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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
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第一章 統治者(2)


 第五市に、ミネルヴァ内秘密組織『オモイカネ』の全幹部がそろった。

 その筆頭は言うまでもなくフェリペだ。


 旧新連盟領内の占領政策実施機関の主要メンバーとして彼らは呼び集められた。

 手を尽くしてそうしたのも、もちろんフェリペだ。


 もともと大学の自治組織に過ぎなかったミネルヴァが第三市を統治することさえ大きな負担だったのだが、さらに、旧新連盟領、第四市、第五市の統治となると、未知の事業である。

 成算は無い。

 もともとありようが無い。


 フェリペは正しくそのことを理解していたし、オモイカネのメンバーもすべてそうだった。それ以外のミネルヴァ幹部でさえ、この占領が上手くいくと考えるものは少ない。


 それを堂々と口にし、侵略を強行したフェリペを非難する声さえあるが、しかし、中層以下のミネルヴァ構成員は、むしろ彼らの虚栄心ををひどく刺激した『新連盟に対する大勝利』という事実一つでフェリペを支持するものが多かった。結果として、フェリペを罵倒した幹部の発言力は弱まっていた。

 だから、結局彼ら反フェリペ派ができることは、無茶な占領事業をフェリペに一任し、彼が失敗するのを待つことだった。


 フェリペはそこまで分かって、オモイカネを呼び寄せる強引な人事をねじ込んだ。

 事実上、第五市はオモイカネの私物と言ってよかった。


 現市長をミネルヴァとして追認することを発表し、一方で、ミネルヴァ最高法に適合するよう市条例を速やかに改正することを彼に宣言させた。

 第五市の占領が始まって一週間の今日この時点までの、第五市占領政策の成果はこれだけだった。


 昼間は第五市役所での執務、そして、夜はこうして、戦術計算機センターの一室で、フェリペたちはこうして集まっていた。


「ランダウ騎士団の情報は入ったかね」


 いつものように最初に口を開いたのはフェリペ。


「ええ、本日ようやく。拠点を放棄した模様です」


 物腰の柔らかい男が応える。


「そうか、新連盟も最後に一矢報いて、満足だろう」


 その言葉に、くすくすと小さな笑いが起こる。


「どのような魔法を使ったので」


「何ということはない、ランダウ騎士団に紛れておった脱走ウィザードが、第五市に向かうように仕向けただけだ」


 それは実のところ偶然に近い奇跡だった。

 彼は準備不足でシャーロット・リリーを逃がしただけだったが、結果として、彼女を救おうとする彼らを第五市に向かわせ、その情報を得てすぐに適度に新連盟にリークすることで相打ちに持ち込むことができた。

 あまりの手際に、フェリペ自身さえ、実は最初からこれを狙ってシャーロット脱走を含めすべてを操ってきたのだ、という錯覚さえ覚え始めている。


「ウィザードに依存し始めていたランダウ騎士団は、ウィザードたちと行動を共にするのは自明であった」


 まだ本心ではそうは思っていないが、いずれ、本心からこう思い込むようになるかもしれぬ。


 彼は客観的に将来的な自分のうぬぼれを分析する。


 むしろ、そうすべきなのだ。

 リーダーに求められるのは、自信にあふれる態度。

 特に、このようなタイプの陰謀団においては、堂々とした立ち振る舞いを崩せば途端に立場を失う。


「ともかく、オモイカネがこうしてもっとも安全な位置を確保できた以上、第五市統治にほころびが出る前に次に進むべきでしょう?」


 若い金髪の男がフェリペに向けて言う。


「そうだな、早期に正統政府との衝突、そして、ミネルヴァの崩壊」


「第五市に正統政府の占領軍が入るまで数日はかかる、その間の混乱中に情報隠ぺい工作を済ませて、亡命、ですな」


「うむ。正統政府内に我々全員のポストを準備する工作も進行中だ。そっちの報告は」


 フェリペが促すと、また別の男が手を上げる。


「新規報告は無い。だが来週までの予定で替え玉となる第一市市民を三十名ほどスカウトする計画について障害があったという連絡も、また、無い」


 ぶっきらぼうに答えたのを見て、フェリペは満足そうにうなずく。


「よろしい。いずれにせよ、あと半年もしないうちに状況は大きく動く。各自、身辺の整理を始めるように」


 毎晩の会合の締めくくりとして、いつもと同じように言って彼が立とうとした時だった。


 聞いたことも無いごうごうと唸る音が空から響いてくる。二階の簡易会議室は防音も乏しく、それは誰もがはっと見上げるほどの音となって届いた。

 書記官の身分の男に、何があったか調べてこい、と命じ、フェリペは浮かしかけた腰を再び落ち着ける。


 すぐに爆発音が聞こえないところを見るとミサイルではない。

 だが、あのような轟音を発するものと言えば、ミサイルか、ホーバークラフトか。ランダウ騎士団の復讐か、と身構えた。


 あるいは。


 それは、マリアナの表面から消えて久しい『飛行物体』やもしれぬ。

 彼には、飛行物体がここに飛来するかすかな心当たりがあった。

 だから、いくつかの轟音事件犯人候補の中に、無意識に『飛行物体』を列していた。


 間もなく、書記官が息を切らせて帰ってくる。


「パルマ様っ、そっ、その、センター街中央通りに……ひ、飛行機の着陸です!」


 そして、その報告は、結果としてフェリペのかすかな予感を裏付けるものだった。

 彼はすでに手元で用意していた無線機を取り出し、スイッチを入れる。


「……エレナ、ウィザードを連れて中央通り、飛行物体着陸地点へ。相手が友好的であれば、この会議場にお連れするように」


『――了解。敵性の場合は』


「通信手段の破壊を優先。その後、捕縛を優先として戦闘で排除」


『了解しました』


 上階で待機させてあった、魔人エレナを動かす。


 本当なら他の部下でも良かった。だが、相手が相手だ。フェリペは、その予測した相手を過小評価しない。


 この惑星で飛行物体を扱えるのは、唯一、『大マカウ国』だけだ。この惑星の真の支配者。

 マリアナ表面とは一線を隔す宇宙級の技術や装備を持つ相手だ。


 ミネルヴァの大攻勢、新連盟とランダウ騎士団という二勢力の壊滅。この事態に対して、彼らがついに積極的な戦略を打ちはじめたということだ。

 そうなるであろう予感はほのかに感じていた。


 そして、その接触は、事態の中心に居続けたミネルヴァに対してとなるだろうことも。

 とは言え、建前上はミネルヴァの首脳は第三市にあるはずだ。第五市を彼らが訪ねてきたということは、彼らがこちらが思っているよりも深くミネルヴァの秘密を理解しているのやも知れぬ。


 このオモイカネという秘密集団のことも、彼らは知っている――?


 それは考えがたい。

 だが、その可能性はあるにはあるのだ。


 フェリペは、手短に彼の考えをオモイカネの面々に伝え、慎重に接するよう、ありていに言えば、フェリペ以外のものは口を開かぬよう、念を押して、『賓客』の到着を待った。



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