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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第三章 死闘(1)

■第三章 死闘


 夜が明けるころ、アルフレッドたちは、政府軍がミネルヴァ軍を包囲している鉄道の南側付近にいた。


 近くに偵察車を止め、徒歩で小さな丘に登ると、両軍の陣営がある程度見渡せる。

 もちろん注意深く偽装されているが、エクスニューロの支援をもってすれば、そこにわずかにあらわれた不自然さを見逃すことも無い。


 南西の小さな川沿いに、中規模の陣地。これは、南方からミネルヴァ軍を追い込んだ別働隊のものだろう。

 そのすぐ北に大規模な陣地があり、これがミネルヴァ軍のものだ。

 その北側に小規模の陣地、そして、東側には戦車も含む大規模な陣地が見えている。いずれも政府軍。

 兵力で勝り、包囲する形を完成させた政府軍はもはや必勝の形だ。


 だが、政府軍の主力部隊がいるであろう東側部隊の後背には第三市があり、ミネルヴァ軍の援軍がまもなく到着するであろうことが予想されている。そのため、政府軍本隊は注意深く両面を警戒し、ミネルヴァ軍を二分した状況を保ったまま降伏か壊滅に追い込む必要がある。


 その第三市からの援軍には、おそらくウィザード部隊が含まれている。

 もしそうであれば、政府軍は易々と中央突破を許してしまうだろう。ウィザードはそれだけ飛びぬけた存在だ。政府軍は警戒してはいても、まだそこまで突き抜けた存在だとまでは知らないはずだ。以前にアユムたちが与えたヒントをもってしても。


 そこまで情勢の分析を終えると、五人はすぐに車に戻り、ウィザードたちが現れるであろう戦場東端へと急いだ。

 空が白んだ頃にはすでに政府軍の攻撃は始まっていたが、東側の本隊の大規模な動きは無い。あくまで第三市からの援軍を迎え撃つ態勢だ。


 第三市へ続く道路が小さな丘の向こうに消えて見えなくなっているところと、正統政府軍本隊の陣地が視界の両端に見える街道の外れに、低木の茂る小さな森を見つける。アルフレッドたちは、偵察車をその森の南側に乗り入れ、厳重にカモフラージュを施した。ウィザードの目から見てもほとんど分からないようにするのは難事ではあったが、道路から確認していたセシリアからは少なくとも彼らが潜んでいる痕跡が見えない程度にまで隠すことには成功した。車を危険に晒さないため、本人たちは街道の北側に移動して茂みに潜む。


 彼方からの銃声や砲声が風向きによっては聞こえるだけの静けさが長い時間続いた。


 実のところ、援軍、すなわちウィザード部隊の到着の遅れは、フェリペが画策した期待通りのものとなった。ミネルヴァ本隊の再反撃能力が十分になくなったところでウィザードを投入し、ウィザードの危機にあっても本隊の救援が望めない状況を作るためだ。そのため、正統政府が戦争準備を進めていることを知りながらもあれやこれやの理由をつけてウィザード部隊そのものは第五市から動かさないよう手を打ったわけだが、その策は見事にはまった。少なくともミネルヴァ軍が完全包囲されるまでそれを引き伸ばせたのだから。結局、ウィザード部隊の到着は翌日の昼にならざるを得なかったのである。


 そしてようやくそのときが来る。

 アルフレッドたちの視界に、第三市から疾走してくる兵員輸送車八台の姿が入った。


***


 その輸送車は、ちょうど政府軍陣地の視界に入る手前で停止した。

 おそらく輸送車の到着は斥候によって政府軍本隊に伝えられているだろうが、ウィザード部隊にとって恐れるべきものではない。むしろ、直感で政府軍からの仕掛けを感じ、一旦停まったのだろう。


 政府軍とウィザードの距離はおおよそ三キロメートルはあるだろう。輸送車から全部で百名以上はいる人間が吐き出された。

 遠目にははっきりしないが、目の良いセシリアが、あれはウィザードだ、と断言した。


 すぐに部隊は散開し、幹線道路から姿を消した。道路沿いのブッシュの中に身を隠して進んでいるのだろう。アユムの話によれば、さほど遠距離でなければ敵の視線が自分たちを見ているかどうかもエクスニューロの力で分かる。だから彼らは、政府軍陣地からの索敵を巧妙に避けながら進んでいるはずだ。


 もちろんそれはアルフレッドたちからしてもそうで、身を隠したウィザードたちを追うことはほとんど不可能だった。唯一、シャーロットだけが、間接的な違和感の感知を超えた量子論的な全知の力でおおよその位置を掴み続けたため、ウィザード部隊の位置を完全に見失わずに済んでいる。


 ウィザードが姿を隠してすぐ、敵陣から戦車が二両出てきて、輸送車を視界に捕らえると、その近辺を激しく砲撃し始めた。輸送車は真っ先に粉々になり、周囲にもいくつもの火柱が上がる。だが、結局、ウィザードの直感に比してそれは遅すぎた。戦車の砲弾がウィザードの一兵でも捉えた兆候はなかった。手ごたえが無いと見えると戦車も砲撃をやめ、砲塔を正面に向けて警戒態勢に戻った。


 アルフレッドたちのいる位置をウィザード部隊の大半が通り過ぎて行ったのは散開してから一時間のちのことだ。

 さらにもう半時間過ぎたとき、シャーロットが異常を告げる。


「武器使用の兆候。大型迫撃砲と見られる」


 直感を働かすときに時折見せる『魔人』の声色で彼女が言いながら指差したのは、政府軍陣地まで約一キロメートルの地点、道路の右側の荒地だ。地形はでこぼこでウィザード兵の姿は隠れている。

 まもなく、その指差した先から白煙が上がる。


「武器撤収、移動開始しました」


 シャーロットがそう言ったとき、政府軍陣地に火花と白煙。直後、真っ赤な炎が上がる。数秒後、轟音がアルフレッドたちのところまで届く。

 政府軍陣地でも黄色い光が戦車の上に何度か閃き、一秒に満たず、炸裂弾がまだ白煙の残るウィザード側発射地点に着弾し、破壊の破片を撒き散らす。しかし、その反撃を予測したウィザードはとっくに被弾しない位置に移動している。


 政府陣地で破壊されたのは、どうやら一台の戦車だ。車体後方の装甲の薄い位置を的確に狙い撃ち、燃料に引火させたらしい。

 試射なしで迫撃砲を命中させ重装甲の戦車を破壊し、反撃をことごとくかわすウィザード。やはり恐るべき人間兵器である。


「相当訓練されてるわね。私でもあんなに上手くやれるかどうか」


「エクスニューロがあれば僕らの指先も相当器用にはなるけれど、やっぱり扱い慣れしてるね、彼らは」


 アユムとエッツォが舌を巻く。


「さあ、行こう。何かがあったときにすぐに追いつける位置にいないと。ロッティ」


 アルフレッドが急かす。


「ウィザード兵に気付かれないレンジを推定しながら進みます。私より前に出ないようお願いします」


 シャーロットが立ち上がり、四人は彼女の後ろを、頭を下げて続いた。



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