第五章 混乱と混戦(2)
第一報は、第一撃を放った後に届いた。
第二報は、窓から見える海岸に真っ赤な炎が上がるのと同時に届いた。
新マリアナ連盟議長、グレゴリー・マッカラムは、その晩、床についていなかった。
どこかからかもたらされた、『ランダウ騎士団急襲』の情報は、半信半疑ながらも、彼に徹夜の決意をさせたのだった。
と言って、新マリアナ連盟の主力部隊はミネルヴァと対峙している。ミネルヴァに内乱が起こったという知らせがあってから、前線を進めるためにさらに増強さえした。だから、第五市を守備する兵力は、警察に毛が生えた程度のものだ。
それでも、守備隊の半数を寝ずの警戒に当たらせたのは、もたらされた情報があまりに具体的だったからだ。
三日前にその情報が届くや、先手を打つために、正統マリアナ政府を名乗る賊軍の支配地域に展開していた偽装海賊の全てを第六市島北西部のランダウ騎士団拠点に進撃させることも決定した。その拠点情報ももたらされた情報の一つだ。
だが結局、途中でランダウ騎士団と遭遇したという報告は入っていない。まだ洋上で、第六市島まで半日の距離があると言う。高性能のエンジンを持つランダウ騎士団とはやはり船足が違うものらしい。
そして、ほぼ予想通りの期日に、ランダウ騎士団は第五市を襲ってきた。
彼らの目的までは分からない。もたらされた情報は、それを語らなかった。
だが、もしかすると、大陸南岸に巣食う偽装海賊が新連盟の指揮下にあるということを確信し、根絶を狙ってきたのかもしれない。
それにしても、第六市の大得意である新連盟を壊滅させることは彼らに利のあることではあるまい。
そこだけはどうしても腑に落ちなかった。
配備された対地ミサイルは少ないが、大型船一隻と小型船が何隻かくらいの船団なら容易に殲滅できるだろう。
そう思っていたが、敵方からのミサイル攻撃はやむ気配が無い。
痺れを切らし、グレゴリーは、自分の足で作戦指令室に向かった。
彼の自宅である評議員官舎から軍の司令部までは徒歩で五分もかからない。
三度の誰何を潜り抜けて司令室に入ると、怒号が飛び交っている。最高権力者であるグレゴリーが入ってきたことにさえ気付かないものもいる。
「敵の位置は」
彼が声をかけると、担当者の一人が振り返り、あわてて敬礼をする。
「沖、数キロメートルの位置に展開しています。また、高速艇が沿岸に向かっています」
「迎撃は」
「アンチミサイルシステムがあるようで、ミサイルが効きません、ひきつけて残弾で迎撃します」
担当者が応えた瞬間、低い地響きが伝わってくる。
「東部基地にミサイル着弾!」
「沿岸部にも着弾あり、砲撃です!」
沖合いを映しているモニターを眺めると、拡大した視界の中央で連続して閃光がひらめいている。
それと同じ間隔で時に大きく、時に遠くから響いてくる地響き。
街はどうなっているだろう。
ミサイルが効かない相手からの砲撃。
これほど厄介なものだとは誰も思わなかった。
マリアナでの戦乱が始まってから、これほど大規模な艦砲射撃が行われた例はなかっただろう。
海はランダウ騎士団が事実上支配し、その上、彼らは大陸に対する積極的な野心を持っていなかったからだ。
その彼らが、ついに牙をむいた。
よりによって、この、新連盟に。
「反撃はどうした、対戦車砲があるだろう!」
つい、グレゴリーは声を荒らげる。
「射程外です」
「曲射砲は」
「全砲門最前線です」
その間も、司令部はぐらぐらと揺れ続ける。
「敵上陸部隊目視! センター街に向けて二隻、西部に二隻、東部に二隻」
「センター街を守れ!」
とっさに、もっとも人口が多く、省庁や司令部の集中するセンター街の守備を命じる。
有事下においては、議長が指揮に口出しすることは異常なことなのだろうが、そうせざるを得なかった。
すぐに命令の趣旨が伝えられ、即座に参謀本部が対戦車ミサイルでの迎撃を命じる。
センター街近辺に展開し、敵のミサイルによる破壊から免れていたランチャーが火を噴いて、一隻を撃沈したことが伝えられる。
さらに、他の部隊も応戦に向かう。
ともかく、敵の地上戦力をセンター街に入れることだけは避けねばならない。
「西部からセンター街に続く海岸線を封鎖して死守。一部部隊を遊撃および重要拠点防備のため侵入させろ。東部は鉱山地帯を集中的に防備、アイレス橋を落としてセンター街への侵入を防げ!」
司令官の命令が響き、司令部内で通信兵があわただしく動き始める。
ちょうどその時、連盟書記アルバート・ボーアが司令部に入ってくる。グレゴリーの姿を認めると軽く敬礼し、彼のそばに歩み寄る。
「情報どおりでしたな」
「ああ。住民の避難の準備をしておいてよかった」
「だが、彼らの目的が分かりませんな」
「所詮、野獣の群れだ。確たる目的もなく狼藉を働くこともあるだろう」
そう言いつつも、彼らが何を目指して、国力に勝る新連盟に正面からぶつかってきたのか、グレゴリーは不気味なものを感じる。
再びモニターを見やる。
街のあちこちに砲弾が落ち火柱が上がっている。
ここまで無差別な破壊をする必要があるだろうか?
何かを為すための陽動作戦ではないだろうか?
だが、その『何か』が分からない。
「敵上陸部隊と交戦状態に入りました、場所はセンター街南九街区!」
通信兵が叫ぶ。
「西部南五街区にも敵上陸!」
さらに別の報告。
「敵兵の行動を分析しながら、被害を最小限に抑えて拠点防衛。突出するな!」
司令官の命令を、通信兵がリレーする。
「司令、敵の目的が分かったらすぐ知らせたまえ。私は隣室にいる」
これ以上議長がここにいると前線を混乱させかねないと判断したグレゴリーは、それだけを言い残して司令室を後にした。
隣室に移っても、喧騒はさほど変わらない。敵の砲撃に市街全域が揺さぶられている。地震が少ないこの惑星では、この程度の揺れでも、天井材にひびが入り砂埃が落ちてくる。もちろん建物の躯体はミサイルの直撃にも耐えるように作っているが、内装はそうではなかった。
グレゴリーとアルバートは、黙って向かい合って座っている。
時々、戦況を知らせる報告が入るが、なかなか敵の目標は分からない。
なんでも、市街で店舗を破って略奪をしている、らしいのだが、この新同盟の首都で略奪など、いくらなんでも度が外れている。
時刻は夜明けに向かおうとしている。
「明るくなれば、ともかく敵の船団は視認できるだろうな」
「それまでは防戦、ということでしょうかな」
アルバートは返しながら、煙草に火をつける。
「私にはもう一つ気にかかっていることがある」
腕組みを崩さずにグレゴリーが言う。
「なぜ、我々は彼らの急襲を事前に察知できたのだろう。その情報元が、まだわからんことだ」
「大元は第四市の港の噂話ということでしたが」
そのことはグレゴリーも聞いている。
新連盟の貿易の窓口、第四市南方の港町。第六市と交易状態にあるその町には、もちろん、第六市とかかわりの深いランダウ騎士団の噂も時折入ってくる。
だが、それにしても、これだけ迅速な作戦行動の情報が、彼らが訪れるより速く、港町の酒場経由で新連盟の議長の耳にまで届くものだろうか。
誰かが意図的に情報を漏らしたとしか思えない。
そういったことをざっとグレゴリーが説明すると、アルバートも彼と同じような腕組み姿に変わった。
「そう、それと同時に、我々がランダウ騎士団の拠点の情報さえ得ていたことだ」
「たまたま時機が符合したにしては、不自然すぎるタイミングですな、確かに」
その情報があったからこそ、対抗手段として、大陸南岸の子飼いの海賊どもを兵站破壊の目的でランダウ騎士団の拠点に送り込むことができた。
襲撃に成功したという報告はまだないが、この第五市に正面切って攻撃を仕掛けてくるほどの大兵力を動員した以上、拠点は手薄だろう。拠点の位置が知られているということさえ彼らは気付いていないはずだ。奇襲攻撃は相当な成果を挙げることが期待できる。
「すなわち、こういうことですかな。何者かが、我々とランダウ騎士団の共倒れを狙ったと」
アルバートの言葉は、グレゴリーも何度か想像したことだ。
そして、それを為すことで明らかに利を得る勢力がある。
正統政府を名乗る賊徒どもだ。
新マリアナ連盟が国力回復に力を入れている間に、彼らは地保を固め、内乱中のミネルヴァを討って新連盟と直接対峙できる位置を確保するだろう。
そうなると、地力で劣る連盟は、いずれ抗しきれなくなり、正統政府に併呑されてしまうしかない。
「……なるほど、では、ランダウ騎士団を動かしたのは正統政府、ということになりますな」
アルバートは、自分の言葉にうなずきながら、グレゴリーの思考をトレースするかのようにさらに言葉を継いだ。
確かに論理的に考えればその通りなのだが、その考えにもいまいちしっくりこないグレゴリー。
室内の電話機が着信音を鳴らす。
受話器をとると、司令室からだ。
『対地ミサイルの一発が敵母船に命中しました!』
受話器の向こうの興奮した通信兵の声が耳にうるさく響く。
「そうか、ご苦労。敵の動向は」
『市街地での略奪行為は鎮圧に向かっています。逮捕者二名あり。――待ってください、今、敵の信号弾のようなものを確認したようです』
そのような瑣末な報告はどうでもよいのだが、と思いつつ、よろしい、とため息混じりに返し、受話器を下ろした。
「ようやく追い払えるようだ」
「先ほどまでの報告だと、市街地や陣地への被害は大きいが兵力への被害は少ないようですな」
「そのようだ。だが、海賊に備えた陣地の再構築をせねばならん。明日からその予算編成に忙殺されると思うと気が重いよ」
「いっそ先送りでもよろしいでしょう。――ランダウ騎士団の拠点を襲った海賊どもの報告によっては」
「……なるほど、道理だ」
ランダウ騎士団の拠点が壊滅していれば、少なくとも当面は敵性の海賊に襲われる心配はない。もちろん、正統政府が海軍を組織して海から襲ってくる可能性は残るが、それにもまだ時間がかかるだろう。
「しかし、母船を沈めてしまったか。それを守っていたアンチミサイルシステムには興味があったのだがな」
「技術そのものは第六市にあるでしょう、彼らは否定するでしょうが、交渉次第では」
ふむ、と唸り、今後のことを考える。
確かに、あのアンチミサイルシステムの存在そのものを知ることができたことは、ある意味で収穫かもしれない。
ランダウ騎士団の技術的基盤が第六市にあることは公然の秘密だ。第六市を揺さぶれば、技術移転は難しくとも完成品を得ることくらいなら――。
その時再び電話が鳴る。
これほど短時間で次の報告がくるとは、何事だろう。
考えながら、グレゴリーは受話器を上げる。
『ぎ、議長、緊急事態です!』
「落ち着きたまえ、声のボリュームを落として」
再び鼓膜に大打撃を与えかねない通信兵をたしなめる。
『失礼しました。ほ、報告です、第五市西部山岳地帯の防衛陣地が……全滅、しました』
あまりに予想しなかったその報告内容に、グレゴリーはしばらく声一つ上げることができなかった。




