第2話 這え! 赤ちゃん人間
「アキラ、いい子いい子」
ちゅうちゅう……
ある日、いつものように俺が母親(?)のおっぱいを吸っていると、家に来客があった。
「メアリ、ちょっといいかい?」
やや丁寧そうな男性の声だった。
「はい。なんでしょうか?」
母親(?)が返事をした。たぶんメアリっていう名前なんだろう。そして俺の名前はおそらくアキラだ。前世、というか日本の時も佐藤彰っていう名前だったし、なんらかの形で引き継がれたんだろう。
「麦の収穫を手伝ってくれ。子守りも大変だろうけど、それ以上にこっちも大変なんだ」
「もちろん、手伝いますよ。司祭様」
メアリは笑顔でそう答えると、抱き抱えていた俺を解放した。
「アキラ、わたしはしばらく留守にするけど、いい子にしてるんだよ」
メアリはちょっと心配そうに俺に声を掛けた。生後何ヶ月なのか自分でもわからないけれど、俺はまだ安心して放っておけないぐらい小さい赤ん坊なんだろう。もっともそれは俺が普通の赤ん坊だった場合の話だ。俺は中身は赤ん坊じゃないので、大丈夫だ。
「おぎゃ!おぎゃ!」
だからメアリを安心させるために元気そうな声を上げてみた。まだ喋れない俺がメアリにできる精一杯の反応だった。
「それじゃあ収穫、がんばります!」
「久しぶりの畑仕事だから、無理はしないようにね」
メアリは男と言葉を交わすと、家を出て行った。ここは多分農村のはずだし、大半の村人は農業で暮らしている。だから小麦の収穫は、とても重要な仕事のはずだった。
そして、俺は一人で部屋に取り残された。でもまだ赤ちゃんだから、やることというかできることが少ない。とりあえずまだやった事がなかったハイハイというものをやってみる事にした。
よいしょ。よいしょ。
まずはうつぶせになって、そこから四つん這いになるために手足に力を入れる。
ぐぬぬぬぬ。
まだ筋肉が発達していないせいか、体が重い。それでもなんとか四つん這いになれた。そこからは、わりと楽だった。手足を動かして、這いずり回る。どういう動作をすればいいのか既にイメージできているから楽なのかもしれない。
よいしょ。よいしょ。
そのまま家の床を這いずり回る。木造の、正直狭くてボロい家だった。フローリングの床は腐りかかっていて気持ち悪いし、俺がきている服もあちこちにシミと継ぎ当てが付いていた。
あんまり裕福な家じゃないんだろうなあ……どうせならもっと貴族の家とかに生まれたかったなあ……
そんな事を思いながら這いずり回っていたら、すぐに飽きたし疲れた。見る物といえばメアリの服とか食器とか鍋とか便器とか、生活に必要そうな物しかない。そしてまだあんまり筋肉が育っていないから、すぐに疲れて嫌になった。床もあんまり綺麗じゃないから、這い回っていても楽しくない。
もういいや。
そう思って俺は寝ることにした。日が暮れてからメアリが家に帰ってきて、おっぱいを飲ませてくれた。おっぱい最高!!
翌日も麦の収穫は続いているらしくて、俺は家で待っていた。今度は、まったく這い回る気が起きなかった。なぜなら、前日にハイハイをしたせいで筋肉痛になったからだ。
だから今度はずっと、寝て待っていた。そしてあらメアリがやって来て、おっぱいを飲ませてくれた。
赤ちゃんの暮らしは、案外悪くないかもしれない。ただ寝ておっぱいを飲んでウ○コをするだけでいい。他に特に何もしなくていい。楽で良いなあ……
この時は、そう思っていた。