表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍たちの夜明け Dawn of the Past  作者: 星野彼方
19/28

4-3 小鳥遊

 願えば叶うという言葉が、世にあることは知っていた。


 だから願った。

 心の底から。


 失くしたものを取り戻したい。

 もう一度だけでいい。


 ただの一度。

 小さな、小さな願いだ。


 奇跡。

 魔法。

 何だっていい。

 やり直せるのなら、何だっていい。


 願い続ける。


 そのとき、ふと。

 懐かしい温もりを感じた。

 確かに感じた。


 逃がしたくない一心で、その温もりに手を伸ばす。

 誰かの手に触れたような感覚。


 消えるな。

 そう願いながら、必死に祈りながら、目を開ける。


 眩しい。

 風が、涼しい。


 涙が溢れて、シーツに零れた。


 暖かい朝の日差しの中、僕は一人だった。


 ベッドの上で。

 ただひたすらに、手を握りしめたまま。


 僕は、一人だった。


 夢から覚めても、最後に僕を見つめた未来の表情は、消えてはくれなかった。


 ここはどこだろう。

 頭を現実に切り換えようと、そんな小さな疑問から考えていくことにした。


 僕の家ではないようだ。

 かといって、病室でもないらしい。


「あ、起きたー?」


 そう言って、僕の顔を覗き込んだのは、意外なことに、小鳥遊だった。

 半分、僕が予想していたのは、ここが南の家だということだった。


「ナミちゃんじゃなくて残念?」


 僕の思考を先読みしたかのように、小鳥遊が言った。


「さっきまでナミちゃんもいたんだよ。けど、ナミちゃんの家はお父さんが厳しいから、もう帰っちゃった。ナミちゃん、お父さんには、今の仕事のこと、何も言ってないんだよ」

「そうなの、か?」


 僕は、南のことを何も知らない。

 南が僕について、すべてを知っているわけではないのと同じように。

 何気なく周囲を見回し、そこで僕は、あることに気がついた。


「ここ、小鳥遊の家か?」

「そだよー」

「お前、一人暮らしだったのか?」

「うん、そだよー」


 八畳ほどであろう部屋。

 玄関に繋がる短い廊下には狭い台所。


「二人きりだよーむふふ」


 僕はどうやら、小鳥遊のベッドを独占する形で眠っていたらしい。


「ベッド、ありがとう」

「へ? いえいえー。これからは、竜平君の匂いを嗅ぎながら、毎日眠れるよー」

「迷惑かけたみたいだな」

「あたしはそうでもないよー? 隊長が、竜平君をここまで運んだんだよ」

「そうか……」


 その時、突然に、昨日の夜のことを次々と思い出した。


「尾瀬は? どうなった?」


 僕の剣幕に怯んで、小鳥遊が後ずさった。


「尾瀬君は無事だよー。 あのね、肩に矢が刺さっただけで、入院が長引くことにはなるけど、命とかには別状ないよ」


 安心して、息が抜けた。


「ほい」


 小鳥遊が何かを投げてきた。

 反射的に受け取る。


「何だ?」

「冷たーく冷えた炭酸水だよ」


 礼を言って、缶を開封する。

 空気の抜ける音とともに、泡が弾け出た。


「あたしと隊長も、軽く当て身を打たれただけで、問題ないよー。ほら、ピンピン」


 飛び跳ねてみせる小鳥遊。

 確かに大丈夫そうだった。


「けれど、三川は死んだな」

「それは竜平君のせいじゃないよ」

「僕が殺したんだぞ」

「南ちゃんに聞いたよ。そんな状況じゃ、仕方なかった」

「いや、僕のせいだ。そもそも、僕が行くと言わなければ良かったんだ」

「来たのは、三川さんの意志だよ」

「意志か。僕は、本当に人の意志なんて存在するのか、不安になってきたよ」

「うーんと、あたしにも分かるように話してみてくれる?」

「つまりさ」


 僕はベッドに腰掛け、両手を広げて言った。


「すべては偶然の連なりが、動かしてるに過ぎないんじゃないかってこと。人の意志で変えられるものなんてない、すべては、そう、運命ってこと。あるいは必然かな」

「偶然を作るのは、人の意志だよ」

「結局は偶然だ。人の意志で確実に変えられるものなんて、ないんじゃないかな」

「だとしたら、どうするのー? 何もしないの?」

「それも一つの答えだな」

「竜平君が言ってること、分からなくもないよ-―。けど、あたしは嫌いだよ」

「きっと、南もそう言うだろうね」

「あたしじゃ、話の相手として不足かなー」

「いや、ごめん。そういうつもりじゃなかった」

「少しはドキドキしてる?」

「何?」

「女の子の部屋に二人きりなんだよー。しかもベッドの上」

「それは恋とか、そういう話?」

「えー、と」

「僕は、誰かを好きになるとか、そういう浮ついたことはできないんだ」

「どうしてー?」

「呪われたから、かな」

「呪い……?」


 思わず口を閉じる。


 どうしたのだろう。

 少し、喋りすぎた。


 南といい、小鳥遊といい、どうして皆、僕の心を動かすのだろう。


「色々とありがとう、小鳥遊。そろそろ、おいとまするよ」


 立ち上がろうとした僕の前に、小鳥遊が歩いてきた。


「竜平君、あたしは馬鹿だからよく分かんないけど、でも、竜平君は自分を責めすぎてると思うよ。それと、竜平君は、自分だけで何かを抱えて、周囲に迷惑はかけない、て考えてるみたいだけど、実際問題、周囲に、たくさんの心配をさせてるんだよ」

「心配してほしいなんて思ってない」

「竜平君が思う思わないに関わらず、みんなはそう思ってるんだよ」


 ねえ竜平君、と小鳥遊は続ける。


「周囲のみんなは、竜平君の思うとおりに動く、お人形さんじゃないんだよ」


 頭を殴られたような衝撃が来た。


「みんな、竜平君と同じように、ここで生きて考えてる、個人なんだよ」

「個人……」

「みんなだって、竜平君に対して、色々と思ったり、心配したり、怒ったり、悲しくなったり、恋をしたりしてる。その上で、竜平君と接してるんだよ。どうして分からないの、竜平君? 昔は、そんな竜平君じゃなかったよ。忘れちゃったの? 人との接し方を、忘れちゃったの?」

「僕は――」

「僕、て誰? 竜平君は、今、ちゃんと竜平君?」


 足下がぐらつく。


「……小鳥遊にまで説教されるなんてな」

「嫌だった?」

「いや、そうじゃない。謝る」


 もう、自分で自分が何を喋っているのかも分からなかった。

 自分が今どこに立っているのか――それすら分からなくなりそうだった。


「ごめん、小鳥遊。今日はもう帰るよ。帰らなくちゃ」


 半分、押し退けるようにして、小鳥遊から逃れる。

 急いで靴を履いて、外へ出る。


 僕は走っていた。


 暗い部屋で、未来の待つ、今の僕の小さな世界へ。


 逃げ帰るように、走っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ