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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第四章 戦姫救出作戦(5)

 アルフレッドたちが駆け出したのを確認したシュウは、突撃のための隊形を整える。

 実のところ、自分たちとアルフレッドたち、どちらが襲われるかは、五分五分だ。

 敵の伏兵はどこにいるのか結局分からない。アルフレッドたちが出くわしてしまう可能性も同じくらいあるのだ。


 しかし、あの四人は、戦うことができない。

 アルフレッドとエッツォはともかく、残る二人は、良く鍛えた少女くらいの働きはするだろう、だが、それだけだ。弾丸避けの魔法を、彼女たちは失っている。

 彼らを戦わせた時点で負けだ。


 だから、これ以上、彼らの行動を待つつもりはなかった。

 それは、フランクルも、その部下たちも、同様だった。


 彼らにとっては姫様の救出作戦。

 その姫様の心臓をむき出しで運ぶ彼らを戦わせるわけには行かなかった。

 ほとんど自発的に陽動作戦が開始された。


 アルフレッドたちから離れるように移動し、わざと見通しのいい浜に歩みだし、突撃銃で敵歩哨に向けて攻撃を開始する。

 十数発の弾丸のうちのひとつが一人の歩哨を捉え、打ち倒す。

 それとほぼ時を同じくして、彼らの正面右手にあったリゾートホテルらしきところからの斉射が始まった。


 やっぱり伏兵か、と、口角を上げながらつぶやいたシュウは、すぐに全隊を物陰に一旦退かせる。その時には、揚陸艇そばにいたもう一人の歩哨は走ってホテルに向かって駆けているところだった。


 防風林に隠れながら、ホテルに近づいていく。

 おそらく敵もそんなことには気付いて移動を開始しているだろう。

 と、わずかに進んだところで、すぐに林に向かって大量の弾丸が飛び込んでくる。バリバリと音を立てながらいくつもの木の枝が弾けて落ちる。


 匍匐前進で防風林の縁まで逃げ込むと、敵兵はすでに海岸側に移動し、無差別に防風林に向けて撃ち掛けている。砂と岩ででこぼこした地形のくぼ地に陣地を構えているようだ。

 敵の弾切れを待つか? しかし、ここは敵地、敵の補給は十分と見るべきだろう。


 敵兵集団の数はざっと二十。

 こちらは歴戦の十。

 まあ、互角ってところか。

 心中でつぶやくと、片手を挙げて、軽く前に倒した。


 十名の兵は防風林に沿って前に進む。

 まだ、撃たない。


 防風林の縁で最も敵陣地に近い位置にまで移動したところで、迫撃砲準備、の号令。


 たった二発しかない、貴重な迫撃砲。

 すばやく地面に据え、簡易測距儀で方角と距離を計測し、第一弾。

 高い落下音の後、敵陣地の右後方に着弾。


 それを見てすぐに位置調整し、第二弾。

 くぼ地中央辺りに、確かに落ちたように見えた。

 しかし、暗がりでははっきりと戦果が見えない。


 一方、敵は、迫撃砲の発射光で移動したシュウたちの位置を突き止め、銃撃の的を絞り込んだ。

 ランダウ騎士団も応戦する。

 お互いに決め手のない激しい射撃戦が始まった。


 と思ったとき、隊の最後尾の後方五メートル強に、敵の迫撃砲が着弾する。

 伏せていなければ、破片でやられていただろう。


 敵からは林の奥にいるか手前にいるかはわからないかもしれない。

 しかし、さらに炸裂弾を連続で撃ち続けられるといずれやられてしまう。


「隊長!」


 フランクルが、シュウに目で訴える。


「まだだ! まだこらえろ!」


 シュウは、揚陸艇からの奪還成功の報を待っていた。

 敵の注意を引っ張り続ける必要がある。


 さらにもう一発が、左後方に着弾。

 被害は無い。


「弾が無くなります!」


 その声にはさすがに応えざるを得なかった。

 補給物資の多くは運搬車だが、防風林に飛び込むとき、海岸側に放って来ている。敵に集中砲火を浴びている今、それを不用意に動かすのは、撃ってくれと言っているようなものだ。


 いや。


 ――運搬車、か。


「作戦変更だ。決死隊二名。運搬車を確保」


 シュウが告げる。

 すぐに三人が志願するが、フランクルが一名の志願を却下する。


「確保次第、ここに持って来い。それから、全員、運搬車を盾に突撃だ」


 小型の運搬車の大きさは、高さ一メートル、全長二メートルといったところだ。厚みのある鋼板が側面に張られていて弾除けにはなるが、十人全員が隠れるにはかなり無理をする必要があるだろう。


「行け!」


 いくつかの細かい指示を付け足した最後に叫ぶと同時に、シュウはさらに前に乗り出して、残った弾を敵陣地に向けて放つ。

 ちらちらと見えていた敵の銃が弾け飛ぶのが見えた。運よく命中したようだ。だが、同時に苛烈な反撃を招く。

 そんな銃撃戦を背に、体を低く落として木の幹に隠れながら慎重に運搬車に近づく二人。


 十分はかかっただろうが、無事に運搬車にたどり着き、始動キーを差し込むことに成功した。銃撃戦は、散発的になりながらも続いている。弾切れが近い。


 運搬車はむき出しの運転席に座って操作する形のものだが、二人とも、敵兵から見えない側にかがんで、片手でハンドルを、片手でアクセルペダルを確保する。

 タイミングを合わせて、じわりとアクセルペダルを押し込むと、電気式運搬車はゆっくりと動き始めた。


 敵に気付かれぬよう、ゆっくり。

 空がさらに白み、浜の様子が徐々にはっきり見えるようになってくる。

 こちらのほうが少ないと知れれば、敵は攻勢を強めるだろう。


 急がなければならない。


***


 三十分近く泳いでいた。

 歩けば十分もかからない距離なのに、と、途中何度も腹立たしく思った。

 その間、陸側からの銃撃戦の音は止まなかった。


 だが、弾丸にも限りがある。

 めいいっぱい節約しているだろうが、射撃にとぎれを作ってしまうとあっという間に攻め立てられてしまうだろう。


 さらに、敵は迫撃砲を使っているようだ。

 何度も、低い破裂音と高い落下音が交互に響いてきた。


 こちら側は迫撃弾の準備は最低限だけだ。

 携行二発、運搬車に六発。

 反撃しようにも、手持ちが無いだろう。


 しかし、もうアルフレッドの目の前に、揚陸艇のともが見えている。

 樹脂製のホーバースカートはすべって登りにくそうだが、ともかく、これさえ登れば、揚陸艇奪還は目の前だ。


 波に揺られながら、ともかく揚陸艇に取りつく。

 突起が少なくのっぺりしたその表面を登るのは至難の業ではあるが、下からアユムとエッツォが両足を支えてくれて、上の方の係留用フックに何とか手が届く。

 急いで体を引き上げると、リュック周囲から大量の水が流れ落ちる。重い体を何とか支えて立ち上がり、手すりをしっかりとつかんで、水中から三人を引き上げる。


 懐かしの、と表現するほど長い時間離れていたわけではない揚陸艇だが、四人は確かに懐かしいという感覚に襲われていた。この船にたどり着くために賭した苦労は、それだけのものがあった。

 しかし、感傷に浸っている時間は無い。

 甲板から船内に入るドアをくぐり、狭い通路の右側の船室内にリュックを下ろす。そこは武器庫で、ほとんどを持ち出してしまっているが、かろうじていくつかの小銃が残っている。残弾も少ないが、援護するのに武器は多い方がいい。


 船室を飛び出し、へさきへ狭い通路を駆ける。


 と、突然、通路左側、操縦室へと続くドアが開いた。

 アルフレッドは、突然脇で開いたドアに突き飛ばされて前のめりに倒れる。

 激しい衝撃を頭部に受けて前後不覚の状態が、数秒、続いた。


 それからあわてて起き上がって振り向くと、一人の男が、アルフレッドの後ろからついてきていたアユムたちの前に立ちはだかっている。

 その右手には拳銃。

 迷っている暇はない。


「ふせろ!」


 叫びながら、アルフレッドは男に組み付いた。

 ドアの一撃で倒したと思った男が後ろから組み付いてきたことにあわてた敵は、何度も拳銃の引き金を引いた。しかし、アルフレッドがその腕を最優先にひねりあげていたため、発射された銃弾は天井にいくつかの穴を開けただけだった。

 さらに力をこめ、敵兵を引きずり倒す。拳銃が後方に転がる。


 しかし敵もさるもの、通路の手すりにすがって体勢を保つと、左の拳をアルフレッドに向けて突き出してきた。

 とっさに右腕でガードし、お返しとばかりにローキックを放つ。敵兵の太ももに命中。

 さらに右フックを決めようとするが、それはガードされ、逆に、強烈なタックルを腹部に受ける。


 あえてこらえようとせず、数歩、タックルを受けながら下がり、相手の重心が十分に不安定になるころを見計らって体を右に逸らしながら、相手の左肩をすくい上げるようにひねると、簡単にころりと倒れ、あおむけになって唸った。


 ふう、と大きく肩で息をし、アユムたちに向きなおる。


「大丈夫か――」


「アル、後ろ!」


 安否を確認しようとしたとたんに、アユムが叫んだ。


 首だけで振り向くと、倒れた男が懐から拳銃らしきものを構えている。先ほど転がした拳銃がたまたま手の届くところにあったようだ。

 振り向いて蹴り飛ばして間に合うだろうか――。


 一瞬のその迷いは、答えまでたどり着かなかった。

 乾いた銃声。

 男の腕が落ちる。同時に、彼が構えていた小さな拳銃も。

 その頭蓋から赤いものが噴き出している。


 もう一度アユムたちの方を見ると、硝煙を立ち上らせる小銃をアユムの肩越しに構えたセシリアが見えた。


「――っはあ、よかった、です。エクスニューロが無くても、体が覚えているものですね」


 まだ冷や汗が乾ききらない顔で、セシリアが微笑みながら言った。


「ありがとうセシリア。油断したよ」


 エクスニューロ無しで恐るべき射撃の腕を見せたセシリアに驚きながらも、アルフレッドは笑顔で礼を言う。


「さあ、ぐずぐずしないで。シュウ隊長たちを援けないと」


「ああ、そうだ、急ごう!」


 そして、舳へ向かう通路を再び駆け出した。



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