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屍たちの夜明け Dawn of the Past  作者: 星野彼方
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1-4 情報世界

 夢は、不思議な場所だ。

 ありもしない出来事や、いるはずのない人と、度々、遭遇する。


 ピントの合っていない、ぼやけた写真のように、こちらを見つめる誰かが立っている。

 その表情が分からない。

 どんな顔で、どのような目で、僕を見つめているのか。

 笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか。

 分からぬまま、その姿は、光へと溶けていく。


 夢は、本当に不思議な場所だ。

 脈絡なく、次々と流れていく。


 夢が、今日の夢の議題を掲げる。


 例えば。

 この世界は、いつの間に、こんなことになってしまったのか。

 僕は、どうして、こんな風に、なってしまったのか。


 曖昧な画像は分解され、僕は情報の海に投げ出される。

 夢ってのは頭ん中を整理するためのもんだ――来栖が言っていたような気がする。

 情報が、記憶を押しやって、僕を埋め尽くしていく。


 目の前で、本やテレビ、インターネットの画面が瞬いた。

 夢が見せる映像。


 数多の文字が、僕の目に飛び込んでくる。


 吸血症患者。

 血を吸う伝説の怪物、吸血鬼。

 血を吸われた人間は、死を迎え、やがて吸血鬼の仲間として蘇る。


「ここに、幾つかの誤解がある」


 突如、夢の中に現れた来栖が、唱えた。

 夢が、来栖の映像を媒介し、情報を発信している。


「確かに、血を吸いすぎて他人を殺しちまう吸血症患者も存在するがな。基本的には、そいつらが生きていくために、というよりも末期症状に陥るのを防ぐためには、そこまで大量の血液を必要としねぇ。だから、殺すほどに血を吸っちまう事例は少ない」


 ただ。

 中には通り魔的な吸血症患者が存在し、手当たり次第に人の血を吸っては、その行為の発覚を恐れ、被害者を殴るなり刺すなりして殺害してしまうということもある。


「そうね」


 映像――今度は、薄暗い夢の中に、南の姿が、ぼぅっと浮かんだ。


「それが、吸血症患者=人の血を吸って殺害してしまう吸血鬼、という誤った図式を成り立たせる要因の一つとなってる。これが一つ目の誤解」

「誤解って言えば、もう一つあるよー」


 映像――小鳥遊が、ふわりと夢に浮く。


「末期症状でない限り、吸血症の人がどれだけ他人の血を吸おうと、その症状が、血を吸われた人間に移ることはないって知ってた? あたし物知りー」


 そう。

 つまり、吸血症の感染経路は、末期症状の患者からのみであるということだ。

 ただし、末期症状の患者は、もはや血を吸うという行為は行わない。

 彼らは、その血液を伝播させることだけを考え、もしくは考えさせられ、行動するのだ。人を襲い、噛みつく。ここでは、血を吸うのではなく、伝染力を高めた血の注入を行う。


 こういった事実は、かなりの大部分が、世間的には誤解されている。

 映像――聖書を掲げ、十字架を手に、大声を張り上げる者たちの姿。


 初期症状の吸血症患者は、自意識も心も保っている。

 通常の人間と何ら変わらない。

 細胞や身体の強硬さ・回復能力が異常に高く、ほぼ不老不死であるということを除けば。


 新陳代謝の活性化によって細胞の分裂速度が異常に速まることで、怪我や病気に対する快復力が著しく向上。

 また、代謝効率の向上による、運動能力の上昇も見られる。


 唯一、彼らの細胞は、光や銀の成分に弱い。

 また、太い杭を胸に刺されると死亡するというのも、損傷の修復が、太い杭によって遮られ、間に合わないためと見られる。


 末期症状患者。

 血液に操られ、自我も意識も持たぬ存在。

 もはや生きているとは言えず、人形のように操られるだけの、動く死体。

 生きながら死んでいる、肉体。


 末期症状患者の肉体は、もはや人間としての在るべき形を保とうとせず、限界を解除された強靱な肉体と化していく。

 壁を伝い、跳躍することも可能な肉体に。


 初期症状患者なら、散弾銃で頭を吹き飛ばせば死ぬ。

 だが末期症状患者は、もはや脳など必要としておらず、肉体は人形と化しているので、それでは死なない。


 だからこそ、僕は末期症状患者を、屍、と呼んでいる。


「それを言うなら、屍人(ゾンビ)じゃない?」


 映像――南の怪訝そうな表情。


 僕は。

 どうしても、彼らを表現するのに、人、という単語を当てることができない。


 吸血症患者。

 初期症状と末期症状では、根本的に、存在が異なるのだ。


 問題解決策を、初期症状も含めて吸血症患者を根絶やしにするか、初期症状から末期症状へと移行する段階を潰すか、そのどちらに求めるかで、人々の立ち位置は変わる。


 血を吸われるという行為は、人々の間に生理的嫌悪感を呼び覚ますため、吸血症患者は、世間的に明らかな差別を受けているのが現状だ。

 一度、末期症状に進んでしまえば、恐ろしい存在になるというのも一因である。


「その差別が原因で、血が手に入らず末期症状に陥ってしまう患者や、それを恐れて、人を殺してでも血を吸おうとする患者が増えていることを考えると、皮肉な話だな」


 映像――来栖が、煙草の火とともに揺らめきながら呟く。


 現在、社会には、そういう吸血症患者を巡る問題の現状を打破、あるいは利用しようとする会社が数多く存在する。

 中には、人々から献血を募り、集まった血液を、食料として吸血症患者に売り出しているような、画期的な会社も存在する。


 僕が所属する会社は、末期症状の患者を、言わば始末する仕事を請け負っている。

 末期患者だって病人なのだから、簡単に殺すべきではない、という言い分も少ないながら存在するが、今のところ吸血症を治癒する方法は見つかっていないため、法律的には、末期症状患者は、既に死亡したものと同等の扱いを受けることになっている。


 それでも、警察や自衛隊は、積極的に末期症状患者を攻撃するようなことはしない。

 対処するための装備すら整えていない。

 民間企業に義務や責任を押しつけているのだ。


「仕方がないさ」


 映像――来栖。

 その姿にノイズが混じり、少しずつ掻き消されていく。


「未だに吸血症患者は、全国的に見て多数存在するわけではなし。国としても、そう簡単に、国民を殺害せよなんて命令を、国家機関に下せるはずもない」


 妹を、殺害せよ。


 微かに。

 紅い記憶と。

 鼻をつく匂いと。

 誰かの叫びが。


 僕は、逃れるように、情報の海を、先へ先へと泳いでいく。

 過去から、現在へ。


 夢の中。

 刻の振り子は大きく揺れる。


 僕は。

 言い聞かせるように。

 しっかりと繋ぎ止めるように。

 自分が自分として、現在へと戻れるように。

 気を確かに持ったまま、夢から覚められるように。

 僕が僕であることを確認する。

 僕の現在を確認する。

 過去に迷わないように。


 僕は。

 末期症状患者の動向が発見されれば出動する、そんな人手不足の会社に勤めながらも。


 高校生である僕は。

 もうすぐ始まる夏休み前夜祭に向けての準備を――

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