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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第二章 義勇(5)


「マカウが秘密を知ってる、って?」


 アルフレッドの話を聞いたアユムは、そう言ってから、少し考え込むような仕草を見せる。


「でもフェリペさんがあそこまで秘密にしていたことを上の人たちが知ってるなんて……信じられません」


 セシリアがつぶやいたが、すぐにアユムが首を横に振った。


「いいえ、彼らが知っている理由は……あるかもしれないわ。ともかく彼らは名目上はこの惑星の支配者なんだし、私たちの知らない彼らの『目』がある、そう思ったほうがいい」


 不思議と確信に満ちた目で言う。


「だからこそ、この話には信憑性がある。もし本当にその通りだとすると……きっと、ミネルヴァのウィザードは皆殺しにされる」


 すると、シャーロットも首を縦に振る。


「そうだと……思う。昨晩、アルと話したの。もしかすると、この最後の戦いが、あたしがずっと前に予感したウィザード皆殺しのことなんじゃないかって……今はウィザードのみんなを見てないから分からないけど、予感で感じたのは……確かに戦場の感じだった」


 以前に感じたのは、新連盟との戦いの最中に味方に裏切られるのではないかという恐怖だったが、戦っている相手まではっきり見えたわけではないし、『味方』も、ミネルヴァ軍とは限らない。『市民を守るべき支配者』を予感の中で味方と錯誤していたとしても矛盾は無い。


「それで、僕の考えを話したい。どちらにしろ僕一人じゃ何も出来ないし、一人でも反対の人がいれば、目をつむる」


 さとくも察したアユムは、ああなるほどね、とつぶやく。


「……望んで……でもないかもしれないが、兵士となって戦っている人を全て救おうなんて思わない。けれど、君たちみたいに気がつけば兵士に仕立て上げられて戦わされていて……弾に当たらない兵士ならまだ救いがあるが、そのお守りがある日、どこかの誰かの都合で突然奪われたら。そんなことを思うと、僕はじっとしていられない。その……」


「アルフレッドさん、私も同じです。助けましょう」


 彼の言わんとするところを察して、セシリアが先回りした。


「……ということね。ロッティも当然異論は無いでしょう? あとはエッツォね。車に戻って連絡を入れましょう」


 シャーロットは首を縦に振り、アルフレッドは、ありがとう、と返した。


「でもエッツォの説得は難しいかもね」


「どうしてだい?」


「どうしてって……もしこれが……」


 言いかけてアユムは中空を眺め、それから視線をアルフレッドに戻し、


「……彼は志願兵ですからね。割と、戦争についてドライに考えてるかも」


「でも彼は死にたくないからウィザードになったんだ。その力を突然奪われる理不尽には同情するんじゃないか」


「ああ……そうね。でも、……ま、話してみましょう」


「そうだとも。さあ、車に戻ろう」


 リーダーとして先頭に立ち、ホールの出口に向かったアルフレッドを、三人はすぐに追った。


***


 通信機の置いてある後部の斥候席から狭い隔壁の隙間を抜けてきて、アユムが運転するアルフレッドに、オーケーだそうよ、と伝えたのは二時間前だった。

 そのとき、アルフレッドは、一体何を話したんだ、と聞いたものだが、アユムは長い付き合いだからね、とだけ答えて、エッツォとの細かいやり取りについてははぐらかした。


 そして、港町でエッツォをピックアップし、再び北へ、正統政府軍とミネルヴァ軍の衝突地点に向かっている。


 ちょうどその時間は、暗闇が地域を覆いはじめ、本格的な戦闘をいったん休止しようと両軍とも思い始めた時間であり、なおかつ、ミネルヴァ軍が完全に包囲されてもはや身動きもならぬ状況に追い込まれた時間でもあった。もちろん、アルフレッドたちはそのような状況を知るはずもない。


 彼らの考えは、ともかくマリアナ川にかかる橋のうち車の通行ができる橋の警備を突破して東に向かうことだった。その先は、まさにウィザードの直感を駆使して両軍の配置を推測し、ミネルヴァ軍のウィザード部隊がどこにいるのかを探り当てることだけだ。

 もちろん積極的に戦闘に関与するつもりはない。

 問題の瞬間は、ウィザード部隊におかしなことが起こり始めたとき、だ。第五市のエクスニューロが破壊されれば間違いなくウィザードの動きが止まり、政府軍の攻勢が始まるだろう。その時、アルフレッドたちは、『ただの人間』に戻ってしまったウィザードたちを救いだし、できるだけ遠くに逃がすのだ。


 どこへ逃がすのかはあてがない。

 ただ、頭の隅にあるのは、『南へ』だ。


 少なくとも新連盟の手による海賊騒ぎは鳴りを潜めているし、最終的にはランダウ騎士団の残党に救助を乞うことだってできる。海岸沿いにまで出てしまえば、海にさえ手が届けば、いかようにもできる。アルフレッドの考えうる最も安全な場所は、海だった。


 考えているうちに、偵察車の走る土手道の先に長大な橋が見えてきた。大昔に人工的に作られた浅い大河の上に作られた桁橋だ。その手前に、第二市に物資を運ぶための大港湾がある。当然、港湾には政府軍の警備が行き届いているため、ここで一旦西に迂回し、警備が手薄なところを通過しなければならない。


 古い地図の通りに道があり、想定どおりの位置に政府軍が警備体制を敷いていたため、大きなトラブルに遭うことも無く橋に向かう街道に出ることができた。

 そして橋まで残り一キロメートルのところに、最後の検問がある。政府軍の偵察車であるため遠目から疑われることは少なかったが、ライセンスプレートや運転手の身元チェックをされれば間違いなく捕まってしまうだろう。この検問だけは騒ぎを起こさずに通ることは不可能だ。


 意を決し、セシリアとエッツォが天井のハッチを開けて車上に出る。腹ばいになって狙撃銃を構え、戦闘態勢をとる。


 まだ相手は油断しているだろう。

 リーダーはアルフレッドだが、戦闘に関する指揮はやはりアユムが任される。そのアユムが、エクスニューロの支援で精密狙撃が可能だと思われる距離までを測り、そして、アタック、の掛け声を上げる。

 セシリアとエッツォが狙撃銃を三秒おきほどで十発ほど連射する。


 エッツォの銃から放たれた弾丸は検問ゲートそばに停められた軍用車の燃料タンク付近に命中し、数発目で着火して爆発を起こした。

 また同時に、兵士の足元を狙ったセシリアの弾丸は、四人いた兵士の脛や腿に命中し、彼らを転がり呻く怪我人に変えた。


 暗闇と爆発の騒ぎと歩哨の怪我に検問は大混乱し、そこを突破する偵察車に対応することができなかった。大河を渡った先の検問でも同様の騒ぎが起こり、そこを突破した一台の偵察車は第三市の西部ルーラルの広陵地に姿を消すこととなった。



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