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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第五章 最後の任務(2)


 半日ほどかけて準備を整え、五人は戦闘艇を駆っていた。


 救出したウィザードたちには幾日か分の食料を残してきたが、もし戻らなければ政府軍を頼るよう伝えてある。フェリペが仕掛け人だとすれば、ミネルヴァに戻るのは危険だろう。

 しばらくの自衛のため、弾薬の多くも残してきた。


 エレナを相手にするとなれば、いずれにせよ弾数はさほど必要ないだろう。多くを消費しないうちに、いずれが勝者かが決まっているはずだ。


 沿岸索敵にかからないよう、大陸南岸から百キロメートル以上空けて東に疾走する。


 見渡す限り、海原。

 黄色の太陽光は、浅い海を青緑に染めている。

 いつの間にか、海を我が家のように感じていることに、アルフレッドは驚く。


 灰色の第三市で決められた路を行き来するだけの人生だった数か月前、これほど美しい世界があるなど想像もしなかった。


 この美しい世界を永遠に旅していたい。

 命を惜しむ気持ちは、世界の美しさへの愛だ。

 それに気付いてよかった、と思う。


 生き延びよう。

 彼女のために。


 やがて、暗闇が降りてくる。

 夜半を過ぎ、第五市の沖に到達する。

 ナビに従い、船の針路を左にとる。


 一時間も走った頃、第五市半島の背骨を形作る尖った山並みが星明りに透かして見えてきた。


***


 エッツォは、フェリペのいる正しい位置を伝えられていた。

 フェリペの属する秘密組織の会議場は、まさに戦術計算機センターに置かれていた。

 エレナもそこにいて、彼女自身のエクスニューロとフェリペを守っているのだろう。


 戦闘艇は、いつかシュウ・ジャネスが散った海岸に向かって突き進み、そして砂浜に無造作に乗り上げた。フェリペさえ除けば脱出のことは何とでもなる。


 ミネルヴァに占領されて間もない第五市は、防備らしい防備もなく、彼らの戦闘艇の突入にもなんの反応も見せなかった。警察官が大勢で駆けつけたのは、彼らが船を捨てて三十分以上経ってからだった。


 いつかと同じように、夜明けに近いが、辺りは真っ暗だ。

 通りに人通りはない。

 五人は走って緩やかな坂を上る。


 戦術計算機センターはすぐだった。


「――前と同じように、上の階から検索するか」


「いや、地下」


 エッツォの問いにアルフレッドは即答する。


 あのエクスニューロの積まれた機械室。

 その近くでエレナは警備しているに違いない。


 建物に近づくと、前の戦いのときについた弾痕が生々しく残っている。


「待ち伏せされるのはまずい。どうにかしてフェリペをおびき出さなきゃならない。袋小路のあの地下室は、追い詰めるにしても待ち受けるにしても理想的な場所だ」


「なるほど、道理ですね」


 アルフレッドの意見に、セシリアが相槌を打つ。


「――騒ぎをあえて起こせば、奴は僕らの襲撃だと勘付いて『僕らが狙いやすいと奴が考える場所』に向かうかもしれない。僕らがあの地下室を襲撃したことを奴は知ってる。奴は、僕らがまずあの場所を押さえようとする、と考える」


「やってみる価値はある」


 エッツォが同意する。


 わざと、エントランスの仮施工の扉を派手に破る。

 警報音と赤ランプが辺りを満たす。


「これでフェリペがあわててどこかに駆け出して――それが地下のあの部屋なら良いわね」


「そこで迎え撃てればなおいい、急ごう」


 一度は通った階段ホールを抜け、地下に向けて駆けた。


 廊下を折れ曲がった先に、その向こうに中枢機械室が見える防爆ガラスがすぐに見える。

 透明のガラスの向こうには、以前見た通りの中枢機械室の雑然とした景色。


 ――その中に、フェリペはいた。


 彼らの到来をそこで待ち受けていた。


 アルフレッドは反射的に銃を構え、放った。

 当然ながら、それは、防爆ガラスに阻まれ、火花となった。


 一方、フェリペはそれを見て笑いさえ浮かべて見せた。

 おそらく、エレナの千里眼で、彼らの襲撃をずいぶん前に察知したのだろう。彼らが最初に地下の機械室を狙うことさえも。

 相手を慌てさせるつもりが、すっかり相手のペースに巻き込まれつつある、と、アルフレッドは舌打ちする。


『焦るな、来たまえ。魔人エレナがお相手しよう』


 内と外をつなぐスピーカーから、フェリペの声が響いてくる。


「……罠か」


「かもしれないわ」


『罠などない。私は、シャーロット・リリー、君が欲しいのだ。私が勝ったら君を頂く。君らが勝てば、私を好きにするがいい』


 その声を聞き、アルフレッドはガラスの目前まで歩み寄る。

 中を見渡すと、フェリペが一人で立っている。エレナの姿は見えない。


「なぜロッティを欲しがる。エレナがいれば十分じゃないのか」


 エンダー教授さえ目的は分からないと言った、彼がシャーロットを欲しがる理由を問いただす。

 戦わずに彼をあきらめさせられないか。


『……こう言えば分かるかね。エレナは、効率的に魔人化するために、脳接続強度を通常の十六倍、回路弾性を八十倍にしてある。おそらく普通の接続強度では魔人にはなれなかっただろう。それ無しに魔人として立つシャーロット・リリーこそ、真の魔人なのだ』


 それは、おそらくエンダー教授も詳しく知らぬ間に施された処置なのだろう。二人目の魔人を作るために行われた残虐な実験の一つとして。


『そのおかげか、感情的なものに支配されずに強力な戦闘力を維持している。戦うことにかけては、シャーロットなど足元にも及ばんよ。引き換えに、おそらくあと一年と生きられまいな』


「……ひどいことを」


 アルフレッドは思わずフェリペに向かって吐き捨てるようにつぶやく。


『そうかね。私が拾わねば、エレナは身寄りのない女としてどこぞの金持ちの性奴隷としてもてあそばれ、もっと早くに命を落としていただろう。少なくとも私はその馬鹿者よりは長くエレナを生かしているつもりだよ』


「生きているだけだ。ただ死を待つために生きているだけだ!」


 かつて自分がそうだったから、アルフレッドは、それが許せなかった。


 世界を愛でる自由こそ、生だ。

 それを知らずして、生きていると、言えるものか。


 あれは――エレナは――昔の僕は――ただ、鼓動し呼吸するだけの人形だ。


『ふむ、熱いな。教授の言っていた通りだ』


「教授は僕らを――」


 裏切ったのか、と問いただそうとしたが、思いとどまった。

 彼はどちらの味方でもない、そんなことは分かっていた。ただ彼は、自ら知ることを無造作に漏らしているに過ぎない。


『くく、あいつめが君らに余計なことを漏らしてくれたおかげで、計画は狂ったが、期せずして新連盟とランダウ騎士団を潰せたよ。ま、あいつを責めてやるな。あれはああいう男なのだ』


 こんなところで雑談を楽しんでいる場合じゃないのに。

 アルフレッドは、フェリペに上手く踊らされていることに、これまでもずっとそうだったことに、苛立ちを覚える。


「……僕らが勝てば、もう二度とロッティに関わらない、約束できるか」


『もちろんだとも。おそらくそのとき私はもうこの世にいるまい』


 言外に、勝負とは命のやり取りにほかならぬ、と告げるフェリペ。


「……行こう」


 アルフレッドは、フェリペを睨みつけたまま、後ろのアユムたちに声をかけた。


 防弾ガラスの廊下を右に折れ曲がり、十数メートルの廊下を進むと、一番奥に、以前破った扉がある。そこは、今は仮の扉がついているが、それも開け放たれている。


 ゆっくりと踏み込む。


 シャーロットが制止しないところを見ると、ここには危険は無いようだ。

 機械室のその一。十メートル四方はあるその機械室には、テーブルといくつかの端末しかない。

 本当の中枢は、進路を振り返るように向きを変えたその一番奥の扉の向こうだ。


「先手必勝だ。扉を開けたら、フェリペだけを撃つんだ」


「もちろん」


 アユムはうなずいて、突撃銃の安全装置を外し撃鉄を起こす。

 シャーロットも拳銃を両手に持ち、正面に構える。

 セシリアは一歩引いて、狙撃銃を水平に構える姿勢をとる。

 エッツォも右手にサブマシンガン。


 アルフレッドが先頭に立ち、扉に手をかける。

 思い切りよく手前に引き開ける。


 明るい中枢機械室の光が残る四人の視野を照らし――。


 そこに、フェリペの姿は無く、無敵の魔人、エレナの姿だけがあった。



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