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●──【2】師匠の預かり物

 あたしの師匠、チャンドラセカールくそじじい──もといおじいさまが去年の忘年会のときやらかした所業は、伝統あるソフィールズ館におこった珍事件として、きっと歴史にのこるにちがいない。

 ううん、たとえのこらなくても、チャンドラセカール/マッキントッシュ一族の恥部として、あたしの記憶には一生のこりつづける。

 このソフィールズ地方をふくむ王国南部は季節の推移が穏やかで、冬になってもそんなに寒くならない。冬になればときどき雪が降ることもあるけれど、積もることはめったにない。

 その、めったにない雪が降り積もった寒い夜に、事件はおきた。

 すなわちソフィールズ地方の領主レイチェル・スタンフォード女侯爵が主催する、毎年恒例の新年会パーティの会場で。

 あたしもふくむ六人の居候だけでなく、サーリア市在住の著名人や文化人や有力者も大勢招待されていたけれど、パーティはすこしも堅苦しいものではなかった。儀礼的なものや形式的なものを好まないレイチェルさんの演出のおかげでパーティは終始無礼講、宴はにぎやかに進んでいった。ごちそうが遠慮なくふるまわれ、ふだんは飲めないような高価なお酒が、どんどん来客たちの胃袋に吸いこまれていった。

 そのときから、あたしはいやな予感がしてたのだ。

 館の居候のうち、あたしとエスティは未成年だから当然お酒は飲まない。

 レスターさんは少量をたしなむていどだったし、レイチェルさんの遠縁筋にあたる自称青年実業家ジャック・フォービル氏は下戸だった。

 問題は、我が敬愛すべきチャンドラ師匠と元海賊船長のボネット少佐だった。ソフィールズ館の最年長と準最年長の居候たるこのふたりの酒好きはとどまることを知らない。少佐はいくら飲んでも酔わない性だし、逆に師匠はすぐ悪酔いする性だった。

 で、このふたりがその場のいきおいで飲みくらべをはじめてしまったのが、災いのもと。

 勝負は結局つかないまま、少佐は最後にはぶっ倒れ、師匠といえば、完全に前後不覚の大虎に変貌してしまった。

 その直後、事件はおきた。

 頭のなかがぐるぐるまわりはじめた師匠が、なにを思ったかいきなり、攻撃呪文を唱えはじめてしまったのだ。

 酔っぱらった高位魔導士ほど、性の悪いものはない。

 ごくふつうの魔導士なら、酔っぱらった状態では詠唱自体がまともにできないから、術も発動せず実害はない。けれど師匠みたいな、王国でも三指にはいる大魔導士なら話はべつ。たとえへべれけ状態でも術は不幸なことに発動してしまう。

 しかもろくに制御されてない、中途半端な術が。

 かくて酔っぱらいじじいの放った攻撃魔法は無意味にパーティ会場を暴走しまくり、あげくが旧館の屋根という屋根すべて吹き飛ばしてしまった。

 そう、見事にきれいにさっぱりと。

 たまたまパーティには結界術を専門にしている魔導士も何人か招かれていて、その方々がとっさに防御結界を張ってカバーしてくれたからことなきをえたものの、そうでなければ多数の死傷者がでて大惨事になっていたかもしれない。

 チャンドラ師匠は万事がいっさい、この調子。

 呑むとかならず中途半端に呪文を唱えまくっては、周囲に迷惑をかけている。

 さいわいというか奇跡というか、いまのところまだ死者はでていないけど、酔いどれ魔導士に家や店や財産を破壊されたり怪我させられたりした善良なる人の数は星の数ほど。

 まあ、王国の要人であり著作やら発明やらなにやらの権利をいろいろもってるおかげでけっこうな資産家で、被害者への弁償やら見舞い金やらに不足しないのが救いだけれど、それでも師匠の親戚縁者一同にとってはたまったもんじゃない。

 チャンドラセカール一族は貴族ではないけれど代々優秀な魔導士を輩出している名家で、さらにその分家筋にあたるマッキントッシュ家は全国各地で手広く商売や交易業を営むいわば豪商一族だった。だから師匠がいつまでも無軌道で、問題をおこしまくってくれればそれだけ家名に傷がつくし、商売をしていくうえでの信用にもかかわってくる。たとえ被害者とは示談ですんでも、事件そのものはいやでも町のうわさにのぼる。人の口に戸はたてられない。大魔導士としての師匠自身の名声だって、いつかは地に墜ちかねない。

 そこで親戚一同は協議しあい、だれか一族の者をひとり、お目つけ役にしようとくわだてた。しかるに大学教授というものは、おかしなところで頑固で偏狭だったりするもので、さすがの師匠もお目つけ役を堂々と身のまわりにおいておくのはいやがるだろう。

 それなら……そうだ! 名目上は弟子入りさせるということにしたらばよいではないか、よし、そうしよう!

 ──って、ことになって、ミリアム・マッキントッシュことこのあたしが、人身御供もとい、その大役に任命されたというわけだったりする。

 不幸なことに、魔導の才をもって生まれ、なおかつ弟子入りさせるのにちょうどいい年齢の人間は、一族のなかであたししかいなかった。

 けれど師匠は一介の小娘ごときがたやすく御せるような人間であるはずがなく、あたしは毎日ハラハラドキドキ、肩身の狭い思いをしているのが現状。お目つけ役の任務など、もうとっくに放棄してしまった。

 やれやれ。


 さて、季節はずれの大嵐がくるというこの日、その人騒がせなじいさんは、二階の窓にぶらさがるエスティの姿をおそらく遠目に見つけたのだろう、馬車の上から手をふってきた。年寄りのくせして目だけはまだまだ達者な老人だ。

 馬車はトコトコトコトコと歩くよりも遅い速度でつづら折りになった小道をあがってくると、わざわざ建物の正面玄関を迂回して、裏手側にあたるあたしの部屋の窓のだいたい真下に停まった。

 馬車の荷台には、土気色の敷布で覆われた箱のようなものが載っていた。御者が馬車からおりて、その荷物をおろしはじめる。大のおとなが両腕いっぱいつかってなんとか抱きかかえられるくらいの大きさで、しかもかなり重そう。

「おうい、エスティ!」

 チャンドラ師匠が馬車に乗ったままエスティを見あげ、

「すまんがこいつを、わしの部屋まで運んでおいてくれんか?」

 しわがれ声を張りあげ、荷台上の箱へあごをしゃくった。

 エスティはあたしと顔を見合わせてから、

「ええ、いいですよ」

 かぶりをふり、つかまっていた縄ばしごから手を離した。二階の高さからだというのに、苦もなくストンと地面に着地する。まるでましらか、軽業師。

 荷台上の箱はやっぱりけっこう重いみたいで、御者は苦心惨憺おろそうとしていた。けれどエスティはそれをひょいと片腕でもちあげ、楽々右肩にかつぎあげてしまった。

 旧館の裏口へむかって、すたすたと歩きだす。

 彼はまだ、あたしの部屋の窓枠の補強を完了させてはいなかった。あたしは窓をひらくと、身をのりだして師匠にむかって声をかけた。

「師匠! 研究所の用事はもう終わったの?」

 するとどういうわけか、師匠は一瞬身体を硬直させた。

「な、なんじゃ、ミリアム。そこにおったのか?」

 いるにきまってる。ここはあたしの部屋なんだから。なのに師匠は妙にうろたえ、いいわけするように言葉をつけたした。

「い、いいや まだじゃ! ちとあずかり物ができたんでな、そいつをおきにもどってきただけじゃ。すぐまた大学にもどらにゃならん!」

 あずかり物というのは、いまエスティが担いでいった荷物のことだろう。それだけのためにわざわざ片道一時間はかかるサーリア市街から帰ってくるなんて、ご苦労なことね。ソフィールズ館の居候たちは、年寄りになればなるほど元気なのはどうしてなのかしら?

 もっとも師匠の場合、いまだ学徒の志しをもった人だから──そのぶん世相にうとく非常識だけど──精神年齢に関しては、まちがいなくあたしより若い。一六のみそらで、あたしはずいぶん苦労してるのだ。師匠のせいで。

「そのあずかり物じゃがな、わしの研究机の上にでもおいといてくれ。ただしよいか、ミリアム、くれぐれも蓋をあけて中身をたしかめようとしたり、ゆすったり、叩いたり、乱暴にあつかってはいかんぞ!」

 師匠はそう忠告すると、馬車を発車させるよう御者に命じた。馬車は即座に動きだし、まるで逃げるようにそそくさと、坂道をくだっていく。

 しばらくして、見えなくなった。

「むぅ……なんなのよ、いったい」

 あきらかに師匠は挙動不審だった。課題の魔導書をあたしがどこまで読み進めたか確認しようともしなかったし、あたしの顔を見て驚いたのもそうだけど、なにより妙な忠告をのこしていったのが妙すぎる。

 中身をたしかめてはいかんぞ? ゆするな、叩くな、乱暴にあつかうな?

 それをどうして、荷物を運んだエスティではなく、あえてあたしに名指しでいうかな?

 だいたいあたしは師匠とちがって良識も常識もわきまえている人間だから、他人の荷物を勝手に漁るようなマネなどしやしない。

 師匠はうしろめたそうで、心ここにあらずといった風でもあった。屋敷の屋根を吹き飛ばしても、他人の家を破壊しても、親戚に多大な迷惑をかけても、どこ吹く風な師匠が、うしろめたそう?

 ありえない。常軌を逸してる。

 まるで天変地異の前触れ──ああ、そうか、それでこの嵐……

 納得。

 にしても、わざわざそんな忠告をしていくなんて、いったいどういうことなのかしら?

 あたしは部屋を飛びだし、廊下の突きあたり側の階段のところで、エスティがあがってくるのをまった。

「けっこう重そうね、エスティ」

「そうでもないよ。バランスが悪くて、もちにくいけどね」

「バランス?」

「うん。なんていうのかな、もった感じでは、中身のほとんどが空洞で、底のほうにだけなにか重いものが転がっているような感じ。部分的に重かったり軽かったりして、安定が悪い」

「ふうん」

 あたしは、どちらかというと好奇心は強いほう。けれど、こと師匠がらみのことになると、貝のように無関心でありたいと望んでいる。だから当然、箱の中身がなんだろうとどうでもよかった。

 もとより師匠がもちこんでくるものといえば、厄介ごとにきまっている。なら知らないほうが、まちがいなくしあわせに決まっている。この世界の絶対的真実として。

 あたしは師匠の部屋の扉をあけ、エスティを通した。

 エスティがその謎の荷物を、窓際にある机の上におく。

 そうしてあたしたちは当面、その荷物のことは忘れてしまった。

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