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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第五章 最後の任務(3)

 開け放たれた部屋は、以前と同じだった。


 手前には操作盤を置くためのテーブルと、配線や機械装置を収納するための機械棚が図書館の本棚のように整然と並んでいる。

 一番奥、薄いガラスパーテションの向こうに、数々の計算機らしきもの。前より多少増えているのは、ミネルヴァが持ち込んだためか。


 その通路に、エレナが立ちはだかっている。


 すぐにシャーロットがけん制を始める。


 前の戦い、その後の経験で、彼女はいくつか学習をしていた。

 未来予知の見え方。それが変化する瞬間の違和感。

 相手が回避する動きさえ見通す未来予知の力は、しかし、魔人には通用しない。予知を予知しそれさえ避けようとする動作が加わるからだ。そのとき、予知画像はぐにゃりと歪み、ぶれる。少なくとも、彼女はそう感じる。


 エレナは一歩も動いていないのに、その姿は左右にぶれている。おそらくエレナの視界にも、シャーロットがぶれて見えていることだろう。


 一発も弾を撃たない戦いが、始まっている。

 足元を確保しながら、シャーロットは一歩一歩前に進む。

 お互いに相手を射線に捉えているのに一発も放たない二人の動きは、普通のウィザードには不思議に見えただろう。ウィザードならざるアルフレッドにはなおさらだ。


 業を煮やしたか、セシリアが射線上のエレナに向けて、高精度の狙撃弾を放った。

 が、放ったときには、もうエレナの姿は無かった。

 代わりに、自らの眉間にエレナの拳銃の射線がぴたりと止まっていることに気付く。


「動かないで!」


 シャーロットの叫びに、あわてて避けようとしたセシリアは硬直する。


 直後、弾丸が耳元を飛び退っていく。

 それはまさに、セシリアが避けるために伏せようとしていた方向だった。


「私たち、お荷物かしら」


「いや、違う。僕らのターゲッティングが無ければ、エレナはとっくにシャーロットを倒している」


 エッツォの言う通り、ウィザードが三人がかりでけん制しているからこそ、シャーロットはゆっくりとではあるが歩を進めることができているのだ。


「フェリペはまだ中だ。エレナをけん制しながら彼を視界に収めれば勝ちだ」


 アルフレッドが、扉の影から小声で告げる。


 そう、一歩一歩。

 三人のウィザードでエレナを硬直させ、魔人シャーロットがその扉をくぐれば。

 凡人のフェリペなど一撃だ。


 あと二歩。


 あと一歩。


 そのとき、シャーロットの顔色が変わった。


「まだ……いる!」


 彼女の視界には、踏み出そうとする自分を封印するように『予知線』が見えていた。

 入り口の左右から。


「待ち伏せか」


「うん、ウィザード。……五人」


「罠など無いと言っておきながら食えない奴だ」


「だが、普通のウィザード相手にはこれが有効だってことはもう分かってるのさ」


 突然、後ろからエッツォが言うと、腰から何かを取り外し、中枢機械室に投げ込んだ。


「エッツォ、何を……!」


 言いかけたとたん、部屋の入り口で、それは左右に隠れているウィザードの一人に打ち抜かれた。

 が、それは派手に爆発し炎と破片を撒き散らす代わりに、暗く赤い炎と灰色の煙幕を盛大に吹き出した。


「突入!」


 察したアユムが号令する。

 シャーロットの視界にも、すでに未来射線が見えない。


 視界を失ったウィザードは、視界を失った凡人とさほど替わらないのだ。

 それが、魔人とウィザードの違いだ。


 ――すなわち、魔人エレナにも、それは通じない。


 だが、魔人シャーロットは、エレナの動きを煙幕の向こうに見透かし、銃の射線でけん制した。


 セシリアも分かっている。シャーロットの銃の射線が刺す先こそが、エレナの急所だと。だから、エレナの動きをけん制するように狙撃銃の射線をその周囲にぐるぐると動かして見せた。それは効果的にエレナの動きを封じているようだ。エレナと敵ウィザードの間にはそのコンビネーションが無い。煙幕は一瞬で圧倒的な有利を作った。


 アユムとエッツォがシャーロットに続き飛び込む。左右からの銃撃は無い。

 狙うは、煙幕の向こう、エレナだ。

 エレナを物理的に封じてしまえば、あとは何とでもなる。


 駆ける三人の正面、しかし、突然、シャーロットの銃口は上を向き、そして、後ろに向いた。

 追い詰められると不利と感じたか、エレナが棚を蹴ってその上に駆け上がり、上を飛び越えて行ったのだ


 だがその隙を逃さず、シャーロットは、扉の左右に隠れていた五人のウィザードを狙って弾丸を放つ。


 しかし惜しいことに、煙幕は晴れ始めており、五人はシャーロットの発砲に気付いてぎりぎりで弾丸を避けた。それでもそれは十分なけん制になった。セシリアが飛び込んできて、三人を援護できる位置に転がるのに十分な隙を作ったのだから。


 部屋の中央の機械ラックの陰にアユム、エッツォ。入って左側の机の影にセシリア。

 敵五人は、入り口すぐの機械ラックの陰に左三人、右五人。

 誰の弾丸もその体を捉えられない魔人二人は、何も遮るものの無い通路上に、対峙していた。入り口近くにエレナ、アユムの近くに、シャーロット。


***


 再び、動けない状況に陥った。

 今度は、シャーロットさえ一歩も動けない。


 なぜなら、エレナをけん制すべき三人の僚友が、敵のウィザード五人にけん制されてしまっているからだ。

 彼らの頭上を夜警のように射線が飛び交い、彼らが顔を出すのを妨げている。


「エッツォ、煙幕弾は?」


「すまない、あれだけだ。一発で決まると思ったんだがね」


 小声で会話するアユムとエッツォ。

 それに引き換え、敵方は、一言の会話も無い。


「……さっきフェリペの言っていた、魔人作りのための接続強化ウィザードの余りかもしれないね」


「ロッティの弾丸を避けたのよ、間違いないわ」


 だから、彼女らは無表情、会話を楽しむ余裕さえ持たないのだろう。


 さっきちらりと見えたのは、セシリアと同年代にも見える少女が五人。


 むごいことを、とアユムも思う。

 代わってあげられれば、などとも思う。


 ――フェリペはどこだ。


 これだけの魔人とウィザードの警戒の中、彼はどこに姿を隠しているのだろう。

 以前見た彼は、百九十センチメートルはある巨漢だった。簡単に身を隠せるとは思えない。

 まだ部屋の中で身を潜めている奴さえ捉えられれば、厄介な相手を向こうに回して戦う必要などない。エレナとフェリペを捉えるために危険を冒して部屋の中に飛び込んだというのに、エレナは逃し、フェリペは見えないのだ。


 ――だが。


 セシリアが、右側に、ガチャリという気配を感じる。

 視界の端、テーブルの陰に一瞬動くものが見える。小さな板のようなものが揺れている。

 敵ウィザードやエレナの視界に入らないよう慎重に後ずさってその陰を確かめると、それは、壁面内の隠蔽配線メンテナンス用の縦横四十センチメートルほどの小さな扉だった。


「メンテ扉からフェリペさんが逃げます!」


 とっさにセシリアは叫んだ。


 叫んだとて、シャーロットにも、もちろんアユムにもエッツォにも何も出来ない。

 しかし、一人だけ反応できたものがいた。

 中枢機械室に飛び込まなかったアルフレッドだった。


 エレナの視界に入らないよう扉の横でじっと息を潜めていた彼は、セシリアの叫びに応え、出口に向かって疾走した。

 半開きの扉を蹴破り廊下に出ると、そこに半身を壁から突き出したフェリペがいた。


 壁内配線はこの逃亡劇のために取り除かれ、廊下側にも空いているメンテ扉から逃げようとしているところだった。彼は、シャーロットの一党がこうして急襲してくることを予想していて、ここで迎え撃つための準備をしていたのだろう。

 全員を中枢機械室に釘付けにして自分は悠々と逃げる。閉じ込めたものたちはいずれエレナが残らず処分する。それが彼の考えだ。


 だが、考え違いが二つあった。


 一つは、エッツォの煙幕弾でシャーロットたちが乱入したことだ。エレナが銃を構える後ろで悠々と逃げようという計画はこれで狂った。

 加えて、一人の補給兵がエレナの釘付けの檻の外にいたことだった。


 駆けて来るアルフレッドを見て、フェリペは焦ってメンテ扉から抜け出した。


 このまま走ってもすぐに追いつかれて後ろから組み付かれる。

 ――であれば。


 彼は懐から拳銃を取り出しアルフレッドに向けた。

 アルフレッドはとっさに脇に飛ぶ。ウィザードが皆そうしているように。


 前から銃声、後ろで弾丸がはじけた音がする。


 アルフレッドも護身用に持っていた拳銃を抜き、続けざまに放ったが、どれもフェリペの背後の壁に火花を散らすだけだ。

 すぐに、カチリ、という撃鉄が空を叩く音がする。

 フェリペもその間に数発を放っていたが、照準の甘い拳銃では十メートルの距離のアルフレッドに命中させられるはずも無かった。


 アルフレッドは突進する。

 この際、一発くらいは食らうつもりで。


「エレナッ!」


 フェリペが叫ぶ。


 とたんに、室内のエレナが後ろに跳んだ。


 その瞬間、わずかな隙を見つけて、シャーロット、アユム、セシリア、エッツォはエレナに向けて銃弾を放つ。その全ては空を切り、代わりに、五人のウィザードからの反撃が頭上を掠める。


「ロッティ、行きなさい!」


 アユムの叫びに、シャーロットは飛び出す。


 いくつも体を刺す未来射線を悠々とかわし、エレナの飛び込んだ副機械室へ。


 エレナは、フェリペの窮地を救おうと廊下に向けて走っている。

 シャーロットは、出口に射線を見せる。

 エレナの未来視は彼女の体を押しとどめた。


 だが身を翻すや、拳銃の銃口をシャーロットに向ける。


 ――避けられない。


 そんな直感がよぎり、シャーロットは無様に床に転がってテーブルの陰に身を隠す。


 アユムたちの支援を失った今、彼女は劣勢にあった。

 エレナが廊下に飛び出す隙を作らないことくらいはできるが、いずれゆっくりと追い詰められていくことが目に見えている。


 背後には敵のウィザードが五人。

 もしアユムたちのけん制を振り切って背後に彼女らが現れたら、あっという間に勝負がついてしまうだろう。


 シャーロットは、頭上に無限に広がって見えるエレナの未来射線を見て、身をすくめた。



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