表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍たちの夜明け Dawn of the Past  作者: 星野彼方
22/28

5-1 心は碧く

 遙名。


 その名を、口に出して呼んでみた。

 随分と違和感を覚える。

 もう何年も呼んでいない名前であるかのように。

 いつの間にか、こんなにも錆び付いて、軋む、古びたものとなっていた。


 遙名。

 それが僕の妹だ。

 南の知る、僕の妹の名だ。

 僕と同じ両親を持ち、同じ名字を持つ、本当の意味での、妹。


 金糸雀が僕をタツヒラと呼ぶのは、何も竜平という名を読み違えているわけではない。

 辰比良(たつひら)竜平。

 それが僕の名前なのだ。


 よって、長谷川未来は僕の妹ではない。


 正確に言えば。

 戸籍上の意味で僕の妹であるのは、辰比良遙名、ただ一人だ。


 未来。

 彼女は、僕と血の繋がりもなければ、幼い頃からの知り合いというわけでもない。


 未来と出会ったのは、僕が妹を殺し、両親に見捨てられた少し後のことだ。


「お願いがあります」


 未来はそう言った、と記憶している。


 夜。

 雨が降っていた。

 それも、ただの記憶に過ぎないのだが。


 記憶。

 記憶とは曖昧だ。


 過去の僕。

 そいつは、もっと曖昧だ。


 過去の僕と現在の僕。

 その関係性はイコールではない。と思う。

 恐らくそれは相似だ。

 過去∽現在。

 式として書き表すなら、そうなる。


 居心地の悪い不連続感。

 不安定感。

 浮遊感。


 そもそも過去とか未来とか、そんなものは結局のところ、現在の僕への現れに過ぎない。


 過去。

 それは、現在ここに存在する僕の思い出でしかない。


 未来。

 それは、現在ここに存在する僕の予想や期待でしかない。


「お願いがあります」


 しとしとと、天から降り注ぐ雨。


「私に未来をください」


 雨の中、濡れる少女の懇願。

 僕は何と答えたか。


「僕に、過去を与えてくれ」


 過去を無くした男と、未来を無くした少女の邂逅。

 交わされたのは、互いに、必要な何かの補完を望む、哀しい契約。


 おままごと。

 単純な家族ゲーム。


 利害は一致していた。


 僕は未来を守る。

 未来は僕に守られる。

 そんな歪んだ関係性が、僕たちには必要だったのだ。

 自分自身を保つために。


 南が僕を見ている。

 彼女はもう、僕を止めなかった。


「僕は、南が思っているような男じゃないんだ」


 南の両目に、大粒の涙が浮かぶのを見た。


 ――他のやり方を考えればいいよ。


 そんなものはないんだ、南。

 運命だとか、予定調和だとか、呼び名は何だっていい。

 他のやり方なんて、そもそもの初めから、何一つ用意されていないんだ。


 南の横を通り過ぎる。

 一度も振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ