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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第二章 放浪(4)


 潜めるかもしれないと思って訪れた図書館奥の防衛拠点はすでに学粋派が占拠していることが遠目から分かり、おそらくその他の隠れられそうな場所も手が入っているだろうと判断した五人は、裏門の警備を内から破って外に出た。

 外に詰め掛けていた一般学生は、内側から門が破られた拍子に学内になだれ込んでいったが、五人はそんなことも気にせず大学から離れる道をひたすらに走った。


 小さな商店街を抜け、ようやく一息つけそうな公園を見つけて駆け込み、ベンチに腰を下ろして息を整える。


「面倒なことになっちゃったわね」


 会話の無かった面々の中から最初に出てきた言葉はアユムのものだった。


「たぶん、当面あの争いは続くだろうね。嘘かまことかは分からないが、教授陣の多くも学粋派に心頭しているとなればなおさらだ」


 エッツォは言いながら首を振る。


「あの分だと、監視カメラの映像を解析して僕らが学生じゃないことももう掴んでいるだろう」


 アルフレッドもため息をつく。


 こんなに早く、大切な潜伏地を失うなんて。


「この公園で浮浪者生活かしら」


 アユムは笑いながら言うが、セシリアは青い顔をしている。


「……ミネルヴァの偉い人も関係者がいるって……言ってました。もし情報が回ったら、私たちが脱走兵だってすぐに……」


「かもね」


 相変わらず深刻そうな顔つきには見えないエッツォが張り付いたような薄笑いのままそれを肯定する。


「……ロッティ、どう思う?」


 周囲を注意深く見回していたシャーロットは、アユムの呼びかけに応えて、顔を彼女に向けた。


「セシリアの指摘したリスクを肯定。選択肢は、出頭、潜伏、亡命。我々の生命に危険が及ぶ確率は、それぞれ、七十五パーセント、九十パーセント、十五パーセント」


「きゅうじゅっ、えっ、死ぬ? 僕らが?」


 アルフレッドは思わずおかしな声で聞き返してしまった。


「肯定。学粋派は兵器・兵装を忌避する。我々がウィザードであることが知られた場合、処分を検討する」


「はっ、彼らにとっちゃ、私たちも人殺しの道具ってことね。道理だわ」


 両手を上げて自嘲的に笑うアユム。


「しかし、亡命……どこへ?」


 そこまでのことになると思っていなかったアルフレッドは誰にとも無く問いを発する。それに応えたのはエッツォだ。


「決まってるさ。新マリアナ連盟か、正統マリアナ政府か? ……交通手段が残っているのは正統政府しかない」


「う、受け入れてくれるでしょうか」


「分からないね。だけど僕らがミネルヴァの重要な秘密を知っていることは事実だ、せいぜい高く売りつけてやろうじゃないか」


 なるほど、とアルフレッドは思う。


 確かに、エクスニューロとウィザードはミネルヴァの重大な秘密だ。これを持ち込むだけでも、相当な厚待遇が期待できるかもしれない。

 しかも、ミネルヴァに学粋派の内乱が起こるかもしれないという情報は、国境を接する正統政府にはやはり重要な情報となるだろう。


 ふと思い出して、肩にかけていたバッグを開き、しわくちゃになった紙幣を取り出す。

 ミネルヴァの発行したものだが、一応正統政府領内でもある程度の信頼で受け入れられていると聞く。全く交易が無いわけではないから。

 これがあれば、ともかく鉄道を使って第二市まで行くことはできるだろう。


「アルフレッドも同じことを考えてたか、ま、僕らも多少は報酬をもらっていたからね、逃げ出すくらいの蓄えはある」


 同じように、エッツォは綺麗にそろえられたミネルヴァ紙幣の束、誰も見たことのない正統政府紙幣の束、それから『通信帯域チップ』をウェストポーチから取り出していた。


 通信帯域チップは、惑星を覆っているネットワークを利用するためのもの。汎用のモバイル通信機に取り付けることで一定のデータ量の通信を利用できる。

 半ば共通通貨としてさえ流通することもある通信帯域チップは、正統政府、新連盟、ミネルヴァ、いずれの紙幣ともある程度のレートで交換可能だが、それでも流通量は少ない。市民の共通権利として通信帯域は一定ごとに補充されるものだが、少なくともミネルヴァ域内ではその全てをミネルヴァ政府が管理している。おそらく、他の地域も同様だろう。


「えっ、どうして?」


 当然の疑問だ。ミネルヴァ紙幣はともかく、正統政府紙幣と通信帯域チップは普通の手段ではなかなか手にはいるものではない。


「アユム、しっかりものの君がどうしたんだい。少なくとも僕は軍属口座やミネルヴァ紙幣なんて信用ならないものに自分の財産を預けておくほど楽天家じゃなくてね。ちょっとしたズルをして、正統政府紙幣と通信チップに幾分か替えておいたんだ」


 エッツォは結局、その手段を『ちょっとしたズル』と説明して笑ってみせた。


「でも、いいの? それを使っても」


「構わないさ、仲間だろう」


「僕は仲間だからといって私財を分け与えるような人は信用しないがな」


 アルフレッドは思わず口にした。


 彼の用意周到さがあまりに怪しいから、という表の理由と、自分の役割の半分以上を見事にかすめとって行った彼への嫉妬という裏の理由で。


「用心深いことはいいことだ。だが僕は、この金で僕のボディガードを雇う気持ちなんだ。シャーロットという無敵のボディガードをね」


「ロッティを?」


「見ただろう君も。彼女は僕らウィザード三人と同じくらいのことを一人でやれる。実際にはもっと差がある。彼女の直感がよく当たることと関係があるだろうね。エクスニューロと相性がいいんだ。危険が迫る前にそれを察知して知らせてくれるし、戦闘になっても彼女にかなうものはいないよ」


「僕は反対だ。彼女はエクスニューロを嫌っている」


「いいえ。私は自分を守るためにエクスニューロを必要とする」


 割り込んできたシャーロットに、アルフレッドは情けない思いが湧く。

 単に、シャーロットがエクスニューロを嫌っていて欲しいと思っているだけだと気付いたからだ。


 儚げに微笑むシャーロットだからこそそばにいたい、と思った、自分の勝手な思い込み。

 優しげな彼女には戦いの道具を嫌っていて欲しい。


 そんなもの投げ捨ててしまえ。

 僕が守るから。


 そう言ってのけたかった。


 だが、彼女は、自分を守る必要から、それを欲している。

 果たして本当の彼女はどちらなのだろう。


「ま、その気持ちは分かるわ、アル。あまりに反応が違うものね。無理に感情を抑えこんでいるように見えて。でも、どちらもロッティよ」


 彼の心を見透かしたようにアユムが指摘した。


「危険な状況が続く間は、ロッティは借りるわよ」


「僕の許可が必要なことじゃない」


 アルフレッドはうつむいて憮然の顔のままうなずくしかなかった。


「それから、エッツォ、ありがとう、そのお金、ありがたく使わせていただくわね。逃げるのが一番だとロッティが言うのなら、逃げるしかないもの」


 彼女が笑いかけると、エッツォも微笑んでうなずいた。


「では、追っ手のかからないうちに」


 リーダーであるアユムの命令一下、五人の逃亡兵たちは、西へ向かうために第三市中央ステーションへと向かった。


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