第四章 降下(1)
■第四章 降下
予想通りシャーロット・リリーたちが最前線に現れたことは、すぐにオモイカネの委員会に報告された。
「――というように、南方に向けて撤退した模様」
モニター越しに最後の様子を見ていたフェリペ自らが報告した。
リーダー、ロレッタのつけていたモニターカメラは、エクスニューロのブレインインターフェースリンクが切れてもしばらくは自力で画像送信を続けたが、やがて沈黙した。その最後の映像は、南方に向けて歩いているところだった。
「ともかく、シャーロット・リリーが今後、最前線でミネルヴァ敗北を邪魔する事態は避けられたと言うわけですな」
「ま、その通りだ」
言いながら、ついでにシャーロットたちの目的地まで突き止められれば上出来だったのだがな、と心の中で付け加える。
結局、彼らの向かう先は南方ということしか分からず、第三市南方のどこかに秘密のアジトがあるのか、ただ海岸に向かっているのか、あるいは第六市と通じているのか、そこまでは分からない。だが、ランダウ騎士団との関係を見れば、いずれ第六市に彼らは向かうだろう、シャーロットを捕らえるのはそこで待ち伏せすれば良い、と考えている。逃げたウィザードどももそこで一掃可能だろう。
「それで、戦況はどうなっている?」
今度はフェリペが質問すると、背の低い委員の一人が右手を挙げてうなずき応じる。
「政府軍本隊は混乱して動けず、ミネルヴァ本隊はウィザード部隊が敵本隊に突入したという報を受けて北東側に移動しながら抵抗。政府軍の南北の挟撃から逃れながら救援と合流しようとしている模様です」
「被害は」
「決定的な被害は無し。ミネルヴァ軍は地形を利用しながら移動しているためあまり攻撃を受けていません。ウィザード部隊が撤退したという情報が入り始めており、まもなく前線にも同じ情報が届けられるはずです」
オモイカネが独自の目的でウィザードをモニターしていたことは秘中の秘である。彼らが異常な状況で一人残らず壊滅してしまったために、分析班と斥候の報告があるまでミネルヴァ軍上層部も前線もウィザード全滅の事実を知るに至らないが、それもまもなく、ということになろう。
「政府軍の情報は入っているか」
「しばらく前から、本隊からの無線信号発射を断続的に観測しています。おそらくウィザードを撃退した報を届けているのでしょう」
「と言って、ウィザードが事実上全滅したとまでは思うまい、当面、やつらが逃げた南東方面を警戒してミネルヴァ本隊に仕掛けることはなかろう」
思ったよりも長引きそうな戦いに、フェリペはため息をついた。そのため息の意味を知った何名かもそれに続いた。
地形や戦術についてほとんど何も知らずに来たつけが回ってきたということだろう。そういったもろもろを軽視するつもりはなかったとは言え、結局フェリペやその取り巻きが頼んだのは『圧倒的なウィザードの戦闘力、機動力』なのであり、こうした常人同士の戦争にあまり興味を持ってこなかったことは事実なのだ。
「あまり長引けば、シャーロットたちが取って返してミネルヴァに助勢する恐れがある」
「だが少なくとも脱走兵のあれらが、ミネルヴァにそこまで義理立てしますかな」
「人情家としての奴らを過小評価はしない」
その一面を逆手に取っている以上、彼らがわずかなりしとも恩義を感じる相手に対してどのような行動をとるか、この予想も過大な評価とも言えないだろう。
「戦局がこう着するのは仕方あるまいが、ともかく南方の偵察は怠らないように」
フェリペは最後にそう指示して、席を立った。
ここで手持ちの最後のウィザードを動かすか、エレナを動かすか? そのことにまで思いをめぐらす。
だが、エレナに万一のことがあってはならぬ。
ウィザード、魔人、どちらにも致命的な弱点がある。
それは、彼自身がミネルヴァのウィザード部隊を全滅に追い込んだ手段だ。
この第五市にエクスニューロ本体があると知る者は少ないが、そんな中に、その事実をもって彼を脅すものが出てこないとも限らない。つまり、エレナを前線に送ったその時にエクスニューロ本体を破壊すると脅せばフェリペは言うなりになるしか無かろう。手中の珠、魔人エレナを失うことにもなりかねない。
実のところ、フェリペは惑星最大の力を得ながら、その行動を大きく制限されているのだった。
エンダー教授が本当の意味で友人であるのであればここまで自由の利かない身ではなかったろうが、と口惜しく思う。
その真ならざる友人も近く第五市に来るのだと言うが、さて、彼は一体何を考えているだろう。だが、フェリペの真意をほとんど知るあの男のことだろうから、ミネルヴァの大敗を予想して、最も安全な『フェリペのいる第五市』に疎開しようという腹であろう。
次にあの男に会った時、笑顔で握手すべきか冷たく見下ろすべきか、ぼちぼち考えておこう、と思いながら、厳戒態勢で人気のない自宅に向かう坂道を歩いて下った。
***
はるか上空からの何十何百という機械の瞳のうちのいくつかが、正統政府軍とミネルヴァ軍の衝突をずっと見つめ続けていた。
ミネルヴァの戦術的失策と、百人以上というかつてない規模のウィザード部隊が政府軍に突入する様も見ていた。
もちろんその途中で起こった異変も。
ウィザードが突然力を失い、倒されていく惨状。
間もなく、小部隊が突入し、瞬く間に万に及ぶ政府軍を蹴散らし無力になったウィザードたちを救出するところを目撃したところで、マカウの首脳部は一種の興奮状態に陥っていた。
あのミネルヴァのウィザードをはるかに超える力を持った小集団がいる!
そして彼らは、助け出したウィザードを伴って、第三市に戻るでもなく、南方に向けてゆっくりと移動している。
戦略的には何の意味もない。
小さな港町がいくつかあるが、船は海賊に奪われ破壊され、一つとして残っていない。大河マリアナ川を渡ることができるのは、政府軍が目を光らせている中流域だけだから、南方ルートでの奇襲というわけでもない。
完全に独立した勢力だと考えるのがもっとも自然だった。
そうしたもろもろの報告を聞き終わり、ネイサンは、相談役のセバスティアーノに向き直る。
「君のスパイ。今回の戦闘で被害を受けたのではないかね」
「ご心配ありがとうございます。幸運にも、無事でございました」
だが、それは実のところ幸運などというものではなかった。類まれなる強運と言わねばならないだろう。
そして今回の事件の前後から、位置以外の足取りがほとんど分からなくなっていた彼から久しぶりの詳しい連絡が入り始めていたのも事実だ。
彼の最も新しい連絡の目的は、マカウの真意を問いただすことだった。今回の事件においてマカウが果たした役割を詰問する連絡だった。
そしてセバスティアーノは正しく今回の事件にマカウは直接関与していないことを彼に示した。彼は消去法的に今回の事件の真犯人を推定したようで、それはセバスティアーノの推測とも一致していた。
「……閣下。そのスパイより重要なお知らせがございます」
ふむ、とネイサンが眉を上げる。セバスティアーノがネイサンに隠れるようにスパイを使っていることは承知していたから、当然、総督にもあえて明かさずにいた秘密の一つや二つくらいあるだろう。
「先の戦闘で起きた『幸運』、これには、ある独立ウィザード組織が関与しております」
「独立……ウィザード?」
「はい、閣下。以前、ウィザードの脱走兵の話があったかと思われます。彼らが、多くの事件の背後にかかわっておりました」
そして、セバスティアーノはスパイ経由で聞いた独立ウィザードのいくつかの活躍を説明して見せる。
一度は正統政府軍属となり、次いで、ランダウ騎士団に与したこと。あのフェリペ・ロドリゴ・デ・パルマにも接触したこと。ランダウ騎士団とともに第五市に攻め入り、彼らの『本体』を強奪したこと。そして、何者かによりウィザードが無力化されることを知り、救出のために戦争の最前線に踊りだし、武装も兵力も随一の正統政府軍を蹴散らしたこと。
その中心に、一人の特別なウィザードがいたこと。
「特別なウィザードだと?」
「はい、閣下。名前はシャーロット・リリー。ウィザードの亜種、あるいは突然変異とも言えるようなもののようで、通常のウィザードをはるかに超える能力を持つのだと」
はるかに超える能力!
ウィザードの正体は、これまでのセバスティアーノの報告ですっかり分かった。遠隔地に置かれた計算機による戦術・戦闘支援。脳にダイレクトに入力することで常人を超える戦闘能力を持つようになるのらしい。
それをはるかに超えるとは、どのような状態だろう。
その表情を読み取ったか、セバスティアーノが口を開く。
「――未来予知のようなことさえできるとの報告でございます」
「そのような馬鹿げた技術があるものか。どのような技術をもってしても未来を見通すことなどできん」
とはいえ、科学には門外漢のネイサンも、それが真実かどうか判別のしようがない。
そして、ふとひらめく。
「――少佐、随分前に、威力偵察の準備を整えるよう指示しておったが」
同席していた武官の一人に尋ねる。
「はっ。本国より二個中隊が到着して待機しております」
ランダウ騎士団の増長、ウィザードを持つミネルヴァの内乱という事態の変化を受けて、用心のために用意した戦闘部隊。それを、その『独立ウィザード』に接触させる。
正統政府、ミネルヴァ、フェリペ、第六市、その他、惑星の行く末を担うことごとくに接触してきた彼らこそ、この惑星の戦乱の最終局面に現れた『勇者』か、あるいは、惑星を暗黒に包もうとする『魔王』やもしれぬ。
彼らの力と目的を、正しく把握しなければならない。
そう、セバスティアーノ子飼いのスパイなどに頼らず。




