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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第三部 マリアナの女神
53/83

第一章 統治者(1)

★第二部まえがき★


 全三部構成の「マリアナの女神と補給兵」、その最終部全七章です。

 魔人と補給兵の行く末はいったいどうなるのか。

 惑星マリアナの行く末はいったいどうなるのか。


 では、どうぞ。


★★


マリアナの女神と補給兵Ⅲ


■第一章 統治者


 彼らの周囲には、青い海が広がっている。

 どこまでもどこまでも広がる海。


 ミネラル濃度が低く浅い海は、地球のそれよりもはるかに鮮やかな青さを見せる。

 惑星マリアナの海は、誕生して百年を経過していないからだ。


 地球基準で考えれば極めて小さな唯一の大陸のその南方に浮かぶさらに小さな島の、第六市と呼ばれる工業都市で、アルフレッド・レムスたちは十分の食料と燃料を受け取って、再び広い海に出ていた。


 どこに行く当てもない。


 ただ、第六市に立ち寄ったときに聞いた新しい情報があった。

 彼らがかつて属していた組織、ミネルヴァが、大陸東端の勢力新マリアナ連盟を降伏させ、第四市、第五市を支配下に収めた、というものだった。


 その戦局の変化に、彼らは少なからずかかわっていた。

 彼らの属している海賊団『ランダウ騎士団』が、彼らの仲間の一人、シャーロット・リリーを救うために、第五市に大攻勢をかけたからだ。


 結果、シャーロットを救うことはできたが、裏をかかれた騎士団は大打撃を受け、事実上、解散してしまった。

 一方、騎士団が第五市に攻撃を加えたことが引き金となって、新連盟もミネルヴァの攻勢を受けて滅亡してしまったのだった。


 ――全てが操られている。


 アルフレッドは考える。

 すべて、やつの思惑通りだ。


 フェリペ・ロドリゴ・デ・パルマ。


 ミネルヴァの最高幹部の一人であり、さらにその内の秘密組織オモイカネの創設者。

 ミネルヴァに内紛を起こし、ロッティを窮地に追い込み。

 今思えば僕らを第五市に赴くよう示唆したエンダー教授も、彼の手の内だったのだろう。


 僕らとランダウ騎士団が、戦姫シャーロットを失えないことを知っていた。

 第五市に彼女を救う鍵があると知れば必ず向かうと知っていた。

 どこまでがやつの計算だったのか。どこから踊らされていたのか。


 僕らは間違ってしまった。

 僕らに与える役がなくなれば、彼は容赦なくロッティを奪いにくるだろう。


 やつは、戦争に飽いている。

 戦争を終わらせさえすればよいと考えている。

 とすれば、戦争を終わらせなければいい。


 どちらかが勝ちすぎないように、僕らの力で戦局を操作する。


 そうとも。

 今度は僕らが操る番だ。


 アルフレッドの考えはある意味で倒錯した思想なのだが、フェリペに操られて多くの仲間を失い、自分たちの居場所さえ失ったという悔恨の情は、戦乱が続く不幸を予想してもなお、補いがたいものだった。


 この小さな集団を率いることになった彼は、こうした激情の多くを語ることはなかったが、『義賊として正規軍の犠牲となる人々を救う』と称し、大陸に向かうことを了承させていた。


 彼の副官にして元リーダー、アユム・プレシアードは、それでも、彼の倒錯した感情をある程度理解していた。理解したうえでも、フェリペという男が覇権を握ることが、この星、あるいは、彼女の友人シャーロットにとって不幸でしかないと結論し、彼に賛同した。


 セシリア・ヒッタヴァイネンは、人を傷つけることの不幸に耐えている。それは、アルフレッドとの約束。彼女の狙撃銃が守れる人がある限り、銃を握り続ける、と。彼女にとってそれは、もちろん、今一緒にいる四人の仲間全てを指していた。


 エッツォ・パダリーノは、本来は傍観者であり続けたいと考えていた。生きるために、生きて観察し続けるために『ウィザード』となった。そして彼は、やはり観察を続ける。この惑星で最も尊いに違いないシャーロットという『魔人』と、その友人たちを。


 そして、シャーロット・リリーは、ただ優しくありたいと願っている。彼女自身が、一時は『魔人』の無情に支配され行った愚行を償う機会を求め続けている。そして、アルフレッドとともにあればそれが見つかると信じて、彼とともにある。こと戦闘となれば、彼女を傷つけることができるものはこの惑星上にたった一人しかいないほどの恐るべき能力を持ちながら、彼女は優しくありたいと願っていた。


 五人を乗せた小さな戦闘艇(もとは護衛艇と呼ばれていた――ランダウ騎士団の母船が浮いている間は――)は、北に向けてゆっくりと走っている。

 近く勃発すると予想される、正統マリアナ政府とミネルヴァの衝突の最前線に向けて。


***


 惑星マリアナのはるか上空。

 惑星中心基準で八十万キロメートル余りの高高度周回軌道を回る、超光速投擲装置『カノン』のそばに、一隻の宇宙戦艦が浮かんでいる。


 マリアナ統治のための行政機能を果たすために多くの兵装を取り外し遠心力による擬似重力システムまで盛り込んだそれは、大国『大マカウ国』のものだ。


 いつものように巨大パネルを前に報告を待つ老人は、マリアナ総督、ネイサン・アスター。

 その向かいには、惑星マリアナの開発事業をマカウ国から落札したグッリェルミネッティ商会折衝役の赤髪の壮年、セバスティアーノ・ニコリーニが座っている。


 数日前から、地上で大規模な動乱が起きている。


 もともと、マリアナ開発を担っていたケスラー商会が後ろ盾となる政府が統治していたが、同商会の倒産で政府も崩壊、無法地帯となった。

 そこに、新たに領有の名乗りを上げたのが、大マカウ国だったのだが、彼らは積極的に混乱の鎮圧に当たらず、ただ、動向を見守った。

 やがて、旧政府の流れを汲む正統マリアナ政府をはじめとするいくつかの勢力が固定されてきたところで、正統政府の勢力を支援して惑星統一事業を完成させようと画策していた。その矢先、学者集団、ミネルヴァが戦術的な勝利を収め、実質の二大勢力の一角として正統政府と対峙することになったのだ。


 大マカウ国としては、再び岐路に立たされている。


 勢いづき、特殊兵『ウィザード』とその基礎技術『エクスニューロ』を持つミネルヴァを支援すべきか。

 国力に勝り旧政府の流れを汲む正統政府か。


 いずれを支援すべきかを再考するときに差し掛かっていた。


 そしてそれは、総督の独裁で決めねばならないことであった。その決断も含め、総督の能力が試されているのだ。

 失敗すれば新たな総督が乗り込んできて、現総督は更迭される。

 統治失敗のつけを取り戻すために負担しなければならない莫大な労力を考えれば、極めて厳しい処分が下されることになるだろう。


 だから、ネイサンは失敗するわけにはいかなかった。

 だからこそ、勢力が絞られ、失敗の可能性が極限まで小さくなる瞬間まで、不干渉を貫かねばならなかった。

 そして、彼は、彼が頼みとしているセバスティアーノを幹部会議室に呼び、最後の決断を下そうとしている。


「ニコリーニ君、もう一度、君の意見を聞いておこう。我々は、この最終局面で、どうすべきだと思うね」


「はい、閣下」


 セバスティアーノは軽く頭を下げ、敬意を示してから、口を開く。


「……ミネルヴァを、支援すべきでしょう」


「その理由は」


「閣下もご存知の通り、正統政府は、正統と言いながらも、結局は、旧首都第一市に発生したことだけをその正統性の根拠としております。まずこの点で、正統政府を正統と認める理由はございません」


 セバスティアーノが言葉を切るが、ネイサンは特に口を挟まず、顎だけで先を促した。


「――では。ミネルヴァは、学術を戦乱から守るという名目で設立された集団ではありますが、第四市、第五市を支配下に収め、さらに、無敵の兵士ウィザードを擁します。戦力では正統政府を圧倒しておりましょう」


「だが君、戦術的に都市を占拠することと、占領し統治することは別だよ。ミネルヴァにその能力があると?」


「――ございますまい。であればこそ、ミネルヴァが統治能力を持つ正統政府を滅ぼしてしまう前に、彼らに接触し、彼らに統治能力を付与せねばなりません」


「ふむ」


 ネイサンは、彼の言葉に満足げにうなずく。


「彼らは戦力こそ圧倒的になりつつありますが、資源、特に食糧生産に不安を抱えております。我々がその方面の支援を申し出て、彼らに影響を及ぼすことを受け入れさせる。次いで、マカウ国から政務能力の優れた人材を派遣すれば、適度な自治と適度な統制が両立しましょう」


 その言葉は、ほぼ、ネイサンの考えを追認していた。


 そもそも、ミネルヴァと新連盟はもっと長く戦い、その間に正統政府は領域内の反政府勢力の掃討を終えるはずだった。

 新連盟はそれに対抗するために正統政府領内に工作員を送り込みテロリズムを繰り返していたし、ミネルヴァもあえてそれを見逃して背後を安定させ新連盟と戦っていた。それでも、地力に勝る正統政府は、この先十年のうちには山岳部も含めて完全な統治を成し遂げるはずだった。


 ところが、ミネルヴァが作り出した万能兵士ウィザードは戦局を大きく変化させた。

 そのことに気付いたのは、ほかならぬセバスティアーノだった。戦局の不自然な変化をすばやく察知した彼はすぐに工作員をミネルヴァに送り込み、情報収集を始めた。ネイサンがその報告を受けたのは、すっかり潜入が済んでからだった。


 だが、結果としてそれが良かった。


 現にミネルヴァは新連盟を圧倒し、滅ぼした。もし潜入者がいなければ、彼らが何を為したのかの情報は、現状の半分も得られなかったかも知れぬ。

 潜入が半年遅れていれば、もしかするとミネルヴァの逆襲をお膳立てした『ウィザード』という存在にさえまだ気付いていなかったかもしれなかった。


 だからこそネイサンは彼を高く評価し、常に判断のときそばにおいていた。

 その彼が、ネイサンの心変わりを結果として支持したことは、彼の決断を後押しした。


「よろしい。ありがとうニコリーニ君。――ロブ、すぐに降下準備を」


 ネイサンに呼ばれた秘書は、敬礼して彼の命令の実行に取り掛かった。



★第二部まえがき続き★


 寄るべき木を亡くした魔法使いたち。


 彼らは、さらに大きな歴史の渦に巻き込まれ、あるいは、渦をかき乱していきます。


 引き続き第二部をお楽しみください。


★★

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