第四章 戦姫救出作戦(6)
舳に飛び出し、据え付けの機銃のセーフティロックを、持っていたキーで解除する。
明るくなってきた東の空からの反射光に照らされ、砂浜の様子が少し詳しく見えるようになっている。
銃撃戦は散発的だ。
そこまで残弾数が少なかったはずはない。
そう思いながらも目を凝らすと、どうやら手前にいるのが新連盟軍、奥の防風林の中に隠れているのがランダウ騎士団のようだ。海岸を占拠されて揚陸艇に近づけぬよう足止めを食っているらしい。
そして、そう、残弾の大半を積んでいたはずの運搬車が、向かって右方の防風林の手前に放置されているのが見える。
ということは、手持ちの弾だけでこれだけの時間、耐えていたのか。
エッツォが、大量の弾薬の詰まった箱を持ってくる。
「貸してくれ、援護射撃を始める」
箱を受け取って機銃にチェーン式の弾倉をセットし、改めて戦況を見る。
そして気づく。
おかしい。
運搬車が、さっきと位置が違う。
「エッツォ、済まないが、見てほしい、運搬車が、動いていないか」
すぐに撃ち方を始めないアルフレッドに疑問を持ちつつも、エッツォも目を凝らす。
確かに、じわりと、動いている。
「ああ、動いている、交戦エリアに向けて」
その動きは、明らかに制御されたものだ。
弾薬の補給のためだろうか。
であれば、運搬車を動かす必要はない。
そこにたどり着いたら、ありったけの弾薬を背負って這い戻ればいい。目立つ運搬車を動かす必要はない。
――もしや。
アルフレッドは、ひらめくものがあった。
間違いない。
あの運搬車を盾にして敵中突破をしようと考えている。
岩場の窪地に陣取った敵を打ち砕くのは難しいと見て、運搬車を盾にした突撃作戦を考えたのだ。
敵は気づいているだろうか。
遠くからなら気づくかもしれないが、近くにいて、しかも、銃撃から隠れている彼らの視界は狭まっている。まだ気づいていないのだろう。気づいていれば、やはりその作戦に思い当るに違いない。
どうするべきか。
シュウたちの作戦を支援するための最良のタイミング、それは、シュウたちが一足で運搬車の陰に隠れられる距離にまでそれが近づいた瞬間だ。それより早くても遅くてもだめだ。
早すぎれば、まだ十分な兵力を残している敵のかなりの部分が一斉に揚陸艇に標的を変える。たった一丁の機銃では長くは持ちこたえられない。
遅すぎれば、近づきすぎた運搬車に気付いた敵が、攻撃目標を運搬車に変えてしまう。
そのベストのタイミングは、一体どこだろう。
見えない目盛を、林の中から飛び出すオレンジの射線の根元と運搬車の間に刻み、必死でタイミングを計る。
「……アルフレッド、どうする?」
エッツォが横から問いかけてくる。
「僚軍は、運搬車を盾に突撃するつもりだ。効果的な援護タイミングを計っている」
「――なるほど、そうか。シャーロットがいればよかったな」
つぶやきを付け加えたエッツォの顔を一瞥して、アルフレッドは視線を戻す。
どこに行っても、シャーロットだ。
彼女さえいれば。
そう、エクスニューロとの相補的な関係を満たしてしまった、魔人シャーロットさえいれば、どんな難題もたちどころに片付いてしまう。
知らずにその力に頼っていたのは、ほかならぬ、アユムたち、ウィザードの僚友たちだった、ということに気付く。
彼自身が、彼のエゴでシャーロットを危機にさらしてしまったことを後悔する。
ミネルヴァで何らかの陰謀が進行していると気づいたあの時、それでも、彼女を第六市に無理につなぎとめておくことができたはずだ。
彼女の同行を許したのは、エゴに過ぎない。
結果、彼女は囚われとなり、こうして数多くの仲間を危険にさらしてまで救出に出向くことになった。
失敗に資するところは余りに多いのに、その自らが戦力としてまるで役立たずであることを自覚させられる。
ミネルヴァを出てから何度も感じた無力感に、再びアルフレッドは苛まれる。
「まだか」
エッツォのつぶやきに、我に返る。
距離は、目測で二十メートル。
まだ、少し遠い。
近づきすぎてもだめだ。
敵が気づく恐れもあるし、こちらが援護するということを知らずにいるはずのシュウたちが先に決断してしまうかもしれない。あくまで、援護射撃で敵の目が逸れた瞬間にシュウたちが飛び出すのが理想だ。
三秒だ。
飛び出して三秒で運搬車の陰に隠れられる距離だ。
経験的に、それは、ちょうど十メートルだ。
だから、まだもう少し先だ。
約十五メートル。
運搬車との距離を同じ気持ちで測っているシュウたちの様子を想像する。今飛び出したら的だ、もう少し、そう考えているはずだ。
十二。
十一。
「用意」
アルフレッドがつぶやく。
エッツォは応じて、機銃の助手用把持棒を握りしめる。
十。
瞬間――敵陣地に狙いを定めてあった機関銃の銃口から炎が噴き出す。
それを見て、自分がトリガーを引き絞ったことをアルフレッドは気づく。
オレンジのラインは敵陣に向けて伸び途中で消えるが、その先で岩に当たって黄色い火花を散らす。
敵の狼狽する様子が薄明かりの中に見える。
同時に、林から飛び出してくる、十足らずの人影。
完璧なタイミングだった。
敵の弾幕が薄くなった瞬間を狙って、シュウたちは、運搬車の陰に飛び込んだのだ。
すぐに、いくつもの火線が揚陸艇に向かって伸びてくる。
防弾性を強化した舳に弾が当たり、斜め上にはじけて行くのが感じられ、アルフレッドは思わず頭を下げた。
機銃掃射を止めても、反撃の銃撃は止まず、伏せた状態からわずかに頭を出して状況を確認するしかない状況だ。
運搬車は全速で突進し始める。
それに気付いた敵が、運搬車に狙いを定めて、大量の弾丸を浴びせる。反撃は無い。反撃のために頭を出す隙も無いのだろう。
艫側に隠れていたアユムとセシリアが、隠れながら小銃を撃った。狙いは思い切り外れているが、敵をわずかにけん制する役割は果たした。
すぐにアルフレッドは中腰に立ち上がり、機銃のトリガを引き絞る。
撃てたのは体感的に二十発ほど。すぐに敵の反撃が来て伏せる。
運搬車は林と敵陣地を頂点とするちょうど正三角形の位置を通過しつつある。揚陸艇まではそれまでの移動距離の三倍の距離がある。
激しい銃撃に、運搬車の一つが火柱を上げる。
バッテリーが裂けて可燃性材料に引火したのだろう。空気との反応で激しく燃えるバッテリーはもう用を為さない。運搬車はなすすべなく止まる。
揚陸艇側から見ると、運搬車の陰に数人の人影があるのが見えるが、止まった方の運搬車に隠れている人数は、ちょうど半分の五人くらいだ。もう一台の陰に飛び移ろうとして、一人が撃たれて倒れるのが見える。
さらにもう一人が倒れ、助かったのは三人。
決死の思いで立ち上がり援護しようとしたが、エッツォがベルトを引いてアルフレッドを引きずり倒す。
「君が死んではいけない」
「だがシュウたちが」
「それでもだ。誰が彼女たちを無事に送るんだ」
その言葉に、歯噛みしながらアルフレッドはもう一度海岸に目をやる。
運搬車は、揚陸艇まであと五十メートルという位置にまで走ってきている。
その後ろに、もう一つ、倒れた僚友の姿が、影のように横たわっている。
頭の上を弾丸が飛び退っていく音がビュンビュンと響く。
「アルフレッド! 聞こえるか!」
そんな音に混じって聞こえてきたのは、シュウの良く通る低い大声だ。
「はい、隊長!」
「船を出せ! すぐにだ! 待たなくていい!」
その命令に反応したのはエッツォだった。
すぐに操舵室に飛び込み、エンジンを始動する。
高いタービン音が響き始める。
「隊長、急いで!」
「早く出せ!」
そしてシュウは、腰から何かを取り出し、立ち止まる。
その動作で、彼が最後尾にいることが分かった。
高く『何か』を掲げたと思うと。
小さな破裂音とともに、赤いろうそくほどの炎が上がり、わずかな火の粉の尾を引きながら、空高く何かが飛び上がっていく。
最前列にいた四人が運搬車の陰を飛び出し全力疾走で駆けて来るが、一人が銃弾に倒れ、三人だけがなんとかスカートに取り付く。
それとほぼ同時に、はるか上空で、まばゆい光がひらめいた。
辺りを染める、緑色の光。
作戦成功を示す信号弾。
引き揚げの合図。
あまりに強い光に、敵兵さえ腕で目をかばっているが見える。
ここぞとばかりにアルフレッドは立ち、機銃の残弾を撃ちつくすべく、トリガーを引いた。
さらに二人が船に取り付こうと駆けて来る。
大量の弾を浴びせられた敵陣が混乱している。
いや、機銃だけではない。
見ると、両手に突撃銃を構えた男が一人、運搬車の『向こう』に立って、敵陣に大量の弾丸を浴びせている。
まさか。
部下を逃がすために?
ホーバー機構が轟音を上げ始める。
「行け!」
轟音で聞こえなくなる寸前に、シュウの声が聞こえた。
援護を受けた二人は、浮き始めたスカートの上に取り付いた。
すでに這い登っていた三人に助けられて、二人も甲板にたどり着く。
「隊長も急いで!」
聞こえないだろうと思いながらもアルフレッドは声を振り絞った。
返事は無かった。
代わりに、再び敵陣から大量の反撃射。
頭を伏せる直前、シュウが弾丸を空に撒きながら倒れる姿が視界に入った。
「アルフレッド、急いで行きましょう!」
助かった兵の一人が、アルフレッドの袖を引く。
「だが、隊長が……」
目の前で起こったことを信じられず、アルフレッドは躊躇する。
「作戦の目的を!」
目的。
シャーロット・リリーの救出。
「――作戦最終ステップに入る。行こう」
返事を搾り出し、這いながら船室に向かった。




