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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第五章 混乱と混戦(1)

■第五章 混乱と混戦


 揚陸艇を回頭し母船に船首を向け走り出すと、その視界に、明るくなり始めた空を背景に、母船から立ち上る煙が目に入った。

 戦闘に必死で気が付かなかったが、母船に何らかの被害が出ているようだ。砲撃はかろうじて続けているが、間断が大きい。


 十分ほどで、揚陸艇は母船の脇に着いていた。


 母船の片舷からもうもうと煙が噴き出している。船体の一部が大きく破れている。

 おそらく、ミサイルの直撃を受けたのだろう。


 ウィザードによるアンチミサイルシステムが無くなった後に、敵が温存してあったミサイルを使ったものと見える。

 新連盟が使っているミサイルは地上戦用の対装甲車ミサイル、一発で船を撃沈するほどの威力は無いが、それでも、船体の主要構造に深刻なダメージがあることは一目瞭然だった。


 ともかく、被害を受けていない側に揚陸艇を着け、収容ハッチに船体を収める。


 結局無事に帰還した揚陸艇は三艇だけだった。

 楽観的な見通しに対し、ランダウ騎士団はこの作戦で甚大な被害を受けてしまった。

 敵に備えがあったことが大きな計算違いだったと言えよう。


 傾いた母船上から第五市を見渡すと、街のあちこちから真っ黒い煙の筋が立ち上っている。

 新連盟の受けた被害は、ランダウ騎士団以上に深刻だろう。


 シャーロットを取り返すため、とはいえ、これほどまでにお互いを傷つけあう戦いが必要だっただろうか、と、アルフレッドは今さらながら後悔の念に駆られる。


 何より、シュウを失ってしまった。

 誰からも慕われた隊長。ランダウ騎士団第一遊撃隊の精神的支柱だった彼を失って、騎士団はこれからどうするのだろう。


 ぼうっと海岸を眺めているアルフレッドの横に、中隊長の一人が歩み寄ってくる。振り向くとその顔は見知っている。確か、モースと言ったか。


「……アルフレッド、聞いたよ。シュウ隊長は」


「……ええ、戦死、しました」


 言いながら、アルフレッドは目を伏せる。


「悪いが、指揮を執ってくれ。まずは、第六市に帰還するまで。軍隊式に組織化した今回の軍団の指揮ができるのは、君だけだ」


「――わかりました」


 一瞬、そんな大任が引き受けられるだろうか、と躊躇しかけたが、その責任を負うことは、自分の背負うべき十字架なのだろう、と、気持ちを飲み込んだ。


 モースに案内されて、『提督室』に足を踏み入れる。

 出撃前にシュウが使っていたままの部屋。

 第五市近辺の地図、海図が無造作に広げられたままの、生活感の残った部屋。


 全船団向け放送のスイッチを入れる。


「みなさん、提督代行のアルフレッド・レムスです。作戦は成功。今すぐ本海域を離れます。母船は被害が大きく航行速度低下のため、母船乗組員は、最低限の人員を残して護衛艇に乗り移るように」


 敵の追撃があったら、母船を捨てることも考えねばなるまい。そう考えて、一部退避を命じる。


 護衛艇を二隻指定すると、すぐに動き始め、母船へ横付けを始める。

 その間、必要な人員について、防水区画の保守員、機関技師、操船技師、哨戒担当、などなどの名前を挙げ、それ以外は甲板に出て護衛艇への乗り移り準備をするように指示を出し続ける。シュウの指揮を間近で見続けてきたアルフレッドにとっては、さほど難しい作業ではなかった。


 ただ、心の支えだけが無かった。

 空虚な言葉ばかりは口から出てくるが、それを終えたらどうしよう、という意欲が全く湧かなかった。

 窓から甲板を見下ろすと、船に残っていた百人近くの人々が人ごみを作っている。


 ――そうだ、シャーロットは。


 そう思って、おそらくアユムたちに肩を借りているだろう彼女の姿を探すが、どこにも見当たらない。

 まだ船室だろうか。

 見に行きたいが、乗り移り作業が完了するまで、提督室を離れるわけにもいくまい。


 落ち着かない気持ちのまま護衛艇の一隻が接舷するのをぼうっと眺める。

 タラップが接続され、乗り移り準備が整うのが見える。

 確か、護衛艇の最大積載人数は五十人くらいにはなる。弾薬を撃ちつくしていればもう少し乗っても大丈夫だろう。


「順に五十人。それ以降は次の護衛艇を待ってください」


 指示を出すと、海賊たちはきびきびと指示に従って行動を開始する。

 本来は数えるべきだろうが、彼らの自主性に任せることにして、じっと眺める。

 やがて列の動きが止まって、タラップが引き上げられる。


 続けて、二隻目。

 この船で、おそらく今回の避難員は全員収容できるはずだ。

 タラップが接続され、今度は、残り全員の乗り移りを指示する。完了次第、発進するよう指示を付け加え、提督室を出る。


 向かうのは、ウィザード部隊の船室だ。

 二階層降りたところにあてがわれたその部屋の扉を開けると、果たして、四人のウィザードは彼が来るのを待っていたようにそこにいた。


「どうしたんだ。退避するように命令したのに」


「アルが行かないなら残るわ。それが私たちの選択」


 アユムが首を横に振りながら返した。


「新連盟の追撃に遭ったらただじゃすまない」


「アルも、残った何人かの技師たちも、ね。考えてあるんでしょ」


「……ああ。最終的には吊ってある高速艇で脱出する」


「だったら問題ないわね」


「それでも」


「危険は承知さ」


 笑みを浮かべてエッツォが言う。


「だがね、ふふっ、君とシャーロットを引き離すなんて野暮なことはしたくない」


「そっ、そんな気遣いはいらない」


 アルフレッドは顔が紅潮するのを感じる。


「それに、電源さえあれば僕らのエクスニューロはすぐに起動できる。追撃されたとき、僕らの力はたいした助けになるだろう?」


 そう言われれば、確かにその通りなのだ。

 すでにエクスニューロは彼らの手元にある。必要が無いから、すぐに持ち出せるよう配線していないだけだ。一般的な五十ボルト直流電源で動作するそれは、この船の共通電源でも動作可能だ。


「それに、セシリアったらずっと泣いてたのよ。シュウ隊長のかたきを討ちに行くんだ、って暴れて」


「正直、逃げ出すどころじゃなかったのさ」


 言われてみると、セシリアは部屋の隅で両目を真っ赤にして座り込んでいる。

 シュウが戦死したと彼女に告げたとき、確かに、彼女は何も反応しなかった。だが、それは、事実のあまりの重さに、それを理解することを拒んでいただけだったのだろう。


「……分かった。追撃があったら、頼む。僕は提督室にいる」


「ええ、よろしく」


 相変わらずベッドで横になっているシャーロットを一瞥して、アルフレッドはウィザードたちの兵舎を後にした。



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