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童話集

フワフワの国

 春のあたたかな空の下、りっぱなお父さんツバメと優しいお母さんツバメのもとでひとつのたまごがかえりました。がんじょうなカラを力いっぱいけやぶって、あたらしい世界の仲間入りです。


「ああ、やったぞ。やっとたまごがかえった!」

「やっとわたしたちの子供に会えたわね」


 お父さんツバメとお母さんツバメはつばさをバサバサと動かして大よろこびしました。

 そうして生まれたヒナはイチと名づけられました。お父さんツバメとお母さんツバメにとって、いちばん大切な子だからです。


 イチはおなじ季節に生まれたツバメたちのなかでもとくに体が小さく、つばさもあまり丈夫なほうではありません。それでも、親ツバメたちにとっては大切な子なのです。

 イチは親ツバメたちにかわいがられ、ゆっくりと成長していきました。


 ただ、仲間たちが上手に羽ばたきをはじめ、すこうしずつ空を飛ぶ練習をはじめても、イチはみんなのように軽やかに飛ぶことができませんでした。体の小さなイチはつばさも小さく、みんなのように風に乗れないのです。

 上手に青い空を飛びまわり、旅立ちの日が近い仲間たちを下から見上げてイチはつぶやきました。


「いいなあ、みんな。どうしたらあんなふうに飛べるんだろう?」


 青空を飛ぶみんなのすがたが、下にいるイチにはまぶしく感じられました。空には、もくもくと白く大きくやわらかそうな大陸が浮かんでいます。すぐに形を変える不思議な場所です。


「みんなはすぐにあの『フワフワの国』まで飛んでいけるようになるんだろうなぁ。きっと、あそこでおひるねをしたらすごく気もちがいいんだろうなぁ。あそこから見る世界は、すごくきれいなながめなんだろうなぁ。いいなぁ、ぼくもいきたいなぁ」


 あこがれをこめて空を見上げます。

 イチは自分のつばさをひろげてみました。そして、みんなよりも小さな自分のつばさに、イチはがっかりしました。


「でも、ぼくのつばさじゃああんなに高くとおくへはいけない。ぼくはきっと、『フワフワの国』へいけるようにはならないんだ」


 そうしてぽろぽろと泣いていたイチに、お父さんツバメとお母さんツバメが言いました。


「イチ、あきらめなければ『フワフワの国』へいけるようになるんだよ」

「小さなつばさでも、みんなよりもたくさん羽ばたけば、高くとおくへいけるのよ」


 イチはお父さんツバメとお母さんツバメのほうを向いてなみだをふきました。


「ほんとう? がんばれば、ぼくも『フワフワの国』へいけるようになる?」

「ああ、なるよ。いっしょにとっくんしよう」


 その日から、イチは毎日羽ばたく練習をたくさんたくさんするようになりました。

 それはいつかあの『フワフワの国』へいくためです。


 『フワフワの国』にはすばらしいものがたくさんあるのでしょう。イチはそれを誰かにたずねることはしませんでした。自分の目で見てそれを知りたいと思ったからです。たのしみにたのしみに取っておいたのです。

 夢を描いて、『フワフワの国』へたどりつくためにくるしい練習にもたえぬきました。


 そうして、イチはついに高くとおく飛ぶことができるようになったのです。今の自分なら『フワフワの国』へたどりつくことができるという自信がつきました。

 親ツバメたちにあいさつをして、さあしゅっぱつです。


 イチはついに真っ白な『フワフワの国』へ飛び立ちました。期待でいっぱい、胸をおどらせ、つかれなんて感じませんでした。


 けれど――。

 『フワフワの国』はそこにはなかったのです。


 ふれることもできない白いだけのフワフワ。イチはそのフワフワをすり抜けることしかできませんでした。とおくで見ていた時はあんなにもはっきりと見えたフワフワが、ふれてみればまるでけむりのようでした。

 あまりのショックに、イチは風に運ばれるようにして大地にもどりました。そうして、イチはかなしくて泣きながらお父さんツバメに言いました。


「『フワフワの国』なんてどこにもなかった! お父さんは知っていたの? ぼくはなんのためにがんばったの? かないっこない夢なんて見てたぼくがバカだったの?」


 すると、お父さんツバメは首をふりました。


「『フワフワの国』はたしかにあそこにはなかったのかも知れない。でも、そこへいきたいとねがったイチの夢は、イチの心とつばさを強くした。ほら、イチはもうどこへだって旅立てるりっぱな大人ツバメだ」


 お父さんツバメとお母さんツバメの前に立つイチは、もうひ弱なヒナツバメではありません。りっぱなつばさをした一人前のツバメなのです。

 お父さんツバメは更に言いました。


「これからは、まだイチが知らない世界がイチを待ってる。もしかすると、『フワフワの国』はまだ見ぬどこかにあるのかも知れないよ」

「ほんとうだ、ぼくはまだ世界を知らない。いつかはぼくが想像していた『フワフワの国』みたいな場所へいけるかも知れない。うん、ぼく、旅に出るよ」


 お父さんツバメとお母さんツバメはイチの旅立ちをさみしそうに、うれしそうに見送りました。

 思い描いた夢のとおりの『フワフワの国』へいけるという自信がイチにはもうありません。けれど、そこをめざす途中に別のすばらしい場所やすばらしい出会いがあるかも知れないのです。

 だから、イチはたとえ『フワフワの国』がたどりつけない夢だとしても、夢見ることはやめないと決めたのです。

 そこをめざしたがんばりは夢のように消えたりはしないのです。

 イチは丈夫なつばさで羽ばたき、空高く舞い上がりました。


        ☆おわり☆


挿絵(By みてみん)

こちらのイラストはmassa様に描いて頂きました。※無断転載、コピー等厳禁です。

思わず指先を埋めたくなるような毛並みが鉛筆で表現されています(*´▽`*)

綺麗で、一生懸命羽ばたいている姿が可愛くて癒されます。

素敵な一枚をありがとうございました!!


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― 新着の感想 ―
[良い点]  イチくん、頑張れ~。素敵な童話を、ありがとうございます。 [一言] 「お父さんツバメとお母さんツバメはイチの旅立ちをさみしそうに、うれしそうに見送りました」←この一文を拝読し、ちょっと切…
[一言] 今まで読ませて頂いたりくさんの童話の中で、 一番童話として子供に読ませたいお話だな、と思いました。 絵本になっていてもおかしくない、 というか、こういうお話の絵本がそこにあったとしたら 違…
[良い点]  たぶん頑張らないと、イチは飛べるようにはならなかった。お父さんツバメとお母さんツバメの言葉は、そんなイチへの優しい嘘だったのでは。そう思いました。  お父さんツバメとお母さんツバメは、イ…
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