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●──【5】幽霊話はご勘弁っ

 初代ソフィールズ侯サー・アレクセイ・スタンフォードには、ふたりの息子がいた。

 兄はエリック、弟はエドワードといい、ふたりともアレクセイが晩年になってできた子だった。そしてアレクセイが天寿をまっとうすると、当然のことながら兄のエリックがつぎのソフィールズ侯爵になった。

 けれどエリックには、領主としての資質が欠けていた。猜疑心が強く狭量で、しかも自分でもそうした性格上の欠点を理解していた人物だった。そのくせ財産や地位に執着してもいた。

 他方、弟のエドワードは人格者で、その穏やかで博愛的な人柄は、ソフィールズの領民から多大な人気をえていたという。多くの領民は、エドワードこそが領主になるべきだと暗に主張するほどだった。

 おのれの欠点を自覚していたエリックは、そんな弟の人気をしだいに嫉妬するようになっていく。あげく、いつか弟が自分を暗殺して財産と地位を奪うのではないかと疑うようになっていった。

 もちろん善良なるエドワードに兄を陥れようなどという野心はみじんもなく、彼はただ、恋人と結婚してしあわせに暮らすことだけを望んでいた。

 ソフィアという名のその恋人は、身分の低い農民の娘であったけれど、きだてのいい美しい乙女だったという。ふたりは心の底から愛しあっていた。

 悲劇は、偏執的な妄想に憑かれた兄のエリックが、ソフィアに横恋慕したことにはじまる。

 ただでさえうとましい弟が、そのうえ美しい恋人を手にいれるにいたっては、エリックの弟への憎悪が殺意にまで達してしまったとしても、あながち不思議なことではないだろう。

 あげくエリックは、すきをうがってソフィアを館の地下牢に監禁するという暴挙にでてしまう。

 さらにエリックは、恋人を救いにきたエドワードをまちぶせして、これを殺害。返り血を浴びながら、恍惚とした表情で何度も何度も、弟の身体を短剣でひき裂いていったという。このとき、殺されたエドワードはわずか二三才。

 その惨劇は、監禁されたソフィアの目の前でおこなわれた。エドワードの遺体はそのまま放置され、ソフィアは牢のなかから、愛していた男の骸がしだいに腐敗していくさまを見せつけられるという、世にもおぞましい体験をさせられる。

 幽霊が登場する以前に、あたしはここまで話をきいた時点で、もはやシャーベットの味がわからなくなった。

 さらには、エドワードを殺した憎い男に日夜責め苛まれていくうち、ソフィアの精神はしだいに蝕まれていく……

「それで、そのソフィアさんはその後どうなったんですか?」

 エスティがきいた。

「それがね、よくわからないの」

「わからない?」

「謎めいてるといったほうがいいかしらね」

「どういうことです?」

「エリックは、執念深い反面、あきっぽい性格のもちぬしだったの。いったん欲望を満足させてしまうと、すぐほかのことに関心をもちだすという。だから、ソフィアに対する異常な愛情も、すぐに醒めてしまったのね。そして新しい愛人をつくるや、エリックはそれっきりソフィアのことなんか忘れてしまったの」

「ひどい話ですね」

「そうね。結局ソフィアは館の住人のだれからもほとんど存在を忘れ去られたまま、三年間、監禁されつづけたそうよ。彼女は身分の低い娘だったから、行方不明になったところでだれも気にしやしなかったの。かわいそうに!

 その頃には彼女は、完全に頭がおかしくなっていたらしいわ。なにをいっているのかだれにもわからないような言葉をぶつぶつつぶやいたり、かと思えば、突然けらけらと、まるで地獄の底からわきあがってくるようなぞっとする嬌声をあげたり。あるいは錯乱して、だれもが思わず耳をふさぎたくなるような、おぞましい呪いの言葉を吐き散らしたり。自分で自分の身体を傷つけ、流れた血で牢の壁に魔法陣を描くこともあったそうよ。

 そしてあるとき、ふらりと牢から姿を消してしまった。毎日彼女に食事を運んでいた使用人が牢の鍵をしめ忘れたか、あるいは同情してわざと逃がしてやったかしたんでしょうね。それか、エリックが彼女のことを思いだして密かに処分してしまったか。

 とにかく、それっきりソフィアは行方不明になってしまったの。一応、館の内も外も捜索されたんだけど、結局、髪の毛一本発見されなかったそうよ」

「で、いまでもそのソフィアさんの幽霊が、旧館に現れるというんですね」

「ええ、そのとおり」

 レイチェルさんはにこりと笑い、

「でも、それだけではないのよ」

 といって、あたしに顔をむけてきた。

「どうしたの、ミリアム? シャーベットにほとんど手がついてないみたいだけど、おもしろくない、この話?」

「いいえ、とっても」

 本当はぜんぜんすこしもまったくおもしろくないといいたかったんだけれど、それを口にできない気の弱さが恨めしい。ていうか、やせ我慢。雷だけでなく、幽霊まで苦手だなんて、エスティにだけは死んでも知られたくなかった。

「それだけではないとは?」

 あたしの心境などおかまいなしに、エスティは話のつづきをせっつく。

「ソフィアが行方不明になった直後、エリック・スタンフォードが変死したといったら、信じる?」

 エスティは一瞬驚いた顔をしてから、肩をすくめた。

「そういうことも、ありうるでしょうね。どういう死に方をしたんです?」

「弟を殺害したときに返り血を浴びたといったでしょう? その浴びたところの肉が腐りはじめたの。治癒士も医者も手のつけようがなく、エリックは長いあいだ苦しみつづけたあげく、最後には全身に蛆をたからせて狂い死にしたそうよ。自分の血で魔法陣を描いたソフィアの呪いがエリックを殺したんだって、当時はずいぶん騒がれたらしいわ」

 ……………………蛆?

 食事中にする話じゃない。シャーベットにまざっていた薄青いブルーベリーの粒が、大きさといい、色といい、まるで……いや、なにも考えまい。

 レイチェルさんが話し終えると、エスティは腕をくんでうーんと考えこんだ。それから、ふと、疑うようなまなざしをレイチェルさんにむけて、

「ひとつ、きいてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「その話、実話ですか?」

「さあ、どうかしら?」

 レイチェルさんは意味ありげに微笑する。

「ご想像にまかせるわ、エスティ」

「でも、なかなか楽しい話でしたよ」

「そういってくれると、うれしいわ」

 あたしはといえば……せめて耳をふさいでおくべきだったと、本気で後悔しただけ。だって結局、レイチェルさんが語り終えたときには、シャーベットは完全に溶けてしまっていたから……ぐっすん。

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