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生きろ! 赤ちゃん人間  作者: アラスカ4世
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第4話 病め! 赤ちゃん人間

 収穫の秋が過ぎて、冬になった。この村の冬は、かなり寒い。11月(地球と同様にこの世界にも暦があって、一年は12ヶ月あって、1~2月が一番寒いらしい)からすでに雪が降り始めて、農作業どころじゃなくなる。村の人々の多くは家にこもって、内職をしている。メアリも家の中で、服を作ったりしていた。


 冬の問題は、家の中が滅茶苦茶寒いことだ。まず大前提として外は寒い。死ぬほど寒い。少なくとも家の中よりも寒い。でも村人の多くは石造りの家を持っていて、その中はまあまあ暖かい。外の寒気を上手い具合に遮断してくれる。


 でもウチは、木製のボロ屋なんだ。だからすきま風が吹き付けまくってきて、気休め程度にしか暖かくならない。


「オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア!」


 あまりにも寒いから赤ちゃんの俺としてはエビみたいに身を丸めて泣き叫ぶしかない。


「ごめんねアキラ。わたしが不甲斐ないせいでこんな寒い思いをさせちゃって。ほんとごめん」


 小さな村の中でも金持ちと貧乏人がいて、メアリーはわりと貧しい部類に入っているみたいだ。メアリーは赤ちゃんに辛い思いをさせてしまって、悲しくて泣いている。まだ15、6歳の少女が泣いている。だからこっちも『どうせなら貴族の家に転生したかった』などと泣き言を言ってられない。でも寒いものは寒い。


「オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア!」


 泣き叫んで寒さを紛らわさないと、やってられない。


----------------


 ある真冬の朝の事だった。目覚めたら、喉が異常に痛い。頭も痛い。悪寒がする。もっとも、元から滅茶苦茶寒いけれど。


 ……まずい……多分風邪をひいた……


 たかが風邪だと馬鹿にしてはいけない。赤ちゃんが風邪をひいて免疫力が低下すれば、肺炎や下痢、各種の感染症などで死ぬこともある。


 現代のアフリカでは8人の子供のうち1人が五歳の誕生日を迎える前に死んでいるという。医学の進歩した現代でさえそうなのだ。医学の進歩していないこっちの世界ではもっと多くの子供が病死しているはずだ。


「ケホッ ケホッケホッ」


 俺は咳をした。服を縫っていたメアリが俺の事を心配する。


「大丈夫アキラ? 風邪をひいたの?」


「ケホッ」


 メアリがおろおろするものの、出来るのは厚着をする事と、暖炉に薪をくべて部屋を暖かくする事ぐらいしかない。そしてせっかく部屋を暖めても、すきま風ですぐに寒くなってしまう。


「お願いアキラ。早く治って……」


----------------


 メアリの希望も空しく、次の日にはさらに体調が悪化していた。


「ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!!!ゲホッ!!!!!」


 咳が止まらない。まともに呼吸できなくて、息が苦しい。


 ……これは……肺炎なのかなあ……このまま死ぬのかな、俺……


 儚い人生だった。赤ちゃんのまま死ぬ事になるなんて、思ってもみなかった。でもこういう医療が未発達で貧しい世界では、ありふれた事なのかも知れない。まあいいや。このまま生きていたって、どうせ面白い事なんてあんまりないだろうから。


 そう思うと息苦しさが和らいで、気持ちが落ち着いてきた。体のあちこちが痛んで、危険信号を出している気がするけれど、どうだっていい。だって、別に死んだっていいじゃないか。


 視界がぼやけて、真っ暗になった。このまま楽に死ねたらいいなあ……なんて思っていたら、声が聞こえてきた。


「ちょっと、まだ死なないでよ!」


 視界に少女の姿が入った。転生する時に見かけた少女。ドロテアという名前だったっけ。そいつが、俺の前にいた。


「今死なれたら、面白くないじゃない。折角あなたがどんな人生を送るのか、観察してみたいって思ってるのに」


「俺の人生なんて観察したって、つまらないよ。どうせ俺なんて、人間のクズだし。それより早く死なせてくれよ。いま滅茶苦茶息苦しいんだから」


 俺は答えた。といっても声は使ってない。肺炎がひどくて声は出せないし、そうじゃなくても小さい赤ちゃんだから喋れない。でもテレパシーみたいなものを少女に送ろうとしたら、なぜか言葉が通じた気がした。


「あなたはそう思ってるかもしれないけど、わたしは面白いの。だってあなたは、赤ちゃん人間なんだもの」


「赤ちゃん人間?」


「そう。あなたはね、何年経っても体が成長しないの。もう数ヶ月したらあなたもわかると思うけど、あなたは赤ちゃん人間なの」


「なんでそんな目に遭わせるんだ!」


 赤ちゃんの暮らしは不便極まりない。喋れないし、立ち上がれないから移動はハイハイだけ。恋愛や生殖なんてもってのほかだ。そして極めつけは、体の弱さ。今の俺みたいに、ちょっとした事で肺炎になって死んでしまう。なんで俺が赤ちゃん人間なんかにならなくちゃいけないんだ!


「それは、あなたが望んだからよ。何もしたくないって。赤ちゃんになれば何もしなくていい。おっぱい飲んでウンコして、あとは寝るだけ。死ぬまでベイビー、赤ちゃん人間。楽で良いじゃない。わたしに感謝しなさい。あなたを赤ちゃん人間にしてあげたんだから」


「お前、なんてことをしてくれたんだ!」


 女神への怒りが湧き上がってきた。俺に不便で惨めな生活をさせて、それを眺めて楽しんでいる。女神が許せない。


「分をわきまえなさい。あなたみたいなやる気のない卑屈なゴミ人間には、おっぱい吸ってウンコして寝てるだけの人生が似合ってると思ったから、そういう人生をプレゼントしてあげたのに、なんでわたしが怒られないといけないの?」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 俺を大人にしてくれ!」


 やっぱり、なにも出来ない生活は惨めだ。力が欲しい。力で人を支配して、奴隷ハーレムとかを作りたい。そんでもってこの女神を跪かせて、俺の性奴隷にしてやるんだ!


「イヤよ。でもこのまま死なれたらつまらないから、あなたの肺炎は治してあげる」


 ドロテアはそう言って杖を取り出して、俺の目の前に突きつけた。


「万病を癒やせ。ヘブンリーキュア!」


 杖から光が出てきて、急に身体が楽になった。


「それじゃあ、精々わたしを楽しませなさい」


 ドロテアはそう言って、俺の視界からフェードアウトしていった。


 同時に暗闇が晴れて、ボロボロの小屋とメアリの姿が目に入った。


「アキラ! 一体どうしたの!?」


「おぎゃ、おぎゃ」


 なるべく元気そうに、声を上げてみる。


「良かった! 元気になったんだね。まるで奇跡みたい。でも本当に、良かった……」


 涙で赤くなった顔のメアリが、俺をぎゅっと抱きしめた。


「おぎゃ、おぎゃ」


 メアリの乳房の感触を味わいながら、俺は思った。


 死ななくて良かった。生きていたい。生きて強くなって、少しでもマシな人生を送ってやるんだ。

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