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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第四章 降下(4)


 アユムが敵の足元を掃射し、セシリアはどうやら敵のヘルメットを狙い撃っている。いかな装甲があろうとも弾丸の運動量まで無にはできない。激しい衝撃に歩を進めることは困難だろう。

 あるいは、余りに正確な射撃に対する恐怖か。


 ともかく、敵兵が足止めを食っているのは確かだ。


 飛び込むなら今。

 射撃やめの合図をアユムに送り。

 息を止めて煙幕の暗闇の中に突っ込む。


 本当は男らしくシャーロットの前に立ちたいが、なにぶんにも視界が無い。彼女の『魔人の目』だけが頼りだ。

 走る途中で手ごろな鉄パイプを拾う。手袋越しに冷たい金属の感触と質量を確かめる。


 シャーロットが走る速度を緩め、


「アル、あなたの一時方向、四メートル先に」


 早口で言うや、彼女自身は左前方に跳躍した。


 言われた通り、パイプを突き出して一時方向に突進すると、残り二メートルと言うところで煙幕の中に敵影が見える。

 頭の先からつま先まで、鈍い光沢をもつ鎧のようなもので覆われた人影。顔も分厚いフェイスプレートで覆われている。そのフェイスプレート部分にだけ、ひっかいたような鋭い傷が幾筋かついていて、これはおそらくセシリアの狙撃による傷であろう。

 ちょうど突撃銃ほどの大きさの銃を構えているが、その形は見たことが無いものだ。確かに銃の形はしているものの、鎧と同じ鉛色の外装、中腹が大きく円柱状に膨らんだ形が特徴的だ。


 腰だめに構えた鉄パイプを先頭に、アルフレッドは思い切り突っ込んだ。

 鎧は弾丸こそはじくが、衝撃そのものを吸収するようにはできていないと見え、突然の突進に敵兵は大きくのけぞる。


 ここぞとばかり、アルフレッドは鉄パイプを振り下ろしたが、防御のために振り上げた敵の腕の装甲を叩いて火花を散らしただけだ。装甲はわずかに傷ついたが、すぐにそれが修復されていくのが見える。自己修復性装甲。外惑星にはそのようなものがあるのか、と驚きつつ、次の行動に移る。

 パイプを投げ捨て、敵の銃身を掴む。力任せに引っ張ると、のけぞっていた敵の体がアルフレッドの胸に寄りかかってくる。重装備だから重いのではないかと思っていたが、想像以上に軽い。彼には想像もつかない機能材料のようだ。


 だがそれが幸いした。

 敵の体を一旦受け止めると、狼狽している敵の左腕を左手でつかみ、ねじりながら相手の背後側に倒す。バランスが偏ったところで一気に相手の腰の下に自分の腰を入れ、跳ね上げるようにして体を浮かす。最後は体重を浴びせるようにして地面に伏す形で叩き落とす。


 装甲の上からの衝撃だけで無力化できるとは思えなかったため、伏し倒した背中に馬乗りになって、首を全力で引き上げ、そして地面に叩き落とす。もう一度。さらにもう一度。

 立ち上がって蹴飛ばすと、あおむけになったフェイスプレートの中は鼻血で真っ赤になっている。


「アル、五時方向」


 シャーロットの冷静な声がすぐに次のターゲットの位置を示す。まるでアルフレッドがたった今戦闘を終えたことを真横で見ていたかのようだ。


 振り向きながらかがんで這うように突進するとすぐに敵影は見えた。索敵用のリンクまで切れて視界が効かず立ち尽くしていると見える。

 今度は臆さず、両ひざを抱えるようにタックルする。アルフレッドの姿を認めるや迎え撃とうと役立たずの銃を振り上げ振り下ろそうとする動作が見えたが、その緩慢な動作をかいくぐることなどわけもなかった。

 しこたまに後頭部を打ちつけた敵兵はすでに気絶しているようだった。


「ロッティ、次!」


 息を弾ませながらアルフレッドが叫ぶ。


「大丈夫、もう、いない」


 煙幕の向こうから彼女の声が返ってくる。


 煙を吸いすぎないように背を低くして煙幕が晴れるのを待つ。

 やがて見えてくる、十メートルほど向こうに凛とたたずむシャーロットの姿。

 その周りに三体の敵兵が倒れている。


 敵はたったの五名だった。

 アルフレッドはゆっくりとシャーロットに歩み寄った。


「怪我は」


「大丈夫、アルも?」


「ああ」


 そしてさらに晴れた煙の中でライトで照らしつけると、一人の装甲に赤い階級章らしきものがついているのを見つけた。


「リーダーかな」


「ええ、たぶん」


 遠くから走り寄ってくる足音が聞こえる。アユムとセシリアだ。二人とも油断なく銃を構えている。


「リーダーを起こす、ロッティ、何かあったら頼む」


 シャーロットがうなずいて一歩引いたのを見て、アルフレッドはその兵士を揺り動かした。


***


 間もなく、脳震盪から回復したリーダーらしき男は、周りを何度か見まわして仲間が全滅しているのを知ると、ため息をつくような動作を見せて、自らヘルメットを外し、持ち上げた。


「……大丈夫、抵抗はしない。信用しないなら銃はそのままでいい」


 リーダーはかすれる声で言うと、大きく咳き込んだ。シャーロットにどんな技を受けたものだろう。


「何者だ」


「俺たちは君たちこそ何者なのかを探りに来た。――いや、まず俺が名乗るべきだな。アウグスト・アンドレー。マカウ軍属。階級は中尉」


 彼、アウグストはそう言いながら、上体を起こした。


「アルフレッド・レムス。所属は――なんだろうな」


 振り返ってアユムの顔を見ると、彼女は苦笑いで返した。


「無所属だということは分かっている。地上からの情報で君たちが正統政府の主力を蹴散らしたことも」


「なぜ僕らを攻撃した」


「知るためだ」


 簡潔な答えは、謎めいていた。


「――正確に言おう。君だね、シャーロット・リリー。不思議な力を持つウィザード」


 シャーロットに振り向きながら続けて出てきた彼の言葉に、アルフレッドはめまいを覚える。マカウが彼女の名前すら知っているとは。そして、おそらくウィザードの秘密も。


「どうして……それを」


「どうしてかは、何とも言えない、ただ俺たちがこの惑星の支配者だから、とだけ答えておこう」


 その支配者が、シャーロット・リリーを危険物と認めて排除しに降りてきたのか。


 くそっ。

 ウィザード部隊など見殺しにして、静かな生活を送っていればよかった。

 フェリペだのミネルヴァだのに永遠にかかわらない生活だってあったはずじゃないか。


 僕の馬鹿げた正義感が、またロッティに災難を。

 ああ、僕は馬鹿だ。


「知るため、と言ったわね」


 歩み寄りながら、アユムが問う。


「ああ、そうだ」


「ロッティ――シャーロットを」


「そうだ」


「どういう意味?」


 きつい口調に、再びアウグストはため息をついて膝を立て、自らの体重を任せた。


「シャーロット・リリーが、本当に報告通り神がかった力を持っているのかどうか。俺たちが全力でかかってかなわなければ間違いないだろうと思ったが、確かにそのとおりだった。一体何をやったのか想像さえできないが、銃さえ役立たずだ」


 アルフレッドは黙ってアウグストの銃を取り上げ、ロッティ、と小さくつぶやいた。彼の意をくみ取ったシャーロットは、うなずく。

 そして、彼が空に向けて引き金を引くと、灼熱の火矢が一本、星界に向けて大気を突き抜けていった。


「……こういうわけだ。彼女にはお前らが想像さえしない力がある。手を出すな。警告だ」


 低い声で言うと、アウグストはもう一度ため息をついて、うなずいた。


「俺たちの任務はいずれにしろここまでだ。つまり、君らに戦争を仕掛け、負けること。その結果、上がどんな判断をするかは、俺には分からん」


 上、と言いながら、星の輝く漆黒の空を見上げるアウグスト。


「かなわぬ願いでなければ、俺たちを解放してくれないか。こう言ってはなんだが、実のところ、俺は単なる情報技官でね、命まで賭ける覚悟は無いんだ」


 優しげな目でそう言うアウグストを、アルフレッドも、これ以上どうこうするつもりはなかった。


 戦争は終わった。捕虜は開放してやろう。もう、彼らの武装も怖くない。彼らは知るために降りてきたが、その結果、彼らの手の内をまんまと知らせてしまったのだ。

 いいだろう、とアルフレッドが応え、倒れている残りの四人の目覚めを待った。

 最後の兵士が起き上がってヘルメットをとり、血まみれの顔をタオルで拭くのをアウグストはじっと見ている。その男はアルフレッドが最初に倒した男だ。


「――そうだ。教えてほしい。ウィザードの計算機、エクスニューロは、第五市にあったのだろう? それを奪ってどこかへやったことまでは知っているが……それは?」


「さすがにそれは無理な注文だ」


 アルフレッドが肩をすくめると、アウグストは同じように肩をすくめて小さく笑った。


「想像はついているが、まあ、聞かないことにしよう。それから、君たちは、マリアナ川の西岸に用があるのではないかね」


 どうしてそれを? と思わずアルフレッドは他の面々を見回したが、一様に驚いた顔をしている。いや、アユムだけは何か得心顔に見えなくもない。


 おそらく彼らは知っているのだ。

 シャーロットが彼らを無力化できるのと同様に、彼らも魔人の心臓を掴んでいる。


 それをして見せなかったのは、やはり彼らの行動がシャーロットを害することを目的としていなかったからなのだろう。


「あの船で二人までなら送ろう。五分とかからんよ」


 ほんの数語の議論ののち、シャーロットとアルフレッドがその好意に甘えることになったのは、アユムの賛意が大きかったからだろうか。


 一時間もしないうちに、二人は彼らの『船』の上に身を置いていた。



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