1-8 暗闇
闇に包まれたスーパーマーケット内で、各々が、すかさず自らの懐中電灯を点灯した。
四本の光線が、筋となって、闇の中で瞬いた。
南の持つ探知機からの、一定の電子音が、喉の渇きと恐怖感を煽る。
臆病な警官への猛烈な怒りと、暗闇への焦りと、潜む敵への恐怖が、結局は自らの臆病さを招き始めていた。
闇の中、自らの息遣いと、仲間の息遣いと、そして、何者かの息遣いが、すべて一つの暗黒へと混じり、溶けて消えては、耳元で残響が聞こえた。
「南」
と来栖が囁く。
「接触不良を起こしたみたい。叩いたら治るかな」
「何でもいい。やってみてくれ。敵の位置は」
「二時に一、十時に一」
「小鳥、十時の奴が襲ってきたら仕留めろ。二時は俺が見張る」
「らじゃ」
僕らは下手に動けず、その場で身を固め、敵の襲撃を待った。
電子音が、少しずつ間隔を狭めていく。
敵が近づいている証拠だ。
ガチャ、と音がした。
南が、何とか電気ランプを直そうとしているらしい。
僕の懐中電灯の光が、素早く動く影を捉えた。
十時の方向だった。
「小鳥遊!」
小鳥遊は、クロスさせた両手に懐中電灯と拳銃を構え、闇に紛れ移動する影を目で追う。
僕は十字弓を掲げると、影の進行方向を見極めた。
光無き世界で、当てる自信は一つもなかったが、やるしかない。
一、二、三、と数を数え、ともすれば荒くなってしまいがちな自らの呼吸を抑える。
屍の動きを先読みして、距離を計算し、秒数を数えてから、矢を発射した。
宙を裂くような音を発しながら矢は飛び、壁に当たる音と同時に、唸り声が響いた。
懐中電灯をそちらに向ける。
矢は、屍の足に命中し、屍を壁に固定していた。
小鳥遊がとどめを刺す。
力を失った屍の死体が、壁に足からぶら下がる。
その時、世界が一瞬、白くなった。
そして、すぐに暗くなる。
繰り返される明滅。
電気ランプが、点いては消え、点いては消えているのだ。
連続してストロボを炊かれているような眩しさ。
懸命に目を慣らす。
足下で、蛇のような何かが動いた。
「何だ!」
音を立てて引き摺られていく何か。
とぐろを巻いていたそれは、どんどん張っていき、そして――
「ケーブルだ!」
壁に貼り付けられていた男が、そこから引き抜かれるのが、明滅する光の中で見えた。
男は地面に叩きつけられながら、勢い良く滑った。
矢に胸を貫かれたまま、引き摺られるケーブルによって、どんどん引っ張られていく。
「尾瀬――」
無線に向かって怒鳴ろうとした来栖に向かって、引き摺られ暴れる男の腕がしなり、来栖のこめかみを殴り飛ばした。
来栖は地面へと転がり、無線は手元を離れて闇へ消えた。
男は、暴れ狂いながら、怯えて逃げ出そうとしていた警官に、しがみついた。
警官は押し倒され、弾が無くなるまで天井に乱射しながら、一緒に引かれていく。
「無線はどこだ!」
頭を押さえながら、来栖が叫ぶ。
警官の悲鳴が遠のいていく。
あのままでは、男の焼け死ぬ炎で、警官も一緒に焼かれてしまう。
それに、初期症状患者である男を死なせてしまえば、僕たちの責任が問われるだろう。
一刻も早く尾瀬に指示してケーブルを止めなければ――
発信器の電子音が、突然、間隔を狭めた。
棚の上に、最後の屍が姿を現した。
小鳥遊が銃撃するが、屍は棚の後ろ側へと飛び降りて、さっと横へ移動していく。
菓子類の袋が弾け、床に散らばる。
小鳥遊は素早く弾を装填し、再び追撃する。
だが、やはり明滅する光の中で、小鳥遊の狙いは微妙に外れていく。
「直った!」
南が叫んだ。
世界が真白色に染まる。
一瞬、周囲がまだ明滅しているように見えた。
だがそれは、自らの瞬きに過ぎなかった。
目が、突然の光に驚いたようだ。
南の悲鳴。
すぐ後ろに、屍の姿があった。
咄嗟に南は、身を伏せると、直ったばかりの電気ランプを頭上へと掲げた。
屍の甲高い悲鳴。
進み出た小鳥遊が、身じろぎもせず狙いを定め、その一撃を、確実に屍へと叩き込んだ。
最後の屍は、倒れて地を滑り、そのまま動かなくなった。
「無線!」
南が発見したらしく、投げて来栖に寄越す。
「尾瀬!」
受け取るなり、来栖は叫んだ。
「尾瀬、止めろ! 警官が一緒だ! 焼き殺す気か!」
ケーブルの引き摺られていく音が止まった。
怒りの咆哮。
急いで、ケーブルの引き摺られていった方角へと向かう。
ケーブルの先端には血塗れの矢、その隣には、首を掻き切られた警官の姿があった。
「奴は――」
来栖は周囲を見渡すと、窓ガラスが割れているのを発見し、駆け寄る。
「逃がしたか。警察に捕まるような奴とは思えねぇ」
振り向いて、溜息を漏らす。
「急ごう。早く外に出て、三川の助けを呼ぶんだ」