プロローグ
キキィーッ!!ギャリギャリギャリギャリ!!
トラックは急ブレーキをかけたが、すぐには止まれなかった。俺を巻き込んで5メートルほど走行して、ようやく停止した。俺はタイヤに全身を押し潰され、引き裂かれて、そして意識を失った。
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次に目覚めた時、俺は暗闇の中にいた。暗闇の中に女の子が浮かび上がっていた。整った顔立ち。長い栗色の髪。長い白のワンピースと金色の装飾品。まるで、女神のような見た目の女の子だった。女の子は、タブレット端末みたいなものを眺めながら綺麗な声で読み上げた。
「佐藤彰。享年32歳。無職、引きこもり。死因:トラックとの接触による交通事故。轢死」
(そうか。俺、死んだのか……)
こんな目に遭うなら頑張って外に出るんじゃなかった。外に出たら馬鹿にされるんじゃないかとか笑われるんじゃないかとかは思っていたけれど、まさか緊張して車の動きにまで注意が向かなくなった結果トラックに轢かれて死ぬだなんて、思ってもみなかった。
(それはそうと、ここは一体どこなんだろう。死後の世界?天国?はたまた地獄?)
俺の疑問に構うことなく、目の前の女の子は説明を始めた。
「32歳のニートだと微妙なところだけど、トラックに轢かれて突然死したわけだからまあいいでしょう。あなたを転生させてあげます」
今、なんて言った? 転生? 転生っていうと、最近のラノベとかに出てくる、死んじゃった人が異世界に生まれ変わるアレだよね。異世界に生まれ変わって、人生をやり直せるのかあ。
(……でも、生まれ変わったところで、ろくな人生にならないんだろうなあ……)
どう考えても、ろくな人生じゃなかった。貧乏じゃない家庭に生まれたのはよかったものの、運動音痴で小さい頃からバカにされて、人付き合いが嫌いになった。
勉強だけはそこそこ得意だったからかんばり続けていたけれど、それも受験で難しめの高校にギリギリ合格して入学するまでの間だった。周りの生徒達は勉強が得意だった上に他の取り得を何かしら持っていた。もしくは勉強がずば抜けて得意だった。対して俺は、学力が中の下で、それ以外のあらゆる事が苦手だった。俺はなんの取り得もないダメ人間だった。だからバカにされた。誰からも見向きもされなかった。
そして俺は引きこもった。いつまでも引きこもり続けた。辛うじてバイトを始めた事も三回あったけれど、毎回こっぴどく叱られてクビになった。そして晴れて32歳になった。引きこもりが悪化して、全く外に出られなくなっていた。でも、このままだとまずい事はわかっていた。だから勇気を振り絞って外に出た。そうしたらトラックに轢かれて死んだ。
周囲にバカにされて、迷惑をかけ続けるだけの、最悪の人生だった。だからもし来世なんてものがあるとしても、きっと似たような結果になるんだろう。
「アキラさん、折角転生できるって言ってるのに、なんでそんなに暗い顔してるの? 転生したらやりたい事とか、なってみたいものとかないの? 勇者になって世界を救いたいとか、美少女奴隷ハーレムを作りたいとか、人類を皆殺しにして世界を滅ぼしたいとか……」
「どれもやだよ。面倒臭そう」
美少女奴隷ハーレムとかは一見楽しそうだけど、どう考えても面倒臭い。たくさんの奴隷の女の子達の面倒を見なければならないんだもの。奴隷の立場からしても、美少女に生まれてきたくせに、俺みたいなゴミ人間に人生を狂わされたらきっと最悪だろう。
「異世界に転生しても、なるべく何もしたくない。俺が何かしたところで、どうせ人に迷惑がかかるだけだろうから」
「わ、わかったわ。そんなに何もしたくないっていうなら、あなたの希望に沿ってあげる。もちろん、転生女神としての権限の範囲内でね」
女神(?)はちょっとイライラした様子で俺のリクエストに応えた。そしてどこからともなく杖を取り出して、呪文のようなものを唱えた。
「我、二級女神ドロテア。地球人佐藤彰を、次なる世界エメリアへと転生せしめん」
ゴテゴテした杖から光が放たれ、俺を取り囲んだ。
「それでは、良い来世を」
最後に女神ドロテア(?)はそう言って微笑んだ。ちょっと意地の悪い感じの微笑み方をした気がした。そして俺を包む光が強くなって、視界が真っ白になった。俺は気を失った。