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探偵、踊るべし

 時は二〇××年、日本は平和に包まれたッ!


 犯罪は激減、貧富の差は低減!

 特殊出生率は回復し、海外貿易も良好!

 国際情勢は安定し、戦争など影も形もないッ!

 流行病も大きな災害もなく、国民は平和を享受していたッ!

 ゲイシャッ! フジヤーマッ!




 しかし、その平和に割りを食う男たちは確かにいた。


 探偵───犯罪の解決を生業とする者たちである。


 彼らは闇の中を暗躍する凶悪犯罪者たちを捉え、その類稀なる推理力を駆使して彼らを追い詰める、犯罪解決のエキスパート達である。

 それは警察の仕事だろう、などと言ってはいけない。

 探偵達はその能力を駆使し、この平和な今を築くための地道な努力を続けていたのだ。

 しかしこうも犯罪者が激減してしまえば、彼らはおまんまの食い上げであった。


 皮肉なことに、それまでの探偵達のあまりに華麗な活躍に憧れてこの業界にはさらに多数の新人探偵が参入し、結果として探偵はますますその数を増していた。

 ……事件も起きないのに。


 増える探偵、減る犯罪。


 探偵達はハイエナの如く軽犯罪者に食らいつき、事件に遭遇できない探偵はフロックコートを身にまといシティを練り歩く。

 胸ポケットからおもむろにパイプを取り出し、壁に寄りかかってふかし始める。

 その姿こそはまさに探偵のダンディズムだ。

 ……ここ日本なのに。


 その極端な探偵増加の結果として出来上がったのが、あまりにも事件の起きない現実に絶望し、解決するための事件を探偵自身が作り出すという末期的状況である。

 なんと、ある年の全殺人事件の半分以上が探偵によるものであった。


 事件を解決すべき探偵が、事件の解決に憧れるあまりに犯罪に手を染めるという矛盾。

 ……この状況を重く見た日本探偵協会は、その今日までに築き上げた各界とのコネクションを縦横無尽に駆使し、ある施策を打ち出した。


 それこそが探偵ダンスバトル協定――通称DDB(Detective Dance Battle)である。


 数少ない殺人事件を、その場にいたというだけの運で解決するから探偵達には不満が溜まり、犯罪を起こすという本末転倒な状況を作り出してしまうのだ。


 ならば、殺人事件が発生した際に抽選で一次選抜。

 次にダンスバトルにより事件を解決する探偵を決定する。

 この、ダンスの実力が大きくものを言うシステムであれば不満は少なくなるのではないか?

 日本探偵協会はそう判断したのである。

 見た目に華やかで明るく楽しい探偵像を演出する――ダンスバトルはその条件にぴったりとあてはまった。


 倫理とか道徳とか不謹慎とか、そういうことを考えてはいけない。


 そもそも、そうした感情が探偵の推理を妨げたことが未だかつてあっただろうか?

 いや、無い。ただの一度も無い。

 現場からの叩き上げである日本探偵協会の上層部には、倫理だの不謹慎だのといった感覚は綺麗さっぱり欠如していたのだ。


 しかしこのイカれた施策は恐るべきことに、大衆からの熱狂的な支持を受けた。

 殺人事件の解決者をダンスバトルで決めるという不謹慎、響くミュージックビート、跳躍し躍動する肉体……その要素は絶妙に大衆の心を擽り、ダンスバトル会場はあたかもローマのコロッセオの如き熱狂を見せた。

 古来より大衆というものは、不謹慎で刺激的なものを好みがちなのだ。


 こうしてDDBは殺人事件の解決方法として広く認知され、探偵達はその時に備えてひたすらにダンスレッスンに励む、探偵大ダンスバトル時代が幕を開けたのである――







 駆け出しの新人探偵ヨシオは、控え室で集中し、これまでの己の歩みに想いを馳せていた。


 探偵を志してから三年目、初めて掴んだチャンスだ。

 眠る間も惜しんでダンスレッスンに励む日々。

 もちろん探偵としての収入はなく、コンビニ店員時給八六五円を必死にこなした。

 給料を全て家賃と月謝につぎ込み、コンビニの廃棄を漁って食いつないだ。

 同僚の中で、己が『廃棄クラッシャー』と呼ばれている事実をヨシオは知らない。


 何度も諦めかけた。何度も血反吐を吐いた。


 それでもここまでやってこれたのは、ひとえに探偵への憧れのおかげだった。

 小さな頃テレビで見た、あのどこまでも格好いい探偵の姿。

 それだけが今のヨシオを支えている。


 ヨシオは顔を上げた。

 表情に浮かぶのは、どこまでもひたむきな憧憬。


 ――征くぞ。憧れを現実に変える時がきた。


 ヨシオは己を呼ぶコールアナウンスに、勢いよく立ち上がった。


 体が一瞬、ぶるりと震えた。

 武者振るいだ、とヨシオは獰猛な笑みを浮かべた。







『さあーっ! 本日の第三戦は新人同士の対決! 初々しいダンスパトスがフィールド上で跳ねる! この熱さを見逃すなあーっ! ……西側、Yoshioー!』


 己を紹介する声に、ヨシオは片手を挙げてバトルフィールドへと踏み出した。


 フィールド上に立つと分かる。

 押しつぶそうとするような歓声。

 全身に無遠慮に絡みつく、自分を測ろうとする視線。

 その全てが、重圧となってヨシオを屈させようとする。


 なるほど、新人探偵の初めてのダンスバトルに勝利する確率が二割にも満たないというのも納得だ。

 実力以前に、そもそも踊りきれるかも怪しいプレッシャー。

 しかしヨシオは胸を張り、その堂々たる立ち姿を崩さない。


 夢があるのだから。

 憧れを現実に変えるのだから、こんなところで立ち止まれないのだ。


『東側、Ryosukeー!』


 東から出てきたのは、己と同年代であろう新人探偵。

 ヨシオは油断なく彼を観察する。


(……表情が硬い。笑顔を見せてはいるが、表情筋が強張っている。よく見れば歩幅も一定ではない。ジャラジャラと飾り付けたあのアクセサリーは、自信のない自分への防御壁といったところか。スタイルはその服装から判断するにHip-Hop! ……先手を取って、プレッシャーで押しつぶしたいところだ)


 そう、DDBはすでに始まっている。

 相手の状態を見抜く観察力、戦略を立てる立案力……全て探偵に必須とされる要素だ。


「よろしくな」

「ああ、いいダンスバトルをしよう」


 双方、握手を交わす。

 Ryosukeの掌は、じっとりと汗で濡れていた。


『運命のコイントス! 戦いはもう、始まっているー!』

「俺は表だ」

「いいだろう。俺が裏だな」


 ヨシオが選んだのは表。

 コイントスを当てた方が、先攻と後攻を選択することができる。

 進行が親指で跳ね上げたコインが綺麗な曲線を描いて宙を舞う。

 不正防止のために進行はそれが地面に転がり、裏と表を晒すのを待つ。


『……表! 表だ! 選択権はYoshio! どちらを選ぶ!?』

「先攻を!」

『OK! Yoshioが先攻、Ryosukeが後攻! Yoshioは準備だ!』


 ヨシオはバトルフィールドの中央に立ち、深呼吸をして集中力を高める。


 ――次は無い、と思え。


 ここで最高のダンスをできなくて、何が探偵だ。

 極限まで高まった集中力が、ミュージックのイントロとともに爆ぜる。


(よし! ……いい入りだ!)


 ヨシオは最高のスタートダッシュを決めたことに、内心で快哉を叫ぶ。

 無論表情には出さず、体は躍動を続けている。


 ヨシオのスタイルはHip-Hop。

 DDBの黎明期からのスタンダードスタイルにして、一つの頂点。

 王道を征く探偵のためのダンススタイルだ。


 Hip-Hopにおいて真に重要なのは、実のところ技術では無い。

 技術以上に、そのダンスが本当に己のスタイルであるかを試される。


 自己表現――ダンスの本質である。

 その本質を突いているからこそ、Hip-Hopは現在のダンスシーンで一大ムーヴメントを築いているのだ。


 キレとノリとグルーヴ。

 全てが調和した時、Hip-Hopはダンスの枠を超え、芸術へと昇華される。

 ヨシオは緊張ではなく、裡から湧き出る熱量に突き動かされて最後の一小節をキメる。


 ミュージックが鳴り止んだ瞬間に響いたのは万雷の拍手だった。

 指笛が鳴り響き、歓声が先ほどまでの重圧ではなく、祝福としてヨシオに降り注ぐ。

 皆、新たな探偵の誕生を祝っているのだ。


 ヨシオはRyosukeを指差し、ニヤリと笑った。

 Ryosukeは蹴落とされたように、蒼白な顔でバトルフィールドに進み出た。







 一回戦はヨシオの勝利と終わった。

 Ryosukeがプレッシャーに押し負けてしまい、無様なダンスを晒したのだ。

 五人の判定員は皆、ヨシオの勝利を支持した。

 快勝であったと言えよう。


 が、ヨシオに油断は無い。


(これからが本当の戦いだ……!!)


 そう、このダンスバトルは十六人からのトーナメントで成る。

 殺人事件を解決するためには、四回連続でダンスバトルに勝利しなければならないのだ。


 それがいかに困難であるかということはわかっている。

 いずれも曲者揃い、初戦を新人と戦えたのはとてつもない僥倖だったのだ。


(次の相手は……『新人潰し(ニュービーキラー)』のHamada……! 紛れも無い強敵……!)


 名の知れた相手である。

 ヨシオはひたすら、控室で己のコンディションを高め続けた。




『さあ、二回戦第二試合! 西側、『新人潰しニュービーキラー』のHamada! 今日もその熟練の技術が相手を沈めるか!? 対して東側! 新人のYoshio! 大きな壁だ、乗り越えられるかー!?』


 ヨシオはバトルフィールドを囲んでそそり立つ観客を見て手を振った。

 一回戦を勝ち抜いたことにより一皮向けたのだろうか、ヨシオには周囲を見回すだけの余裕があった。


『コイントスを――』

「まあ待て」


 進行を止めたのはHamada。ここからのHamadaの言葉を皆が予想している。

 Hamadaの繰り出す戦術は――


「どうだねYoshio……『パップ・ラップ・デスマッチ』での勝負……受けないか」

『で、出たぁぁーー! 『新人潰しニュービーキラー』Hamadaの代名詞、『パップ・ラップ・デスマッチ』だーー!』


 そう、『パップ・ラップ・デスマッチ』。

 これこそがHamadaの基本戦術。


 その勝負方法は単純、ラップで相手に押し勝った者の勝利だ。

 しかしこれほど新人にとって辛い勝負は無い。

 ただでさえ緊張によりこわばる思考に、即興を強いるラップ。

 大抵の新人はこのパップ・ラップ・デスマッチにより修復不可能な心の傷を負い、探偵を諦める。


 それ故にこのHamadaは『新人潰し』の異名を持つのだ。

 もちろんのこと、この勝負方法を断ることはできる。

 しかし――


「どうするYoshio……断るか?」

「……ッ!!」


 ニヤリといやらしい笑い。

 そう、仮に断れば既に、心の底でHamadaに負けていることを宣言するようなものだ。

 心の折れた相手など敵ではない。

 故に、どちらにしても圧倒的な優位を獲得できる。


 新人潰しニュービーキラー……その異名は伊達ではない。


「受けよう、その勝負」


 ヨシオは額に滴る冷や汗を拭いもせず、勝負を受けた。

 断っても状況は変わらないという想定もあったが、何よりも、ここで逃げるということをヨシオの誇りと意地が許さなかった。


「勇敢だな……music start!」


 パチン、と鳴らされるHamadaの指。

 同時に響き出すラップ・ミュージック。


「さあ、楽しい時間の始まりだ! 先手は私が貰おう!」


 Hamadaはリズムに乗り、その才覚を如何なく発揮する。


「Hey! Yo!

 ようこそここへ! Check it out!

 だがまだ早い! 青いぜhip!

 おしゃぶり完熟! お前未熟!

 学べよ現実! 刻むぜ亡失!」


 のっけからの強烈なディス。

 パップ・ラップ・デスマッチとはMCバトルであり、いかに相手の心を砕くかの戦いなのだ。


「しねえよ後悔! させねえ倦怠!

 見せるぜ才能! 感じろ衝動!

 俺は無頼! 無限大!

 勝つぜyeah! かっぽじれear!」


 ヨシオのリリックを受け、Hamadaは唇の端を歪めた。


「ほう、楽しめそうだ……! 簡単に折れてくれるなよ!」

「アンタこそな……!」


 パップ・ラップ・デスマッチはさらにその激しさを増してゆく。

 勝敗の天秤は、まだどちらにも傾いていなかった。




(……崩れ……ない……!)


 拮抗し、白熱するパップ・ラップ・デスマッチ。


 ヨシオは懸命に食らいつくも、一歩及ばない。

 それは才能の違いではない。

 経験の違い、踏んだ場数の違いだった。


 ヨシオはだんだんと追い詰められる自分を知覚する。

 一つ一つのリリックでは負けていない。

 しかし、全体のハーモニーではHamadaの後塵を拝し、その結果がボディーブローのようにヨシオに降り積もっているのだ。


(ふむ……そろそろか……?)


 Hamadaはさらに冴え渡るリリックに身を任せながら、しかし冷静さを以ってヨシオを観察する。

 新人にしてはよく保っている。

 経験値の違いにも諦めを見せずに食らいつくその姿には感動すら覚える。


 が……まだ、あまりに若い。

 Hamadaとヨシオの間には、埋めがたい年期の差が確かに存在した。


(堪能したよ……強くなってまた出直しなYoshio!)


 Hamadaは渾身のリリックで勝負を決めにかかった。


「劣悪lyric! 脳内sick!

 お前はneet! 家庭でshit!

 おとといきやがれYo・Shi・O!」

 

 Hamadaのそのリリックとともに、ヨシオの体はぐらりと傾いた。


 崩れ落ちる。


 ただ一人を除いて、バトルアリーナの全ての者がそう思った。


 ――しかし、その瞳は驚愕に見開かれることになる。


(俺は……負けられ、ない……!)


 何という機転。

 倒れ伏すかと思われたヨシオの体は――あろうことか、倒れ伏す衝撃すら利用しブレイクダンスを始めたのだ。


『こ、これはーー!? 前代未聞! Yoshio、パップ・ラップ・デスマッチの最中に掟破りのブレイクダンス! 許されるのかぁーー!?』


 あまりに想定外の事態に、会場が静まり返る。

 そこに、ヨシオの声だけが響き渡る。


「……これは確かにパップ・ラップ・デスマッチ。しかし同時に、どこまでいってもDDBだ。……ならば、踊ってしまっても構わないだろう!」

『し、審査員長……!』


 進行が審査員長に是非を求める。

 審査員長は、コクリと、しかし確実に頷いた。


 瞬間、バトルアリーナに歓声が満ちる。


『ぞ、続行ーー!! パップ・ラップ・デスマッチエェーンドブレイクダンス! 新たな地平が今、開かれたーーっ!!』


 進行のその言葉が、全ての観客の心境を代弁していた。

 ヨシオはブレイクダンスと共に、新たなリリックを紡ぐ。


「ここに注目! 皆が刮目!

 時代がきたぜ! 俺は北風!

 吹き鳴らすぜbeat! 俺はgreed!」


 その情熱だけが形を成したようなリリックに、Hamadaも熟練の技術を以って応える。

 これまでになかったパップ・ラップ・デスマッチは、ラップ・ミュージックがその最後の音を鳴らし終わるまで続いた。




『結果は――三対二! Yoshio、新人にして二回戦突破ーー!』


 バトルアリーナに響く歓声。

 皆が、この新時代を切り開いた若き探偵を賞賛しているのだ。


 しかし、それを妨げる一人の男の声。


「待て、待ってくれ! 確かに、パップ・ラップ・デスマッチにブレイクダンスを取り込むという発想は素晴らしい! だが……肝心のリリックはどうだ!? 私が勝っていただろう!?」


 見苦しいと笑わば笑え。


 Hamadaは探偵として、己の誇りをかけて異議を申し立てた。

 何よりも、己の磨き上げたラップ・テクニックにHamadaは嘘をつけなかった。


 轟々と上がるブーイング。

 しかしそれは、ある一人の人間が手を挙げたことにより静まる。


「審査員長……」


 そう、審査員長その人である。


「Hamada……確かにパップ・ラップ・デスマッチの勝負としては、お主の勝利じゃ」


 その言葉に、バトルアリーナは困惑に包まれる。

 何せ、審査員長はヨシオの勝利を支持したのだから。


「な、ならば、何故……」

「周囲に流され、忘れていたことを思い出したのじゃよ……いや、思い出さざるを得なかった、と言うべきか……」

「それは一体!?」


 バトルアリーナは静まり返って審査員長の言葉を待つ。

 審査員長はたっぷり三秒溜めて、言い放った。


「――ラップって、ダンスぢゃなくね?」




 結局、審査員長の『ラップはダンスではない』発言は当然の納得をもって受け入れられた。


 誰も反論の言葉など持たなかったのだ。

 むしろ、なぜ今まで放置してきたのかという議論が紛糾した。

 黎明期からさりげなく幅を利かせてきたパップ・ラップ・デスマッチは、このダンスバトルを契機としてその歴史を閉じることとなる。


 が、そんなことなどヨシオにとってはどうでもよく。

 彼にとって大切なのは、たった今届けられた知らせだけだった。


「準決勝が不戦勝!?」

「ああ、そうなんだ」


 控室で集中を高めるヨシオのもとに訪れたのは大会運営。

 それはヨシオにとっては福音であり、自分にこの事件を解決しろという天の導きにしか思えなかった。


 ヨシオは控室を出ていこうとする運営にふと、疑問を投げかけた。


「そういえば、何故準決勝の相手は棄権したんです?」

「ああ、レッグダンス・マスキュラーの形式でダンスバトルをしてね……二人同時に高速コサックダンス、接触。どちらも足を骨折した」

「そ、そうですか……」


 ヨシオは笑っていいのか痛ましい顔をしていいのか、今一つ分からなかった。







『やってきたぞ、決勝戦! 皆、血は湧いているか!? 脳みそはトリップしているか!? 正真正銘、ラストバトル! 結末を見逃すなあぁぁーーっ! ……まずは東側! 奇跡の勝利を積み重ね、DDB初参戦ながらこの舞台に駒を進めた大型新人! Yoshioーー!!』


 バトルフィールドに進むヨシオにかけられるのは、これまでと比較にならない熱気と嬌声。

 これだけの熱量の中でダンスバトルができる。

 Yoshioは己の幸運に感謝し、そして同時に心臓が早鐘を打つのを自覚していた。


『そして西側ーー! 現れるは絶対王者! 解決事件数現役最大! 最高の肉体に最高の頭脳! 彼を語る言葉が尽きることは無いっっっ!! ……探偵界の巨人、Doiruーー!!』


 突如、バトルフィールドが爆発したかと思われた。

 それほどに桁違いの歓声は、如何に彼が探偵として第一線を走っているのかを示している。


 絞られた筋肉とタンクトップがトレードマークの彼は、そのゴツい見た目と反するCoolなダンスで、常に観客を魅了してきた。

 疑いなく、現役最強の探偵である。


「……よろしくお願いします」


 ヨシオは声が裏返らないようにするので精いっぱいだった。

 目の前の探偵界の伝説はヨシオにとって憧れであり目標である。

 そんな相手とダンスバトルできるということが夢の様だった。


「ハハ、緊張するなよ」


 Doiruは鷹揚な様子で、しかし陰のある表情で握手を受ける。

 ヨシオの耳には、離れ際のDoiruの呟いた一言が妙に耳に残った。


「――結末も真実も……変わりはしない」




『決勝戦ということで、バトル方法は固定だ! もちろん、『アルティメットダンス・オブ・ジ・バトル』ーー!!』


 轟くような熱量の波がバトルアリーナを駆け巡る。


 ――『アルティメットダンス・オブ・ジ・バトル』。


 DDBの代名詞であり、もっとも有名なダンスバトル方式だ。

 両者ともにバトルフィールドに上がり、同時にミュージックをスタートする。

 当然のこと音が入り乱れ何が何やら分からなくなるように思われるが、しかし実際にはそうならない。


 ――本物のダンスは、音を引き寄せる。


 DDBの決勝を見たことがある者なら、その事実を知っている。


 観客は二人の探偵両方を見ようとしたところで、自然と一人の、最も優れたダンスをする探偵に目が引き寄せられるのだ。

 そして、耳は自然とその探偵のミュージックだけを拾い、残酷なまでに結果は顕著に表れる。

 もっとも過酷で美しいと言われるDDBのバトル方式だ。


『二人とも! 準備はいいかーーっ!?』

「ああ、いつでも」

「……もちろん」


 余裕を見せるDoiruに対して、緊張の為か固い声。

 ヨシオはそれを自覚していながら、はやる気持ちを抑えきれなかった。


『いくぜっ! バトルミュージック・スタート!!』


 同時に二曲がバトルアリーナに満ちる。

 ここから先この二曲の優劣を決めるのは、二人のダンスだけだ。


 ヨシオはまずは無難なスタートを切る。

 己の最も得意とする曲で、百パーセントを出し尽くす作戦だ。


 対してDoiru 。

 彼の選曲は――


(やはり、きたか――っ!!)


 スリルに溢れショックに痺れ、恐るべきサスペンスを孕む恋の歌。

 Doiruの最も得意とする曲であり、Doiruはこの曲を引っ提げて数多のDDBで勝利を飾ってきた。


 そのダンススタイルはもちろん――


(――パラパラ!)


 Para-Para……それこそが探偵の王の代名詞。


 表情は完全に固定、無謬の仏頂面!

 そして異様に冷静なステップとリズムキープ!

 キレと軽やかさと力強さを兼ね備えた腕のムーヴィング!




 観客は当初、このダンスに一種異様な印象を受ける。

 何なのだこれは、と。

 それも当然のことである。


 自己表現たるダンスで凄まじいまでの真顔。

 そして情感を感じさせない無機質な振り付けはキレッキレ。

 全てが全て、DDBの舞台からは逸脱している。


 が、時間が経つにつれ観客たちは悟りだす。

 これこそが探偵の行きつく先、無感の領域の落とし子なのだと。




 そもそも探偵とは何か。


 ――殺人に、最も正面から向き合う者。


 それこそが探偵という生き物だ。

 探偵として生きるというのは、殺人を防いで生きることではなく、殺人の足跡を辿って生きることである。


 その心たるやいかなるものか。

 無感――己の無力さと無為さが、ふとした瞬間に彼らを包む。


 そしてその領域にたどり着いた者だけが踊れる仮面の嘆き――


 ――それこそが、Para-Paraというダンスなのである。


 観客たちはその有様に、感慨のため息を漏らすしかない。

 何も籠っていないからこそ、本物の探偵が踊るパラパラはあらゆる人間を引き付けるのだ。




 それを前にして、新人のヨシオにできることは何か?


 無残に敗れ去ることか?

 それとも、決して届かぬ夢を諦めることか?


(……違う!)


 そうではない。

 そうではないのだ。


 探偵ではなく、探偵に憧れる者だからこそできることがある。


(踊れ……! 憧憬の全てを込めて……!)


 どこまでもひたむきな、費用対効果の薄い全力のダンス。

 腕の一振りが喜びを撒き散らし、足の一振りが悲しみを覆い隠す。

 まだ何も手に入れていないが故の――今のDoiruが失った、がむしゃらに未来を望む意志。


 それだけが、無明の領域を照らし出す。


(届け……!)




 ――瞬間、YoshioとDoiruの視線が交差する。


 Doiruの、ただ真実だけを見据える瞳に戸惑いが奔った。


(あれは……光……?)


 Doiruは忘れ去った何かを思い出そうとしていた。


(俺にも、あんな時があった……?)


 Doiruの脳裏を記憶が揺蕩う。


 探偵に憧れた。


 ただ探偵を目指した。

 探偵となってからは犯罪を暴き続けた。

 犯罪を暴くたびに知る人の闇。

 知りたくもない裏側を自分は暴き立て続ける。


 そしてどこまでも原初の願い……探偵への憧憬の残骸に引きずられ、ここまで来た。

 こんな、何もない場所に。


 しかしあのダンスは……未熟で粗削りで構成も甘いあのダンスは、確かにDoiruを誘っていた。


 立ち止まるな、と。

 まだ、見えていない真実があるはずだ、と。



(先へ……!)



 音と動きと共感。

 ダンスの持つ本来の力で、YoshioはDoiruをいざなう。



(真実の、その先へ――!)







「……ハッ」


 Doiruの口の端から漏れたそれに、観客は耳を疑った。

 あのDoiruが――完全無欠のパラパラを踊るDoiruが、笑った?


 しかし、疑いもなき笑い声がバトルアリーナに響く。



「ハ「ハハ「ハハハ「ハハハハッッ「ハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」



 それは、抑えきれない歓喜の輪唱。


 互いの全力を踊る二人はいつしか笑っていた。

 絡み合ったミュージックと留まることを知らない喜びの噴出が、バトルアリーナを埋め尽くした。







『……厳正な審査の結果――今回の優勝は、DoiruとYoshioの二人に決定ーーッ!? ……なんだとぉぉぉーーッ!?』


 進行の声が疑問符に満ち溢れている。


 無理もない。

 これまで、『アルティメットダンス・オブ・ジ・バトル』で引き分けに終わったことなどないのだ。


 しかし今回、どちらの曲もその存在感をなくすことは無かった。

 双方が同じく、どこまでも魅力的なダンスを踊ったのである。


 観客はそのことを各々で実感していて、だからバトルアリーナに響いたのは、津波のような拍手だった。

 サービスでDoiruがヨシオの右手を高々と掲げると、拍手はさらに大きく、遠く、にぎやかに響いた。


 ヨシオはこの一時に酔いしれた。

 探偵以外のどのような存在にも味わうことのできない、最高の時間。


 ――この光景を、忘れない。


 そう、きっと。

 この瞬間の記憶さえあれば、自分はきっといつまでも、探偵という生き方を愛し続けていられる――


 歓喜の中で、ヨシオはそう確信した。






俺たちの推理はこれからだ!

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