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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第五章 最後の任務(5)

 シャーロットの悲鳴を聞いたのは、アルフレッドもアユムも完全に同時だった。


 彼女に何かが起こった!

 この思考に、二人の心は乱れた。


 敵の銃口が巡回する機械室の中で、アユムは動きたくても動けない。


 でも、動かなければ、ロッティが。

 葛藤は震えとなって突撃銃の先にまで伝わった。


 セシリアに視線を送る。

 ついで、隣のエッツォに。

 三人で一斉に飛び出せば、一人くらいはシャーロットのもとにたどり着けるかもしれない。


 それに賭けるしかない、とアユムは考える。


 同じとき、アルフレッドは、目前のフェリペの存在を忘れる。


 何とかしなければ。

 一対一の戦いを忘れ、思考は現実から乖離する。

 その瞬間を狙われた。


 フェリペが大きく踏み込み、強烈な左フックをアルフレッドに向けて振り下ろした。


 ふいをうたれたアルフレッドの頭部は、防爆ガラスにしこたまたたきつけられる。ガラス表面に額と鼻の頭の皮脂が残っている風景が、ずるりと上に流れる。


 その瞬間、ガラス越しに彼は見た。

 そこにランプを明滅させる、黒い箱を。


 ――エクスニューロ。


 防爆ガラスの向こうのそれは。

 ……敵の、彼女らの、戦う力そのもの。


 なぜ、今まで思い出せなかった。

 休もうとする意識を引き戻し、ガラスの縁に両手をかけて、肺一杯に息を吸い込む。

 そして吐き出すのと一緒に。


「アユム! エクスニューロを破壊しろ!」


***


『アユム! エクスニューロを破壊しろ!』


 さすが、アル。

 すっかり忘れてた。


 そうね。

 あれさえ破壊してしまえば、あいつらはただの人。


 問題は、あそこまで、あれが見える位置まで、走らせてもらえるかどうか。


 ――たぶん、無理ね。


 でも、やるしかない。

 ロッティの悲鳴。


 あの子はもう――そんな気持ちを抑えこむ。


 まだ、間に合うはず。


 ロッティとアル。

 なんて素敵な二人。

 この二人だけは、絶対に、助ける。


 さあ、息を吸い込んで。


「私が行く! セシリア、エッツォ、援護して!」


 二人の返答も聞かずに駆け出す。


 敵からの攻撃にも対応するため左を前に半身で走る。

 遮蔽物の無い通路に出たとたん、いくつもの銃口がこちらを向くのに気がつく。


 銃口から伸びる射線が見える。

 右腕に一つ、右腿に一つ、もう一つは何もしなくても当たらない。


 左に体を逸らしながら、さらに突進する。


 急な踏み出しに足の筋肉が悲鳴を上げてる。

 ガラスの部屋のエクスニューロ本体は、ラックに隠れてまだ見えない。


 射撃可能になるまで、あと、八歩。


 七歩。


 右肩に痛み。

 あら、銃弾だわ。

 困ったわね。


 これがエクスニューロの限界ね。

 いくら射線が読めても。

 避ける体が追いつかなきゃ意味が無いものね。


 ああ、足がだるいわ。

 そう言えば、感覚遮断の思考オーダーなんてあったわね。使う日が来るなんて思わなかったけれど。


 エクスニューロ、オーダー。右肩の痛覚遮断。


 ……ふふ、便利な機械ね。


 あと六歩。


 射線が四つ見える。

 四つとも、私の胴体を貫いてる。


 ……なんだか、避けるのも面倒になっちゃったわね。


 前へ。


 残り五歩。

 一つの射線が消えた。


 ああ、セシリアがけん制してるのね。

 ありがとう、セシリア。

 足の筋肉にも、もうひとがんばりしてもらわなくちゃ。


 あと四歩。

 痛っ。

 今度は右わき腹。


 エクスニューロ、オーダー。右わき腹の痛覚遮断。


 もう目の前。銃を構えて。


 最後の三歩。


 左肩甲骨。

 エクスニューロ、オーダー。左半身の痛覚遮断。


 二歩。


 っ。

 お見事。その辺にはきっと大動脈があるわ。


 エクスニューロ、オーダー。全身の痛覚遮断。


 一歩。


 残り一歩。


 意識だけ保てればなんとかなる。


 私の脇を潜り抜けて行った弾丸が、派手にガラスを破る。


 お手伝いありがとう、名もなきウィザードさん。


 ゼロ。


 棚の陰から現れた五つのターゲットを確認。


 残弾六。


 一つ、二つ、三つ。


 なぜかしら、視界が狭い。


 エクスニューロ、オーダー。視界を拡げて。


 四つ。


 エクスニューロ! オーダーよ! 視界を拡げなさい!


 五つ。


 外した。


 もう一度。


 ……五つ。


 当たり。

 たぶん。

 ターゲットをロスト。


 ……なぜ目の前に床があるのかしら。


 そうね。

 私は、眠るの。

 立ったまま眠るなんて行儀が悪いものね。


 硬い床だこと。

 ゆっくり眠れるかしら。

 それじゃ、お先するわね。


 ありがとう、アル。

 元気でね、セシリア。

 さようなら、エッツォ。


 ――がんばってね、ロッティ。


***


 振り向かない。

 何があったかなんて分かってる。

 でも私は振り向かない。


 私は、アルフレッドさんと約束した。

 私のこの狙撃銃が守れる人がいる限り、止まらないって。


 テーブルの陰から飛び出すと、空中をさまよう敵の射線がたくさん見える。


 でも、ふわふわと頼りなく漂っているだけ。


 そうよ。

 アユムさんが、もうやっつけちゃったんだもの。

 私は、シャーロットさんを助けに行くだけ。


「エッツォさん!」


 呼びかけると、エッツォさんも、飛び出す。


 すごく険しい顔をしている。こんなエッツォさん、初めて見る。

 ……私も同じ顔、してるのかな。


 鼻の奥が熱い。

 額の辺りが痛い。

 のどが苦しい。


 ――でも、進まなきゃ。


 放心してへたり込んでる五人のウィザード。

 もう、この人たちには興味は無い。


 さあ、もう一歩。


 ……部屋の中には、こちらに銃口を向けてるエレナさんと、伏せて震えてるシャーロットさん。


***


「シャーロット、しっかりしろ!」


 エッツォの怒号で、シャーロットは再び我に返る。


 自らの口から出た悲鳴に再び度を失い、心を恐怖が支配していた。

 危なかった、と息をつき、急いで対エレナのけん制に戻る。


 今度は立ち上がっても大丈夫のようだった。

 それは、セシリアとエッツォが同じようにエレナを圧しているからだった。


 ――アユムは?


 その疑問はすぐに湧いてきた。

 だが、彼女の全知の力は、なぜかその疑問に答えなかった。


「なぜエレナは動いている」


 エッツォが吐くように言う。


「アユムさんが壊したエクスニューロは五つでした」


 セシリアが短く答える。


 エレナのエクスニューロだけは、どこか特別な場所に置いてあるのだ。

 だから、エレナは魔人の力を失わず、彼らに対峙している。


 三対一の状況。


 少なくとも膠着ではあるし、どちらかと言えば圧せる側かもしれない。

 それでも、エレナの圧力はすさまじく、わずかでも気を抜けば、セシリアやエッツォは瞬く間に倒されてしまうだろう。


 シャーロットは再び、今度は相手をしっかりと視界に捕らえて、精神の戦いに没頭した。


 確かに、今度はシャーロットたちが圧していた。

 廊下に近づこうとするエレナの意に反して、それを防ごうとする三人の圧力は、ほんの数センチメートルずつではあるが、彼女を扉から遠ざかるほうに動かしていた。


「シャーロットさん――」


「任せて。攻めるタイミングは、あたしが射線で合図する」


 何かを言いかけたセシリアに、シャーロットは強く言い放った。


 セシリアはうなずき、狙撃銃を構える腕に力を込めなおす。


 エレナは時折射線をセシリアやエッツォの急所に当てる。

 だがそのたびに、シャーロットがその隙を突くぞ、という意志を発揮する。

 驚いて戻る射線。すると次に、セシリアがトリガーの指に力をかける。


 未来視に突き動かされるように、ほんのわずか、エレナは体を逸らす。その方向が、扉と逆方向になるのは、エッツォが油断無く扉側にサブマシンガンで弾幕を張るという脅しをかけ続けているからだ。


 エレナにとって、セシリアかエッツォを即座に撃ち倒すのは、容易い。

 だが、銃の反動だけは、魔人の力を持ってしてもどうにもならない。

 反動で動作が硬直した瞬間を、シャーロットにやられるだろう。


 さっき、何を思ったかシャーロットが突然撃ってきてその隙を突けたように。

 お互いを照準の先に捉えているのに、引き金を引けないジレンマ。


 シャーロットにしても、精神力でエレナを圧し続けるのが精一杯だった。


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