第三章 死闘(2)
エクスニューロインターフェースリンク上に重畳されて受信される戦術モニターの映像を見ながら、フェリペはタイミングを見計らっている。
エクスニューロ本体にコンソールをつなげばウィザードの見ているものをある程度映像化して見ることは難しいことではないが、今回フェリペは、よりシンプルに、部隊のリーダーにヘッドセットカメラを持たせていた。
その理由はもちろん、ウィザード部隊を確実に全滅させるため。
一人でも生き残ってしまえば、彼ら――最後の支配者であるマカウ――がブレインインターフェース部分を調べて何らかの知見を得てしまう可能性もある。だが、死んだ脳にしがみついただけのインターフェースはもはや何の情報も漏らさない。あくまで脳のダイナミックな活動にナノ秒単位で適応する不定形電磁フィールドにより相互作用することで動作するのがエクスニューロのブレインインターフェースなのであり、脳が停止した状態では頭蓋にただ乱雑に電極が繋がっているだけにしか見えないのだ。
――いや、一部は、あの魔人が救出してしまうかも知れぬ。
当の魔人が、近づいていることを感じる。
無力化したウィザードたちを見て、救出に飛び出すだろう姿までまぶたの裏に映し出せる。
――だが、敵を倒すことと僚軍を無事に生かすことは全く別物だぞ、魔人よ。お前にそれができるか?
心の中でつぶやきながらも、魔人シャーロットがそれを為してしまうだろうという予感も感じる。
よかろう。一部はお前にくれてやろう、魔人よ。
ともかくマカウの手の届かぬところにまでエスコートしてくれれば、十分な成果だと納得するしかない。
「全隊員が見えるよう行軍してほしいものだな」
フェリペはモニター越しに声に出してつぶやく。
もちろんその声は相手に届くはずもない。
手元に小さなコントローラー。
すぐ脇に、百以上のエクスニューロ本体が積み上げてある。
一度は『賊』に荒らされ一部は持ち出されていたエクスニューロは再びこの戦術計算機センターの地下に集められていて、大半がこうして一系統の電源に接続されて積み上げられているのだ。
フェリペの正面に見える半分ガラスの仕切り板で囲まれた計算機セクションには、エクスニューロが五台だけ残されている。これは、フェリペ自身の身辺警護のために残した最後のウィザード五名だ。いずれも腕の立つものだが、もちろん、魔人エレナの足元にも及ばない。当のエレナはフェリペ以外出入り禁止とした最上階に本人のエクスニューロとともに待機している。
辺りを見回すと、折りたたみ机に折りたたみ椅子を並べただけのコンソールデスクが二十台余り。部屋の広さは百平米あるかどうか。一国の戦術システムを収めるには余りに粗末なものだ、とフェリペはため息をつく。
元来、新連盟はこの計算機センターに収める高性能コンピューターを持っていたものだろうか。マリアナにおける高度情報処理技術は半導体やメタマテリアル結晶の製造技術の喪失とともにほとんど失われていた。それらの製造技術の再発明を待たねばならない状況だった。わずかに第六市に残っていた製造設備がマリアナにおける情報技術を支えていた。
だから、新連盟はこのような施設を作る必要など無かったのだ。ただ、いずれ、高性能計算機の再発明が成るだろうと考え、箱だけを用意してあったのだろう。旧首脳部に訊けば、大出力エンジンなどの重工業の復興も視野に入れていたようだ。産業の再興から惑星の再統治を目指すという新連盟の視点は、さほど悪くはない。ただ、基礎技術が想定以上に失われていたのが彼らの誤算だったかもしれない。だから、戦術計算機に偽装したエクスニューロに飛びつき、結果として災禍を招き入れたのだと言えよう。
そのようなことを考えながら、目の前に置かれたコントローラーをもう一度見る。
運び出したエクスニューロの電源を一押しで全断するためのコントローラーだ。
異変に気付いて撤退などと言い出すことを防がねばならない。だから、敵陣深くに侵入したところで一斉に電源を落とす必要がある。
その後、電源の落ちたエクスニューロは、信頼できる手のもので完全に解体し、粉砕処分する。
残すのは、二台だけでいい。
宇宙の神秘は、他の誰にも渡さぬ。
我が知識欲を満たすだけの役割を果たせば、その二台さえいずれ不要となろう。
モニターには、ウィザード部隊のリーダーが荒地を疾走する様が映し出されている。常人の目では危険な障害物を見逃してしまうほどの速さだが、彼女はそれを飛び越えあるいは蹴って、平地を走るほどの速さで進んでいく。おそらく彼女には次に足を付くべき場所、動かすべき筋肉、全てが事前に見えていて、そうと決めるだけでエクスニューロが最適な筋肉を最適な強度で動かす感覚に身を任せているだろう。
画面が大きく横にぶれる。その寸前に敵陣地で黄色い光がいくつも閃いたのが見えた。おそらく銃撃が始まる距離に入ったのだろう。
左右にせわしなく視界が行き来する。部下に命令を飛ばしているのだろう。一瞬画面が落ち着いたとき、数十人のウィザードが一斉にブッシュから飛び出して敵陣に向けて攻撃を始めている姿が映った。
リーダーも敵陣に視線を向け、斉射に参加する。リーダーの撃つ弾丸の射線は画像処理によりオレンジの線となってモニターに映っている。それが、過たずに正統政府兵を一人一人倒しているのが見てとれる。
何台か全面に並べられていた重戦車はとっくに煙を噴き上げる瓦礫となっている。
敵歩兵による前面の防御が崩れるのとほとんど同時に、ウィザード兵たちはその廃戦車の脇に飛び込み、陣内に踊りこんだ。
敵もおそらく『何らかの強化兵』という情報は掴んでいたのだろう。正面衝突して押し合いをするような戦闘ではなく奇襲戦を想定していたものと見え、敵陣内はテントや物資で迷路化されており、その影から敵兵が銃口を出しては侵入者を狙う。
無駄なことを、とフェリペはつぶやく。
エクスニューロを身につけたものには容易に銃弾など当たらない。
今は耐えて、私がこのボタンを押すのを待てばよいのに、無駄に命を捨てるものだ、と口の端が歪む。
少なくとも戦車があっさり無力化されたことで敵も焦っているだろう。このまま中央突破を許せばミネルヴァ本隊と合流され戦局をひっくり返される、と必死の妨害戦だ。まさに、フェリペの予想した通りの戦いになっている。
リーダーは、おそらく敵陣内に、三分の一ほど食い込んだ位置にいるだろう。この広さの陣地だから、彼らが通った細い筋道以外の場所にはまだ千を超える兵士がいて、彼らの背後を脅かすことが容易だ。
今がその時期だ。
さあ、滅びよ。
我が子らよ。
フェリペは、全断ボタンに手を伸ばし、指をかけた。




