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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第二章 義勇(2)

「ミネルヴァに政治能力は無い」


「だがマカウはミネルヴァ支持に傾いている」


「ミネルヴァが統治すれば再び戦争が起こるだろう」


「おそらく我々以外のミネルヴァ幹部にもマカウは接触している。正統政府を倒して惑星を統一するという大事業に魅せられるものは必ず出てくるだろう」


「少なくとも軍部は乗るだろうな。圧倒的なウィザードの力に、やつらはもうめろめろだ」


 フェリペを含むオモイカネ首脳は、改めて今後のプランについて話し合っている。

 マカウがでしゃばるのはもう少し先だろうと思っていたゆえに、プランには舵きりが求められている。


「ミネルヴァを敗北させることは容易い」


 重々しくフェリペが言う。

 十六個の瞳が彼の顔を見つめる。


「ミネルヴァ軍の兵力、武装、指揮など、正統政府軍に比べれば児戯のようなものだ。ミネルヴァ軍の戦闘力、こと、新連盟を降伏させるに至った戦力は、完全にウィザードの力だ。軍部の連中は、今やそれがミネルヴァ軍自身の力だと勘違いしている」


 言葉を切って、ため息をつく。憂いと言うよりは呆れに近い感情から来るため息だ。


「軍部が馬鹿揃いで助かる。やつらは本当にあれを自分の力だと過信している。おそらく近いうちに正統政府軍とぶつかり、そして、相当押し込むだろう。ウィザードを先頭にして敵地の奥深くに進撃するだろう」


「間違いないな」


 小男が小声で相槌を打った。


「タイミングを見計らって、エクスニューロによる支援を切る。ウィザードはただの人間に――兵士以下のただの市民に戻り、殺しすぎたウィザードたちは、たちまち虐殺されるだろう」


「そうか、エクスニューロ本体はこの第五市に。戦術計算機センターのブレーカーを落としてしまえば簡単だ」


 だがその声にフェリペは首を振る。


「電源を落とすだけなど生半可なことはしない。その戦闘でミネルヴァが負けることで、ウィザードはもう永遠に不要なのだ。何台かを残して、完全に破壊する。最終的には、この宇宙に残すエクスニューロは、二台だけでいい」


 それは、魔人エレナと魔人シャーロットのそれだ。

 そのことは、オモイカネの共通認識でもある。


 オモイカネは、学術を極めるというミネルヴァの本懐を先鋭化した集団だ。

 脳と情報科学と量子論から生まれた究極の計算機『エクスニューロ』の誕生が、その先鋭化を生んだ。


 そして、さらにそこから生まれた『全知の魔人』。

 オモイカネの意志を一方向に向けるのに十分だった。


 科学者にとって、全知の力には抗いがたい魅力がある。フェリペでなくとも、それにとりつかれては、もう他の目的など見えなくなるだろう。

 だから、二台を残して全て破壊すると明言したフェリペの言葉に対しても、さほど大きな驚きは起こらなかった。ただいくつか、もったいないな、という呟きが聞かれたくらいのものだ。


「――だが問題は」


 若い男が腕を組んで口を開く。


「そのうちの一つ。シャーロット・リリーだ」


「いずれ見つけることは可能だろうが」


 別の男が付け加える。


 実のところ見つけるのは困難だ。

 フェリペが見つけた秘密の方法が通用しないことが、最近判明した。つまり、シャーロット一党の全員のエクスニューロが持ち出されていたのだ。これでは、エクスニューロ本体の通信ログから暗号化されていない刹那の通信の発信地をたどるというフェリペの編み出した方法は使えない。


 惑星は広い。時間が経てば経つほど足跡をたどるのは難しくなる。あまり悠長に放置したくない、と誰もが思う。


「問題は彼らが何を考えているか、だ」


「私には仮説がある」


 再びフェリペ。

 彼は、エンダー教授の話や一つの『実験』の成果から、逃げたウィザードたちの性向を掴みつつある。


「シャーロット・リリー、それから、あれの逃亡をサポートしている連中、やつらは、要するに博愛主義者なのだよ。放っておけばいいものを、お荷物のシャーロットを連れて逃げるばかりか、ランダウ騎士団を動かして第五市襲撃という難事にさえ赴いた」


 エンダー教授から聞いた彼らの様子から、おそらくそうなるだろうと予測し、その情報を漏らすことで共倒れさせるという壮大な『実験』は見事に成功した。


「おそらく、彼らは今後も誰彼なく苦難にあるものを救おうと考えるだろう。同時に、安っぽい仲間意識も強い。彼らが彼らと共通点を持つと考える者が苦境にあると知れば、どうなるだろうね」


 フェリペの言葉の意味を考えていた一同だが、再び小男が顔を上げる。


「……なるほど。正統政府との戦いに出ているウィザードに、やつらは仲間意識を感じるかもしれんな」


「シャーロット・リリーが単にミネルヴァ軍に与することになれば、むしろ我々のプランを妨げる。だからこそ、彼らに情報を漏らそう。戦闘の最中にエクスニューロが破壊される、とな。犯人はマカウにでも押し付ければよかろう。エクスニューロが離れた場所にあると知らぬものにとっては無意味な情報だが、やつらが聞けばすぐにウィザードの虐殺を想像するだろう。やつらはウィザードたちを救出し、安全な場所までエスコートするだろう。その間に、当然、ミネルヴァ軍は決定的な敗北を見る。もちろんそのためにはウィザード部隊が孤立しなければならん。ウィザードはしばらく第五市に留め置いて遅れて参戦する形を取らねばな」


 うむむ、という声がいくつか上がる。

 そううまく行くだろうか、という疑いと、彼らの行動を先読みして新連盟とランダウ騎士団を壊滅させたフェリペの言うことならばあるいは、という期待が入り混じっている。


「いずれにせよ、マカウが予想通りに動いていれば、正統政府も動くだろう。評議会を通じて軍部には正統政府の攻勢に備えるよう指令を出そう」


「そして、またパルマ委員、君の株が上がるというわけか」


 皮肉ともつかぬ言葉を聞いても、フェリペは苦笑を浮かべるだけだ。

 彼はその言葉に苦笑で返すだけでよかった。彼はそれだけの役割を果たしてきたし、これからも果たすのだから。結局、オモイカネの誰も、フェリペに逆らうことなどできない。

 たとえ、魔人エレナ、あるいは魔人シャーロットを手中にしたいと野心を持ったとしても。


 いかなる思惑も彼には通じぬ。

 易々と術中にはまり、彼の旋律で踊ることになるだろうから。



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