5-3 共闘
軽い貧血。
耳鳴りが消えていく。
僕は九条とともに、木々の間、闇に身を潜め、問題の場所を見下ろしていた。
月が出ている。
薄く蒼い光を放つ月。
禍々しい赤色の月でも出ていれば、雰囲気が出たかもしれないな。
そんな、投げやりな思考も浮かぶ。
僕と九条がいる小さな山の下、今は使われていないという空き倉庫。
そこが、仲多が身を潜めている場所らしかった。
「末期症状患者を三人、貸そう」
九条が申し出た。
九条の背後から、三体の屍が姿を現す。
「どうして、こいつらはあなたの言うことを聞くんだ」
僕の問いに、九条が人差し指を唇に当てる。
「それは企業秘密だよ」
九条の視線が、倉庫へと向けられる。
「連中は傷つけていいのか?」
「僕は妹さえ助けられればいい」
「正しい選択だ」
「血も涙もない。あなたに言われたくない」
「少なくとも君はまだ人間だ」
九条が僕を見る。
「守りたいものをなくすと、人は人でなくなる」
はっとした。
思わず、視線をそらす。
「それこそ……あなたに言われたくない」
僕は、十字弓を握り締め、山を下り始めた。
背後から、屍もついてくる。
一度振り向くと、既に九条の姿はなかった。
――君は違うんだな。
僕の血を堪能した後、九条は囁いた。
そう。
僕は違う。
――これが君を苦しめる呪いか?
分かったようなことを言うな。
本当の呪いは、もっと重くて苦しい。
僕は足を進める。
ふと、その足を止める。
坂を下りてすぐのところに、杭を持って歩く男の姿が見えた。
見張り一名か。
まあ、目立たぬことを優先したのだろう。
音も立てず、隣にいた屍が走り出した。
木を伝い、男の背後に回ると、屍は片手で男の腕をつかみ、もう片方の手で口を封じた。
男の目に恐怖が宿る。
屍が噛みつくと、男は必死で暴れたが、その叫びも屍の手の内で消えた。
静かに、男の体が崩れ落ちる。
僕は坂を下り終え、倒れている男の傍らを通り過ぎた。
屍と行動を共にしていると、ますます、自分が見えなくなってくる。
結果を追い求め、過程を省みないことは、自分自身を失うことなのだろうか。
屍が分散し、倉庫の壁を登っていく。
天井などから侵入する気か。
僕は、倉庫の窓に近づき、そっと中を覗き込んだ。
暗い室内。
電気は消されている。
何か、明かりが見える。
あれは――。
瞬間、怒りで身の内が沸騰するのを感じた。
未来が見えた。
未来は、壁に磔にされていた。
両手に杭が打たれている。
酷いことを。
何て酷いことを。
ぐったりとして顔を伏せている未来。
そんな彼女に対して。
仲多を中心とした数人のグループが、松明を近づけた。
燃え盛る炎。
突然に光を浴びせられ、未来が顔を上向け、悲鳴を上げた。
絶叫。
思わず耳を塞ぎたくなるような。
生々しい悲鳴。
未来の苦悶の表情。
畜生、ふざけるな。
僕は倉庫の扉に駆け寄った。
音が立たないように、注意して扉を開ける。
未来の悲鳴。
「光が怖いのね。おお、可哀想な悪魔。あんたたちは神に見放されたんだ」
仲多の声。
「楽には死なせてあげないよ。死なせるものか。あんたたちの手で殺された人、全員分の痛みを分けてあげなくちゃならないからね」
仲多が何か聖書の言葉を叫ぶ。
周囲の者がそれを復唱する。
未来が微かな声を発する。
仲多はそれを嘲笑った。
「もうやめて、だって。はん。まだ早いよ」
未来の絶叫。
僕は十字弓を持ち上げた。
何も躊躇わなかった。
引き金を引くと、矢が、一番近くにいた男の肩に刺さった。
男は、苦悶の叫びを上げ、痛みを訴えながら、地に倒れた。
仲多の顔が、一瞬強張り、こちらを見る。
次の矢を装填しながら、僕は歩み出る。
「その子から離れろ、仲多益美」
僕は十字弓を、周囲の者にも、ざっと向けていく。
「あなたたちも」
「現れたわね!」
仲多が大声で笑い始めた。
「それ以上、近づくんじゃないよ」
未来の喉元に、仲多が荒々しく杭を突き立てる。
血が一筋、流れる。
「血が流れるのねぇ、悪魔にも」
ぎらぎらとした眼。
仲多は、もはや常軌を逸している。
異常だ。
宗徒たちが、ゆっくりと、僕を取り囲む。
「ここで終わらせる。あんたたちの企みも、ここまでだ」
荒息混じりの仲多の声。
「いいだろう、終わらせよう」
僕の言葉に怪訝な表情を浮かべた仲多に向かい、突如、上から、何かが襲いかかった。
屍だ。
仲多が何かを叫びながら、屍に向かって杭を突き出す。
屍と仲多は、絡み合うようにして、床を転がった。
驚き、立ち尽くした宗徒たちに、残る二体の屍が、一斉に襲いかかった。
一気に、倉庫内は混乱に陥った。
宗徒たちは散らばり、屍との戦闘を開始する。
「未来!」
僕は磔にされた未来に駆け寄ろうとする。
そこへ、突如として、横から宗徒の男が現れた。
その手には、小さく細い杭。
腹に、衝撃が走った。
うっと、自分の口から、低い呻き声が漏れる。
遅れてやってくる激痛。
腹に、男の持つ細い杭が、突き刺さっていた。
男が杭を抜く。
痛み。
意識が霞む。
再び襲いかかってくる、男の姿を視界の隅に捉える。
倒れるな、持ちこたえろ、今このまま気を失えば、この男に――
必死で考え続けるが、次第に闇が意識を蝕んでいく。
そして。
世界が暗転する。




