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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第一章 知の砦(4)


 第三市の郊外に出た頃にはもう真っ暗になっていた。

 夜間の行軍は危険だと説得し、ひそかに持ち出していた野営用キットですばやくテントを二人分、張る。

 それぞれ一食分の糧食を、ものの数分で胃に収める。


 ガスランタンを囲む二人は、無言。

 耐えられなくなったアルフレッドが、口を開く。


「この後の作戦は?」


 シャーロットは瞬きもせずに顔を彼のほうに向ける。


「前線を視認できる位置まで前進。僚友の位置を確認し、視認にて捕捉を継続。夜間野営地にて接触」


 彼女は最小限の言葉を並べて、これからすべきことを示した。

 つまり、どこか高台から前線を偵察し、ウィザード部隊の位置を確かめたら、夜を待って接触するというわけだ。


 少なくとも戦いになることは無いだろう。

 正直に言うと、一度も戦闘を経験したことの無かったアルフレッドは、ほっと胸をなでおろす。


「だったら、戦闘はないだろう。エクスニューロを外せよ」


 しかし、シャーロットは首を横に振った。


「市外は独立武装勢力による襲撃の危険が残存。夜間の突発的な戦闘に備える」


 その言葉に、アルフレッドは、そうか、と応えるしかなかった。


 第三市とその周囲のルーラルエリアはすべてミネルヴァが制圧しているはずだが、それでも、山岳地帯に逃げ込んで夜盗まがいの活動をしている勢力があることは聞いたことがある。


 そういったものが夜中に襲ってきたとき、確かに自分ひとりで戦える自身は無い。

 ましてや、あの怖がりのシャーロットには、何もできないだろう。

 ウィザード・シャーロットに頼るしかないのは自明だった。


 紙で持ってきた地図を広げてみる。

 現在地は、第三市の東端から徒歩で一時間ほどのところ。


 これから半ばまでを横断しなければならない第三市東部ルーラルの幅は、五十キロメートル近くある。

 ちょうど中央を分かつように流れている小さな川が、現在の最前線だ。

 だから、あと、二十五キロメートルを単独で行軍しなければならない。


 軽装だし、少し無理をすれば明日中にはつくだろう。

 何本かの舗装道路もあったから、モーター・スクーターの一つでもこっそり持ち出してくればまだ楽だったかもしれない。

 だが、舗装道路を不用意に走ることは、脱走したての友軍に見つかる危険性とともにある。

 少し古い未舗装のわき道を進むのが、やはり安全だ。

 案の定、そのわき道には人の行き交いは無く、こうして道のすぐ脇の小さな空き地で堂々と野営ができる。


 山側に近く少し高い位置を通るわき道なので、昼間なら、眼下に穀倉畑が広がるのが見えただろう。

 今は、ぽつりぽつりと農家の窓から漏れる明かりが遠くに見えるだけだ。


「あなたは協力する必要が無い」


 唐突にシャーロットが言った。


「……そうかもな」


「あなたが私に協力する理由の説明が必要」


 そうきたか、とアルフレッドは苦笑する。


 いろいろな言葉が思いつく。


 殺し合いを嫌がっている女の子の心の平穏のため。

 ちょっと気の弱い女の子のボディガード。

 女の子を一人で行かせるなんて男として後味が悪い。

 ウィザードとエクスニューロにちょっと興味が出てきて。


 だが、最終的に彼が言葉にしたのは、


「……僚友だからだ」


 の数単語だけだった。


 シャーロットの持った疑問に対しては、それだけで十分だった。


***


 早朝に出発し、まだ日の残るうちに最前線に到着することができた。


 目立つ高台は偵察拠点にもなっているため、前線である川からはだいぶ引いたところで、友軍の陣地を一望できる場所を探す。


 戦闘らしき戦闘は行われていない。

 川を渡るための橋がことごとく切り落とされていて、両軍ともに攻めあぐねているようだった。


 シャーロットは、すばらしい視力でウィザード部隊らしき人影を見つけた。

 その宿営地をしっかりと確認し、闇が落ちてきてから行動を開始する。


 このようにすれば見つからずに進める、とシャーロットが示すとおりに進むと、確かに不思議と二人とも誰にもとがめられない。

 真っ向からの戦闘よりは、こういった隠密活動に向いたシステムかもしれないな、とアルフレッドは思ったものだ。


 簡易のカーボン資材で組まれた兵舎のひとつが、あらかじめウィザード部隊がいると分かっている兵舎だ。

 ここには三人だけ、ほかは分からない、とシャーロットがつぶやく。

 夕刻に見たときは一人の姿しか確認できなかったアルフレッドだが、そのシャーロットの視力に舌を巻く。


 周囲の人の行き来が完全に無くなるのを待って兵舎の前に進み、扉を開ける。


 中には、二人の女性と一人の男性がいた。

 全員が、シャーロットが最初に来ていたのと同じ白い制服、そして、左耳の上にエクスニューロ。

 全員が驚いてシャーロットを見つめる。


「ロッティ! ロッティじゃない! どうしたの、三日前の戦闘で行方不明になったって聞いてたのよ」


 シャーロットよりももう少し小柄な黒髪の娘が、興奮を隠さず、しかし声量を落として立ち上がり、駆け寄る。


「脱走した。ウィザード部隊は残らず殺害される」


「シャーロット、ここには三人もウィザードがいる。もういいだろう」


 さすがに片言での会話で伝わる内容とは思えず、アルフレッドはシャーロットのエクスニューロに手を伸ばした。

 彼女もそれを了承し、アルフレッド手を払いのけて自分でそれを外した。


「アユム……会えてよかった」


 表情をふっと緩めて、シャーロットはつぶやくように言いながら黒髪の娘に両腕を伸ばす。


「私もよ、ロッティ。死んじゃったと思ってたの」


 二人は改めて抱き合い、無事を喜ぶ。


「セシリア……ごめんね、裏切るような真似をして」


「いいんですシャーロットさん。きっと深い理由があるんだって、分かってますから」


 セシリアと呼ばれた、シャーロットより少し大柄だが金髪碧眼で幼さの残る顔の少女も、シャーロットの手をとる。


「エッツォ、……ごめんね」


「いや、無事でよかった。君がいないと、この小隊の戦力はがた落ちだ」


 アルフレッドと同じくらいの上背だがひどく線の細い彼も、セシリアと同じ金髪碧眼だった。


「そっちの、彼は?」


 と、アユムがシャーロットに尋ねる。


「あ、あの、こっちは、その……」


「僕はアルフレッド・レムス。シャーロットが大学に駆け込んできたので、少し匿う手伝いをした。補給部所属……だったけど、今は、逃亡兵」


「そう、ロッティを助けてくれてありがとう、アル。私はアユム・プレシアード、よろしく。それから、あっちがセシリア・ヒッタヴァイネン、それと、エッツォ・パダリーノ」


 アルフレッドは紹介を受けながら、それぞれと握手を交わした。


「もう、大丈夫なのね?」


 アユムが再びシャーロットに尋ねると、シャーロットは首を横に振った。


「あたし……みんなを助けに来たの」


「助けに? 私たち、この通り、何も困ってないわよ」


「この三日間、衝突が無かったおかげだろうけどね」


 アユムの言葉に、エッツォが付け加える。


「違うの……みんな死んじゃうの。このままだと、みんな死んじゃう……」


「変なこと言わないで。……ロッティ、それって、もしかして、あなたの『確信』なの?」


「うん……」


 その返事に、三人は顔を見合わせる。


「だったらただ事じゃないかもね」


「待ってくれ、どうしてそうなるんだ」


 たまりかねてアルフレッドは横から口を出す。


「アル……あなた、もう、エクスニューロのことは聞いた?」


「あ、ああ」


 アルフレッドはアユムの迫力に押されながらも首を縦に振る。


「これは不思議な機械。私たちの脳の感覚を、信じられないくらいに拡張して……そう、『確信』するの。普通の感覚じゃ分からないようなことを、ね。たとえば、相手が銃を構えたとき、その銃口から飛び出てくる弾丸の飛線が、はっきりと見えたり。とても小さな兆候からいろんなことを確信させてくれるのよ」


「だからと言って、シャーロットの言うような未来予知のようなことは」


「シャーロットさんは元から感性が鋭いんです。私たちでも気づかないようなことをいつも真っ先に気付いてくれるんです」


 セシリアがアユムに代わって応える。


「僕はウィザードとしてはまだ新兵だけど、シャーロットの能力にはいつも驚かされるよ」


 エッツォがさらに付け加え、


「その彼女が、僕らの身が危ないと感じたのだとしたら、それはきっと、何かそういう兆候がすでに起こってるんだろう。たとえば、連盟軍が対エクスニューロの新兵器を準備しているだとか、そういうことを、たとえば敵の部隊配置のわずかなブレから読んだ、そういうことだってありうる」


 そのように言われてみると、アルフレッドも思い当たる節がある。

 エクスニューロを外した彼女は、いつも周囲を気にしておどおどとしている。いつも何かを恐れている。

 もしかするとそんな感性が、エクスニューロの予測入力により多くの情報を与えているのかもしれない。


「ロッティが言うんなら、私たちの身は本当に危ないのかもね」


「そ、そうだ、シャーロットは」


 アルフレッドは思い出していた。

 しょせん妄想だろうと忘れていたことを。


「ミネルヴァの誰かが、君たちを皆殺しにすると」


「あっ……、そ、そうなの!」


 あわててシャーロットもそれを肯定する。

 それを聞いた三人の顔が凍る。

 お互いに見つめあい、そして、その顔はすぐに本当の不安をあらわにした。


「おかしな話だけれど……ロッティが言うなら」


 ここでもまたアユムは、シャーロットの確信に対する不思議なほど強い信頼を見せる。


「たとえばの話、僕らの戦功が邪魔になった功名心の強い人間が、背中からだまし討ちを考えている、そんなことも考えられるからね」


「気がついたらこんな場所で戦わされる羽目になってて、そのお礼がだまし討ちかあ……あーあ。うんざりですねえ」


 セシリアは、ため息をつきながら、すぐ後ろの椅子にころんと座り込んだ。


「……逃げましょっか」


 ぼそっ、とアユムがつぶやいた。


「誰のために戦ってるわけでもないし。私たちが命を懸けて学生だの研究者だのを守って、結局彼らが作ったのはこのエクスニューロでしょう? 戦うための道具を作るために戦うなんて、ナンセンス」


「さんせーい。シャーロットさんももちろん?」


 セシリアの問いに、シャーロットは三度も首を縦に振った。


「どうしようかな、僕は志願してウィザードに入った手前、ここで脱走ってわけにも……」


「強制はしないわ。でも、もし私に友情を感じてくれてるんなら、黙っててくれない?」


「……しばらく、考えるよ。ともかく、ついていこう。いずれ戻るかもしれないっていう前提で」


 そのエッツォの言葉に、アユムは微笑んでうなずいた。


「じゃ、見つからないうちに行きましょうか。……あ、アル、どうする? あなたもそのまま逃げ続けるなら、私たちと一緒にいるのが一番安全よ?」


 それはそうだろうな、とアルフレッドは思う。


 大柄な彼をたちまち倒すウィザードという無敵の兵士。

 それが四人もいれば、そこはこの惑星上でもっとも安全な場所に違いない。


 彼らについていく。

 それは、戦いを捨てるということ。


 誰のために戦うのか?

 あの学生たちのために?

 その信念は、本当に自分のものか?


 考え直す時間くらいはあってもいい。


「……僕も行こう」


 アルフレッドの答えに、アユムは笑顔でうなずいた。



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