第三章 死闘(3)
ウィザード部隊たちが索敵装置をことごとく破壊して進んでいてくれたため、アルフレッドたちが彼らの後を追いすがっていくのは易いことだった。
五人は一団となって、ウィザード部隊が空白地帯に変えた小路を進む。
左右、後方を警戒しながらの道行だったが、政府軍の兵士は奥深くに侵入したウィザード部隊本隊への対応を最優先したと見え、ほとんどの兵力を陣地中心に向けていた。そのため、わずか五人が物陰に隠れながら行進することは難しくなかった。
陣地内を二百メートルほど突き進んだところでようやくウィザード部隊と政府軍が交戦している現場が見える位置を取ることができた。激しく銃弾が飛び交っているが、ウィザード部隊に倒れたものは見当たらない。
とはいえ、さすがに多勢に無勢、ウィザード部隊の進行速度は緩んでいた。前方に大隊単位の防御陣が何重にもめぐらされ、後方からも挟撃されつつある。しかし、それらを的確に排除しながらゆっくりと進んでいる。
戦闘力は申し分ない、残弾数がむしろ問題だろうな、とアルフレッドは考える。
かつてはミネルヴァ軍属だったこともあり、心のどこかでミネルヴァのウィザード部隊を応援する気持ちがあることは、あえて否定しない。事実、彼らを助けることが今回の目的だし、彼らが何事もなく突破して政府軍を蹴散らすならそれも構わない。最後に誰が惑星の覇者になろうとも関係無い。ただ、フェリペの思惑を潰すことだけが目的だ。であれば、ミネルヴァが無傷で惑星を統一することはフェリペにとってはたいそう具合が悪かろう、と思う。フェリペの苦難はシャーロットの安全と同義なのだ。
アルフレッドたちは当然ながら偵察車を奪ったときに一緒に奪ってあった政府軍の制服を着ている。歩兵隊のものではなく斥候部隊のものであることはやや目立つが、少なくとも政府軍の一画に紛れ込むのには具合がいい。
ウィザード部隊の進行方向から見るとほぼ真後ろの位置、補給物資の木箱が高く積まれた場所を見つけ、よじ登る。アルフレッドが下手に顔を出すとウィザードに狙撃されるため、シャーロットがそっと顔を出して状況を見守る。
目の前にいるウィザードは、おおよそ五十名ほど。ほとんどは遮蔽物に隠れているためはっきりとした数は分からない。少し離れた二か所からも銃撃戦の音が聞こえるので、おそらく部隊を三つに分けている。ここが本隊、左右に別働隊、という形だろう。本隊の死角を上手くカバーするように別働隊が本隊を囲む政府軍兵士をけん制している様が見てとれる。それもおそらくエクスニューロによる最適戦略が上手くはまっているからだろう。
銃声が少し遠くなった。
ウィザード部隊がまた一歩前進したのだろう。
一つ先の補給品の山に飛び移る。
そのときだった。
「あっ……!」
シャーロットが悲鳴に近い声を上げた。
「どうした」
「ウィザードが一人倒れ……二人っ……」
まさに突然の異変だった。
シャーロットの目線の先で、突然二人のウィザードが立て続けに銃弾を受けて倒れたのだ。
間違いない、第五市のエクスニューロ本体に何かが起こった。
「出るぞ! ロッティ! 射程範囲内の全政府兵を無力化! アユムたち三人はウィザード部隊を護衛しながら南東へ誘導を!」
アルフレッドが立て続けに指令を出すと、四人がそれぞれに了解の意味の返答をして飛び出す。
エクスニューロによる警戒の目を失くしたアルフレッドだけがそこに残る。
ここからは正真正銘、自分の力だけで生き延びなければならない。
脇に抱えていた突撃銃を握りなおし、慎重にロックを解除する。
果たして僕はあのウィザードたちのように華麗に舞えるだろうか。
そんな想いがよぎる。
怖気づくな。一人でも多くを救出に回すために、あえて自分でそう決断し、四人を説得したのだから。
補給品の木箱から飛び降り、背を低くして駆けはじめる。
アルフレッドのミッションは、幹線道路の脇に置き去りにしてきた偵察車をピックアップすることだ。
アユムたちがウィザード部隊を護衛しながら南東に引き、同時に東側の兵力を釘付けにすることである程度アルフレッドの安全を確保する。シャーロットは一人で遊撃・かく乱し、敵の統率行動を破壊、さらに絶対的な行動可能兵力を減らす。必要であれば戦車破壊も、と事前に相談してあったが、東部の戦車部隊はミネルヴァのウィザード部隊が全滅させたため、その手間だけは省けた。戦車さえなければ、軽く装甲された偵察車を破壊するのは難しいはずだ。
アルフレッドとシャーロットとアユムの間には、見通し三キロメートル通信可能な戦術無線機による通信がある。何かあれば連絡が取り合える。
頭の中で状況を再確認しながら、アルフレッドは東に向けて走る。
左方に気配を感じて伏せる。
政府兵が六人、あわてた様子で反対方向に向けて走っていくのが箱の隙間から見える。
足音が聞こえなくなるのを待ってから起き上がり、再び走り出した。
もう目の前に、煙を上げる戦車の残骸が見えてくる。ここを抜ければひとまず敵陣の外だ。
「おい、どこへ行く!」
突然の声にびくりと硬直する。
声のした方を見ると、政府兵が二人、弾薬ボックスから持てるだけの補給品を背負い込もうとしているところだった。
自分の姿を思い出す。
「ミネルヴァの援軍の情報があるため、東の丘まで斥候に出ます!」
とっさについた嘘。
彼の斥候兵用制服と彼の言葉は、どうやら敵兵をごまかすのに十分な役割を果たしたようだ。
「分かった、これを持って行け!」
放り投げられたのは予備の弾倉二個の束。受け取り損ねて落としたそれを、アルフレッドはあわてて掴んで、小さく敬礼をして再び走り出した。
彼らの口伝に斥候兵が東に向かっているということが伝われば、むしろ道路を走っても安全かもしれない。そうに違いなかろう。
アルフレッドは判断し、燃える残骸の間を通り抜けると、迷わずに道の真ん中を駆けた。
戦闘経験のない新兵だったとは言え、訓練は受けている。体力に自信もある。息が切れるのも構わず、速いペースを維持する。
『アル、気をつけて』
突然、無線機からシャーロットの声。
「どうした」
『敵が何名かそっちに向かった』
何だろう。さっきの連中と同じように、弾薬の補給に走っているのではないだろうか。
だが、彼女が気をつけろと言うのなら気をつけたほうがいい。
少し走るペースを落とし、何か起こっても即応できるよう油断なく進むことにする。
後ろを振り返る。おかしな動きはない。
と思ったとき。
『アル、右に飛んで!』
その声にあわてて道路右側のやぶに飛び込む。
固い木の枝が体中を引っかき、頬に切り傷ができたのが分かった。
そして彼の背が地面に落ちた瞬間――ついさっきまで彼がいたところから数メートル左のところで炸裂弾が破裂した。耳をつんざく音に思わず首をすくめ目を閉じる。
直後、大量の破片が彼の頭上の固い木の枝に当たる音がパチパチと響く。この潅木のやぶの中に飛び込んでいなければ破片で大怪我をしていたかもしれない。
『迫撃砲です。どうやら攻撃者が斥候兵の制服を着ているという情報が回ったようです』
イヤホンの向こうからシャーロットが淡々と説明する。
「ありがとうロッティ、助かった。敵は?」
『まだアルを狙ってます、そのまま潅木の中を進んで』
着弾に先んじて身をかわした様は、敵にはやはり同じような強化兵に見えていただろうな、と考えながら突き進む。
と言って、かわさなければやられていた。どちらにしろ僕はもう敵と認識され狙われることになったわけだ。
けん制だろう、先ほど身を隠した潅木を中心に何発か迫撃弾が降ってきて、轟音と破片をばら撒く。
こんなとき、確かに敵の視線を感じることができるエクスニューロがあれば、と思う。もしその能力があれば、身を隠しながら進むことは実に容易い。
前方に大きな岩が四つある場所に出る。ここから先は潅木の枝が薄い。
岩の後ろに入るまでに見付かるだろうか。
考えても仕方が無い。
意を決して飛び出し、全力疾走で一番手前の岩の後ろに隠れる。
道路に迫撃弾が落ち、爆発する。
すぐに、アルフレッドの近くの茂みに。
見付かっていない。
政府軍の陣地から見えないよう気をつけながら後ずさり、もう一つのより大きな岩陰に入った。
ここから偵察車のある小さな森まであと百メートルもない。
一か八か、という勝負をしたくはないが、森まで、突っ切るしかない。
三度大きく深呼吸して呼吸を整え、両足の疲労を確認し、十分な余力があることを確認する。
そして飛び出す。
荒地を百メートル。
三十メートルほどに八秒かかった。
砲撃の的をずらすためにわざと右に迂回する。
半分の地点まで二十秒。
三十秒、残り二十メートル。
研ぎ澄まされたアルフレッドの感覚は、背後の頭上に空気を切り裂く何かを感じた。
全速力のまま身を前に投げ出す。
地面に衝突した迫撃弾が黄色いフラッシュとともに炸裂する。
背中と後頭部に強烈な衝撃を受けながら、アルフレッドの体は森の潅木の隙間に向けて放り出された。




