第三章 死闘(4)
決めた内容は、飛び出して援護しながら誘導する。
それだけだったけれど。
ともかく、まずは倒されている彼らを助けなくっちゃ。
また、一人を狙う射線が見える。あれは大丈夫、外れる。あと二つ。一つは命中コースね。
あいつか。
狙いを定めて、引き金を引く。
私の放った弾丸は、ウィザードを狙っていた一人を撃ち倒した。
私たちの姿を見たウィザードの一人が驚いてこちらに銃を構えるけれど、まるで狙いが定まってない。エクスニューロが無いと、こんなにもろいなんて。一度は経験したけれど、これはウィザードの決定的な弱点ね。
「待って、助けに来たの! 私もウィザードよ!」
私が叫ぶと、目の前の彼女の視線が私の左耳の上に刺しこむ。そして、すぐに私の言葉を信じたことを示す瞳の色に変わった。
「おかしいんです、突然エクスニューロが機能停止して……!」
「ええ、敵の策略よ! 私たちが援護するから、南東に向けて走って!」
なぜ私がそれを知ってるのか? ……なんてことは考えてないでしょうね。たぶん、正統政府にもぐりこんでたスパイくらいに思ってくれるでしょう。
「こっちだ!」
エッツォが一方向を指差す。あらかじめアルと待ち合わせしている南東の丘。ここからは補給物資の山に隠れて見えないけれど、あちらなのは間違いない。
「セシリア、前方掃敵!」
私の命令で、セシリアが飛び出し、木箱の上に飛び乗る。相変わらず身軽。
突撃銃で狙撃銃のように正確に狙いをつけながら敵を打ち倒していくセシリア。敵の攻撃の空白地帯が生じたのを見つけて、ウィザード部隊の人たちをそこに向けて誘導する。
「リーダー!」
叫ぶと、それらしい徽章をつけた私と同じくらいの歳の女性が振り返る。
「ロレッタ・ヘルメス曹長です!」
「ロレッタ、分隊がいるわね」
「はい」
「すぐ呼んで」
彼女、ロレッタはすぐに戦術無線に呼びかけ、分隊の応答を待つが、二分隊のうち一分隊からしか応答が無いみたいだ。
悪い予感がする。
「バイタルは共有してる?」
「してますが……反応無し」
もうやられてしまった後……ね。
何人、いただろう。
いくつの命と人生があっただろう。
想像すると吐き気がする。
けれど、今はここにいる人たちだけでも助けないと。
「応答のあった分隊はまもなくここに」
「いいわ、合流し次第、進むわよ。ロッティ、もう少しがんばれる?」
『こちらは大丈夫です。敵がこちらの異変に気付いています。攻勢が強まります』
戦術無線からロッティの落ち着いた声、けれど、その内容は困ったもの。これ以上攻勢を強められると脱出も難しくなるわね。
「私たちの背後の統制を崩して。できる?」
『了解しました。それから、先ほど、アルが上手く脱出しました』
経験もエクスニューロも無いアル。
よくがんばってると思う。
右の資材の隙間から、ウィザードが八人、出てくる。二十人以上はいたはずの分隊。一人は足を撃たれて引きずっている。
「……行きましょう」
ほとんど同時に、進行方向に向かって真後ろ方向で派手に銃声と叫び声が上がる。ロッティが上手くやってる。少なくとも一番敵の厚い背後を気にしなくて済む。
狭い安全地帯から飛び出すと、すぐにいくつもの射線が見える。
右足に刺さった射線の先をたどり、狙っている兵士に向けて弾丸をプレゼント。
同時に右足を除けるとその場で土ぼこりが立つ。狙っていた兵士はすでに倒れている。
私とエッツォがあえて前面に飛び出す。
一番前に立つのは私の仕事。エッツォが付き合ってくれているのは、ちょっとだけど、うれしい。
背後から、僚友の射線が延びているのが分かる。これは、セシリア。頼もしい後衛。私とエッツォにいくつか射線が刺さっているのをすぐに察知して、続けざまに狙撃者の銃を弾き飛ばす。あまりの正確さに舌を巻く。でも。
「セシリアはロレッタたちの援護を優先して。私たちは大丈夫」
「はいっ」
彼女はわざと一歩立ち止まり、ロレッタたちウィザード部隊に前へ出るよう促した。ウィザードたちだって、彼女に何ができるかくらいは分かっているようで、自分たちを狙う射線をセシリアが全て叩き落してくれると信頼し、駆け出す。
走る最中も、私の周りにいくつも射線が落ちてくるけれど、どれもこれも全く狙いを外していて拍子抜けする。弾の無駄使いのように思いながらも、突破のためにそれらの射線の根元に弾を放る。
すぐに弾切れの直感が頭の中に閃く。
もうそんなに撃ったかしら。
銃を左手に持ち替え、右手で腰から二つ目の弾倉を取りながら左手でロックを弾いて弾倉を抜き、ほぼ同時に右手に持った弾倉を叩き込む。空中を自由落下する弾倉を返す右手で掴み取り、もののついでに正面にいる射撃の下手な敵兵に向けて投げつけた。ナイフ投げの才能は無かったつもりだけれど、思いのほか上手く顔面を捉えて、その敵兵は昏倒する。
間をおかずその左右の敵兵にも左手の銃で弾丸を浴びせて倒す。以前、ミネルヴァ軍の中で新連盟の敵兵を圧倒した記憶がよみがえる。
そうね、生身の人間の能力なんてこんなもの。こんな力を自在に行使できるとなれば、フェリペでなくとも狂ってしまうわ、きっと。
エッツォも同時に正面の敵兵を六人倒していて、あっという間に退路が開いた。ウィザードたちを引き連れてそこを駆ける。左右から狙う射線は、体に触れるやいなや消える。セシリアが上手くやっている。
そろそろね。
「ロッティ、退くわよ、背後警戒しながら最後尾を」
『了解しましたアユム』
即座に返答があり、安心して進む。もう目の前に、先ほどウィザードたちが破壊した戦車の残骸がある。南東方面へ抜けるバリケードの隙間は、おそらく分隊の一つが開けたものね。私の指差しで、全員の方向がそちらを向く。ロッティなら大丈夫。私のたどった道を勘で追ってきてくれる。
ほとんど追撃らしい追撃も受けず、陣地境界まで走った。
『アユム、アルが迫撃砲で狙われています、あたしの誘導で避けていますが』
「こっちと両方相手できる!?」
この状況でアルがやられたら面倒なことになる。車はともかく、ロッティに与える精神的なショックが予想できない。
『迫撃砲の砲手が視認できません、後方援護を優先します』
「いいえだめ、アルの援護を優先しなさい」
言いながら、エッツォに誘導を続けるようハンドサインを出し、取って返す。最後にすれ違うセシリアに援護よろしく、と言って、数メートル、すぐに追いすがる敵兵の集団と出くわす。
ロッティの姿はまだ見えない。援護は期待できない。
敵兵の数はざっと二ダース。私を見て歩を止め、一斉に銃を構える。予測命中弾、八発。これはお手上げ。いくらウィザードでも、軍属の歩兵二ダースを一人で相手となると、懸命の覚悟が必要だわね。
敵兵の銃が火を噴くより速く、地面を蹴って右に転がる。私の回避を予想した二つの射線が見える。ままよ、と祈りながら、予備の弾倉の一つを一本の射線上に投げ、体をひねってもう一本をかわす。弾丸が弾倉に当たって激しい火花を飛び散らした。はじけた破片がいくつか左足に当たって突き刺さっているのが見えるけれど、重症じゃない。
すぐにセシリアの援護が始まった。
木箱の陰に転がり込んだ私は、すぐに起き上がって木箱の陰から敵の掃射のタイミングを読み、止む瞬間を狙って確実に敵兵を倒す。見ると、逃亡路を挟んだ反対側の木箱の陰でもセシリアが同じように戦っている。
連射しながらじりじりと進んでくる敵兵の先頭を的確に倒すものだから、敵も相当に怖気づいたようで、なかなか前に出なくなってきた。
と思ったとき、私の頭上で強い炸裂があった。敵が投げた手投げ弾を、セシリアが打ち抜いたみたい。危ない、気を抜いていたわ。
通信機からロッティの声が聞こえたが、炸裂音のために耳が効かない。まずいわね。
「セシリア! 耳が聞こえない! ロッティは何て!?」
通信機に向かって怒鳴る。
向こう側にいるセシリアは一瞬首をかしげ、それから、こちらに向いて笑って親指を突き立てて見せた。
そうか、アルが無事なのね。そして、きっとすぐにこちらに救援に来る。
耐えること三十秒ほど、敵兵がバタバタと後ろから倒れ始めた。
セシリアにサインを出し、同時に飛び出して一気にかたをつける。




