第四章 降下(3)
「煙幕を焚いての登場だ、友好的な挨拶と言うわけじゃないだろう」
「マカウが……どうして?」
シャーロットが不安げにアユムとアルフレッドの顔を交互に見る。
「分からない、心当たりがないでもないけれど」
「心当たり?」
「それは後で」
「敵の戦力が分からない、エッツォも呼び戻そう」
「いいえ、だめ。こんなことがあった時、できるだけ彼を引き留めるようロレッタにも念を押してあるの。それも後で説明するわ」
アルフレッドはアユムが何を言っているのかさっぱり分からなかった。だが、アユムの中に何らかの確信があることだけは分かった。
「ともかく海の方からだ、埠頭沿いで迎え撃とう」
アルフレッドは言いながら駆けだす。
「はい、でも、アルはあたしの後ろに」
駆け出した彼を追い越すようにしてシャーロットが先に飛び出した。
一分も駆けると町外れの小さな埠頭だ。
煙幕はその近辺までを覆い尽くし、頭を低くしていないと煙を吸い込んでしまいそうなくらいだった。
その煙幕の向こうで、さらに何度か破裂音が響き、そのたびに、音のした方向に濃い煙幕が現れる。
それは徐々に近づいてきている。
ウィザードの特徴をよく知るやつに違いない、と、三人が銃を構える後ろでアルフレッドはつぶやく。
ウィザードは、ウィザード本人が感じたものをエクスニューロが処理して運動予測や射点、照準などを高精度で割り出し、そこから最適な行動のための筋肉運動を補助するものだ。完全に視界がふさがったウィザードは、ほとんど無力に近い。
念入りに煙幕弾を放ちながら近づいてくる敵は、そのことを熟知しているように思えた。
だが、それは、普通のウィザードなら、だ。
『魔人』たるシャーロットは、その一歩先を行くのだ。
「敵の出現位置を推定できました、射線で示しますので、合図で一斉射撃を」
彼女は突然、やや右方に銃を向けて言った。
それを見て、アユムとセシリアも続く。『射線』の見えないアルフレッドは、下手なことはすまい、と周囲の警戒に意識を移す。
突如、シャーロットが合図たる一発を放つ。
ほぼ同時に、エクスニューロの反応速度でアユムとセシリアが続く。
煙幕の闇の中、かすかに黄色い火花が散るのが見える。
やや遅れて、カチン、カチン、という鍛冶打ちのような高い金属音が、銃声の合間に聞こえてくる。
「当たってますか? シャーロットさん」
「はい、命中していますが、かなり強固な装甲を持っているようです」
さすがに宇宙でもいっぱしの戦闘国家、大マカウ国ともなると、辺境の地上で使われているのとは次元の違う装備を持っているらしい。
応戦があると見るや、敵兵は歩を速め、やたらめったらに何かを撃ち返してきた。
「物陰に!」
シャーロットの叫びに、アルフレッドに続きアユムとセシリアも建物の陰に飛び込む。
シャーロットは飛んでくる弾丸をひらりひらりとかわしているが、煙幕で射点も射線も見えないアユムたちは身をすくめるしかない。敵の使っている弾丸は何やら特殊なもののようで、貫通した木箱は通過した穴を中心に炎を噴きだし、スチールの缶は貫かれたところが真っ白に白熱し、溶鉱炉のようにしぶきを飛ばす。建物の壁程度では防御のしようがないように見える。
「壁を貫かれるのも時間の問題だ、アユム、上だ!」
アルフレッドは叫んで建物の木戸を蹴破って飛び込んだ。内装が朽ちた屋内には、すでに何発かの『特殊弾』が貫通し、赤熱した石片が飛び散っている。錆びた鉄骨造の階段を見つけ、二人を引き連れて階段を上る。
「アル、ロッティはどうするの」
「彼女なら大丈夫だ、負けやしない」
言いながらも、エクスニューロがごまかせる限界を超えて彼女の筋肉が疲れ果ててしまったら、という不吉な予感がわき起こる。
屋上に飛び出すと、地上では、白熱する破壊の筋と、オレンジの飛線が飛び交っていた。
「ともかく敵の注意は地上に向いている、僕らがここにいるとばれない限り、無意味にここを狙うことはないと思う」
「シャーロットさんを援護しなきゃ」
そう言ってセシリアが狙撃銃を屋根越しに突き出そうとしたが、アルフレッドが力任せに引き戻した。
「顔を出すな、エクスニューロほどじゃないにしても、僕らを察知するセンサーくらいは持ってるはずだ」
アルフレッドの心中は、あまりに大きすぎる武装レベルの差に恐慌状態になりつつある。
弾丸を易々とはねのける個人装甲と、鋼鉄をも溶かし貫く灼熱の槍。
あるいは、魔人に匹敵する察知能力さえあるかもしれない。
「ロッティ、攻撃を緩めて、回避に注力。できれば敵の視線から身を隠せ」
戦術無線でシャーロットに伝える。ともかく、今できることは彼女への伝言だけだった。
オレンジの弾筋は間もなく飛ばなくなり、それからしばらくは白熱弾だけが一方的に放たれ家屋や倉庫を赤熱させて吹き飛ばし続けたが、それもやがて止んだ。
そして再び、煙幕弾をこまめに放ちながらの敵の行軍が始まった。
***
「シャーロット、無事か」
小さく呼びかけると、マイクを叩くような音が三回、受話部から聞こえてきた。声を出して敵に位置を悟られないよう注意しているのだろう。シャーロットも、敵の認知能力が想定以上かもしれないと推察しているらしい。
一方的な攻撃がほぼ止む頃、アルフレッドは一つ、思いつくことがあった。
それは、『魔人』だけに可能なこと。
エンダー教授は言った。
魔人は、知りうることなら何でも知ることができると。
そして、その現場を一度は確かに目にした。
正統政府軍から脱走するときやディエゴ・デル・ソル大学に潜伏するとき。彼女は、通常の手段では絶対に破れないはずの結晶格子錠を易々と破って見せた。
実際に目に見えるかどうかは重要ではない。
たとえ概念的な『意味』だけのものであっても、知ることができる。結晶格子錠の管理パスコードのように。
であれば、『敵の通信方法』というような概念的なこともこの場で知ることができるはずなのだ。たとえ、煙幕に身を隠していても、彼らがそこにいる以上は。
そう、通信方法、方式や周波数と暗号キー。これが分かれば、敵の通信リンクを乗っ取れる。
それは、命令系統のリンクであることは間違いないことの一つとして、さらにもう一つ。
あれだけの威力の武装を持ちながら、同士討ちのリスクを避ける対策をしていないとは思えない。おそらくその『銃』は、何らかの形でセキュリティリンクを持っているはずだ。もしそのリンクを乗っ取れれば、あの厄介な銃を無力化できる。
天啓に近いこの閃きがアルフレッドの頭の中を支配していた。
だから、シャーロットが無事と知るや、すぐに彼女にオーダーを伝える。
「ロッティ、オーダーだ。敵の通信方式を知れ。暗号キーも含めて。そして、この通信を切断し、敵の通信方式に割り込むんだ。この通信機でどこまで対応できるかは分からないが、最悪でも妨害パターンを作れるはずだ。できるかい? イエスなら三回、ノーなら二回」
数秒の間があったが、すぐに、三回、マイクを叩く音が聞こえた。
「この通信機じゃ限界があるわ、でも、エクスニューロインターフェースならいけるはず。一部の帯域を使って割り込むの」
横で聞いていたアユムが追加でオーダーすると、すぐに三回の音が返ってくる。確かに、脳信号などという複雑極まる信号を扱うエクスニューロインターフェースであれば、どのような通信も容易に模擬できるかもしれない。
「敵の銃がそのリンクでセキュリティ化されていると思う、それも探ってほしい。それで敵のあの無茶な銃が無力化出来たなら、合図を」
「さっきと同じでいいわ、敵の位置を射線でポイントして発砲。ロッティの位置も分かるし。こちらから一斉に援護射撃を入れる。――それから、アル、敵の武装が使い物にならなくなったら、ロッティを援護に行って。重武装ならかえって格闘に弱いかもしれない」
「そうだな、分かった、何もしないよりは」
アルフレッドはうなずき、すぐに下に向かう準備をする。
時間はゆっくりと流れる。
その間に、新たに三回の破裂音と煙幕。
その時は突然訪れた。
煙幕弾とは全く違う連射音。
アユムとセシリアが飛び出し、屋根越しに確認すると、シャーロットが敵に向けて発砲している。さっきと同じく、煙幕の奥で仄かに火花。しかし違うのは、猛烈な反撃が始まらないことだ。
うまくやったな、とつぶやきながら、アルフレッドは飛び降りるように階段を駆け下り、オレンジの線が絶え間なく伸びるその起点に向けて必死で走った。
もし敵の無力化に失敗していたら。
反撃が始まったら、一瞬だろう。
問題ない。
あの威力。人間が撃たれれば痛みを感じる間もなく煙になる。
……彼女と永遠の別れとなるかもしれないと思うと、以前より死にたくないと思う気持ちが強くなっていることに気付く。
その彼女の元に、彼はついに到達した。
「――反撃は無しか、すごいぞロッティ」
駆け寄りざまに声をかけると、シャーロットは恥ずかしそうにはにかんだ。
「――アル、無事でよかった」
「君も。さあ行こう、あいつらの目的がなんだろうと、ねじ伏せてやろう」




