてなかったってわけね。僕はホースをカチっと本体に差し込んだのを確認し、やり直しをすることになった。掃除機をやっとかけ終え、床のゴミがなくなって、掃除機のヤツ、いい仕事をしてくれたなと思った。少しは掃除機と仲良くなれた気がする。
さて、洗濯はどうなったかな?
洗濯機は動いていないようだからもう仕上がったんだと思い、ドアを開けてみると全く何も仕上がっていなかった。動いた形跡もなく洗剤ケースには洗剤と柔軟剤が入ったまま。スタートボタン押したのに‥
「珠美ー、ちょっと来てー」
「何よー私忙しいって言ったでしょ?」
「洗濯機が動かないんだ。壊れているのか?」
「は?あなた、水栓閉じたままじゃない!水が出なきゃ当然洗濯できないわよね。ってかまだ洗濯回してなかったのね‥早くしないと時間かかるわよ」
僕は洗濯物が山のように溜まっていることに気づいた。未央の衣装だけ洗うのはもったいない。タオルや肌着、詰め込める分だけ詰め込んで一気に洗おうと思った。水栓を開け、スタートボタンを押すと洗濯機が動き出し、ようやく洗濯開始となった。待っている間、お昼ご飯の下ごしらえでもしようと冷蔵庫を覗くとチャーハンを作れるぐらいの材料があるから2人分の準備をした。
「あとで買い物に出かけよう。食材があまりないからな。それにしても主婦の人は毎日大変だな。早起きして朝からやること満載じゃないか。僕もそのうち慣れるんだろうか」
〝ピーピーピー″
「洗濯機が終わったようだな。ちゃんと洗えているし柔軟剤の香りもする。よし、干そう。干し方は上手くないけど乾けばいい。あれ?未央の衣装、こんな色だったかな?派手な衣装だなぁ〜目立つからいいかもな」
「あなたー、お腹が空いたんだけどお昼ご飯できてる?」
「あぁ、あと5分ぐらいでできるよ」
「誰かに作ってもらって食べるご飯は本当においしいわ」
「珠美だって料理上手じゃないか」
「自分で毎日作って食べるのと人に作ってもらうのとは全然違うわ」
「ふぅーん、そうなんだね。あっ、真菜のお迎えは14時だっけ?」
「そうよ、あなたが行ってね」
「そのことなんだけど‥朝、結衣ちゃんのママに会ったんだけど僕はどうもママ友付き合いが苦手で、真菜の送迎は君がやって欲しいんだけど」
「何言ってんのよ。ママ友付き合いは情報交換もできるしパパも参加した方が何かといいわよ。たまになら私も送迎するけど基本はあなたがやりなさいよ」
「わかったよ‥迎えの時間までに夕飯の買い物済まそうと思うんだけど晩ご飯は何がいいかな?」
「そうねー、中華以外なら何でもいいわよ」
スーパーに来てみた。今日は魚介が安いからメインは魚介パスタにしよう。
そろそろ真菜のお迎えの時間だ。
幼稚園に着くと海斗君のママに出会った。
「真菜ちゃんのパパ、こんにちは。結衣ちゃんのママから聞いたわ。大変ねー。でも珠美さんは売れっ子作家だからいいわよねー」
僕は何て返事をしたらいいかわからない。愛想笑いするしかできないけどこれが毎回だと辛いな。
家に帰り、真菜におやつを与えていると未央も学校から帰って来た。
「明日の発表会の準備しなくちゃ。パパ、未央の衣装乾いた?」
「多分乾いてるんじゃないかな」
僕は洗濯物を取り込み、たたみ始めた。たたむのに時間がかかったけど、こういうのも慣れだな。
「未央ー、はい!明日の衣装。これ着るんだな。パパもビデオカメラの準備を‥」
「ちょっと何これー!?」
「え?何が?」
「なんでこんな色になってるの!?」と未央が泣き出した。
「ちょっとちょっと、何の騒ぎ?」
「ママ〜!未央の衣装が変なのよ」
「やだ、あなた。色移りしちゃってるじゃない。上の服は白色だったのに何か柄物と一緒に洗濯したんじゃないの?」
「しまった!デニムとか真菜の派手な服とかと一緒に洗ってしまった。衣装が白色だったなんて覚えていなかったよ。まさかこんなになるとは‥ごめんな」
「どうしてくれるの?ママ〜助けて」
「わかった。漂白剤使おう。他にもやれるだけのことはやってみるわ」
僕はただ見ているだけしかできなかった。
1時間後、未央の衣装は少しだけ良くなっていた。
「未央ー、少しはマシになったけど、こういう柄の衣装だと思われるぐらい、個性的で逆にいいんじゃない?」
「う〜ん‥そうだね。ママ、ありがとう。未央、これで頑張るよ」
「それからあなた、今は夏だし早く乾くからいいけど寒い季節だと危なかったわよ。それから洗濯のやり方、勉強しなさいね」
落ち込んでいる暇はない。早く夕飯の支度をしないと。主夫はなんて忙しいんだ。
「パパ、このパスタおいしいね」
娘達も喜んでくれ、未央の機嫌がなおってよかった。
「あなた、明日は私も未央の発表会に行くけど、ビデオカメラの使い方わかっているわよね?この前ピクニックに行ったとき、あなたに撮るの任せたら何にも撮れてなかったじゃない。今度は大丈夫よね?」
「多分大丈夫だよ‥念のため、あとで練習しとくから」
「よろしくね。この前も言ったけど私は明日、作家としてゲストで呼ばれているから座る席が違うし、ビデオはあなたに任せるわよ」