第二章 義勇(1)
■第二章 義勇
彼らは、小さな港町に船を着けた。
そこは、彼らが数ヶ月前に来た、ある港。
彼らが正統政府の追っ手から逃れ、たどり着き、そしてランダウ騎士団と遭遇した、まさにその港町、あるいは、小さな海賊団の根城。
ランダウ騎士団が放った火のために町の半分は焼け落ちていた。
埠頭近くの小さな小屋は修繕された痕跡があったが、彼らが調べてみたところ、もぬけの殻だった。食料や燃料を貯蔵すると思われる倉庫も空っぽで、しかし、床には埃の跡も無く、つい最近、内蔵物を運び出したことが伺われた。
実のところ、そこには、新連盟の工作員たる小さな海賊団が住み着いていたのだが、ランダウ騎士団の拠点襲撃に参加し、そして、新連盟の崩壊を受けて散っていた。
小屋を捜索すると通信帯域チップが出てきたが、それは全て使い古した使い捨てのものだった。それを見て、ここを根城にしていたものが大物のバックアップを受けていたであろうこと、それはおそらく新連盟だったであろうことが推測されるに至った。
通信帯域チップは本来は永続権利を保障するものだから、このように投げ捨てていくことはありえない。だが、帯域の一部あるいは一定期間分を使い捨てチップに移し替えることは可能だ。その移し替えの権限も本来は政府レベルの組織にしか持てないものだ。だから論理的に言って、これは政府の関与を肯定している。
実のところ、各政府とも、貴重な自動復元帯域を敵に奪われないよう、敵地に忍び込む工作員のためには、このように使い捨てチップに帯域を移し替えて持たせるのだという。
このような常識をアルフレッドたちは持っていなかった。ランダウ騎士団で教わったことだ。彼らの知る世界がいかに狭かったかを物語る。そして今はそのランダウ騎士団でさえ存在しない。
彼らがこの町に来たのは、その通信チップを求めてでもないし、新たな海賊団が残したかもしれない物資でもなかった。もとより、そこに新たな海賊が住み着くことなど期待していなかった。
しかしここには、彼らが過去に置いてきた物がある。
五人はほとんど薄れてしまった記憶を頼りに、町外れへと向かう。
町の辺縁はほとんど火災の被害に遭っていない。
その一角、町の外の農場で使うのであろう、農家の納屋。
破れた簡易のシャッターはそのままだ。そしてその奥には、防寒用わら状資材の山がある。彼らが置いてきたときには、それはほとんどわらに隠したはずだったが、今は運転席近くまで露出している。
正統政府から脱走するときに奪った補給の用を兼ねた偵察車だ。
魔人シャーロットの直感でセキュリティを破って奪ったそれは、結局、海賊どもがセキュリティを破ることはできなかった。かといって破壊するのも惜しいと思ったと見え、特にあちこちに悪さをするでもなくそのままにされている。盗めば使い道くらいはあったかもしれないタイヤさえそのままだ。正統政府をかく乱するという使命を与えられた新連盟の工作員がその海賊の正体と知れば、彼らがそのような小銭稼ぎにしかならない悪戯に興味がなかったこともうなずける。
再びロックを解除する。
補給物資スペースには、前に積み込んだままの物資が残っている。船に積み込んできた物資と合わせれば、当面生きていくのに困ることはなさそうだ。
アユムが運転して埠頭へ。そしてアルフレッドが中心となって、船から偵察車へ物資の積み替えを行う。
「これからどこへ?」
おおかた必要量の積み替えが終わる頃、アユムが運転席から声をかける。
「考えてなかったが……そうだな、ここから北に少し行けば第二市だ。そこで情報収集をしながら、僕らに出来ることを考えよう」
「都市にいればいざというとき第六市のランダウ騎士団連絡員とも接触できるだろうしね」
アルフレッドの答えにエッツォが補足する。
「問題はこの船ね。海賊に見付かったら大変」
「うん、あたしたちの……エクスニューロも載ってるし」
シャーロットは不安そうに船を見つめる。
「オートパイロットで沖に浮かべておくことはできるが……万全ではないだろうな」
「……僕が残ろうか。ハンドガンもライフルもナイフも使えるのは僕くらいだろう? 防衛に徹するならあらゆる攻撃に対処できたほうがいい」
アルフレッドの心配を受け、エッツォが言う。確かに、もともと一般兵として訓練を受けた経験を持つ彼は多くの武器に精通し、ウィザードとなってからも様々な武器を使いこなす。攻撃型のアユムや支援型のセシリアと違い、ある意味で万能型だな、とアルフレッドも思っている。
「でもそれだったらあたしでも……」
「いや、君は行かないと。様子を伺うのに君の持つ全知の力は必須だ」
シャーロットの申し出を一言で切って捨てると、エッツォはもう一度一同にうなずいて見せた。
「分かったわ、ここはエッツォに任せましょう。でもエッツォ? 妙なこと考えないでね?」
「ふふっ、僕が裏切ると? 裏切るにしても時期があるさ、まだそのときじゃない」
アユムの忠告に笑いながら軽口で返すエッツォを見て、アユムも安心してうなずく。彼女自身、エッツォが何者なのか、もうほとんど確信している。だからこそ、彼が笑ってこう言ってのけるうちは、彼は信用できるとも確信しているのだ。
「たぶん、船の無線機と偵察車の無線機なら、第二市くらいまでは届くと思う。だが万一のこともあるかもしれないから、通信チップを入手できたら持ってくるようにしよう」
「だったら心配しなくていい。隠していたが、虎の子の二枚を持っている」
彼は言って、ジャケットのポケットから五ミリメートル各の小さなチップを出した。残量ありを示す緑の蛍光色が表面に浮かんでいる。
「こういうこともあるかもしれないと思ってね、全部ランダウ騎士団には渡さずにくすねておいた。潔癖症の誰かさんに怒られるかもしれないけどね」
エッツォがアルフレッドに向けてにっと笑うと、アルフレッドはちょっとむっとしたのち、苦笑いで返しながら一枚を受け取った。
「しょうがない、でも、助かる。じゃあ、船は任せる。――行ってくるよ」
「お願いね」
アユムも手を振り、偵察車に乗り込む。
そして、その車は、北方百四十八キロメートルに中心を持つ第二市に向けて走り出した。




