第四章 戦姫救出作戦(4)
結果は、あっけなかった。
防弾ガラスによる跳弾トリックで敵があわてて反撃してきたのを見て敵の位置取りを推測、低い姿勢でアユムとエッツォが飛び込んで敵を二人倒したところで、残っていた三人の敵兵はホールドアップした。
手際よく武装解除して拘束し、廊下を奥に進んで機械室の扉を再び派手に破って突入した。このときも、ロッティがいたらもっとスマートに開けられたわね、とアユムがため息をついたのを、アルフレッドも同じ気持ちで眺めていた。
幸い、機械室は二部屋続きで、爆破の余波は広い一室目の機械室で止まっていたため、その先、エクスニューロがある奥の中枢機械室の機械類を損傷することはなかったようだ。奥の部屋を隔てている軽い扉に吹き飛んだ破片がナイフのように刺さっているだけだった。
手前の機械室を通り抜け、廊下から防爆ガラス越しに見えていた中枢機械室に踏み込む。中枢機械室への扉は施錠されていなかった。
そこは、整然と機械ラックが並び、その隙間のところどころに操作卓らしきテーブルが置かれた部屋だった。ラックの間の通路は一メートルも無いくらいで、テーブルのある場所はさらに狭くなっている。
その通路の奥、ガラスの仕切りの向こうに、廊下から見えていたエクスニューロがあった。
ガラスの仕切りはただの防塵の役割しか無いようで、パッキンで囲まれた小さな扉は容易に開けられた。
早速、十四人がかりでエクスニューロ本体に組み付く。
本体は、一辺が二十五センチメートルほどの真っ黒な立方体で、一つの面に三つのインジケータ、その真裏の面に電源コネクタ一つと通信コネクタ三つがあるだけの極めてシンプルなものだった。洗練されている、と言ってもいい。
真ん中の通信コネクタに繋がったケーブルは、どこか床下に向けて伸びている。残る二つは、それぞれ隣接する別のエクスニューロに直結されている。良く見れば、それぞれのコネクタの下に、『BASE』『NGB0』『NGB1』の印字。それぞれが、基幹ネットワークへの接続、隣接接続一つ目、二つ目、を意味するのだろう。実際、NGB0と1が空のエクスニューロも数台見られる。最低限、BASEだけ繋がっていれば良いらしい。
そういったことをざっと確認して、アルフレッドはメモに書き記す。あとで自分たちで起動するために必要な情報だろうから。
正面のインジケータは、『POW』『STA』『NFR』の文字。POWは電源だろうが、ほかは分からない。しかし、全台ともPOWは緑表示、半数くらいはSTAがオレンジ、四分の一が緑、残りが緑点滅。NFRが点灯しているものはすぐに見つけられなかったが、最終的に三台だけ緑ランプがついているものを見つけた。
「NFR……近接無線(Near Field Radio)の略かもしれないね」
エッツォがつぶやき、ようやくその意味を知る。
エクスニューロ本体と通信機は、ネットワークを介さず二十メートル届く近接の無線で接続する機能がある。そう、たしかに、エンダー教授も、近接無線でペアリングをするのだと言った。
そして、三台の点灯、三人のエクスニューロ装着者。
「……ふふっ、これ、私たちってことですね」
セシリアが点灯している一台に手を沿え、優しく撫でる。
「三人分がこんなに簡単に見付かるようになっていてよかった。ともかく、ロッティの分を探そう」
アルフレッドが促す。
先日エンダー教授に聞いたところでは、エクスニューロの取り付け基盤側、つまり、頭に取り付けられているコネクタにシリアル番号がついていて、エクスニューロ本体に表示されたシリアル番号と対になっているのだという。
シャーロットの分も、もちろん、アユム、セシリア、エッツォの分も、シリアル番号は控えてある。当初は、まずはその四台を探すつもりだったが、NFRシグナルの点灯しているエクスニューロを確かめると確かにアユムたちのものだったため、三台は探す手間が省けたことになる。残るはシャーロットのものだけだ。
最前列のものから確認をすすめ、確認を終えたら一旦前方に移動させていく。ケーブルを外してしまったほうが作業は楽だっただろうが、もしこれを使用中のウィザードの身に何かあったら、と思うと、なかなか吹っ切れず、できるだけそのままで作業を続ける。
そのようにして探すこと三十分、ついに、シャーロットのシリアル番号と合致するものを発見した。POW、STA、NFRが、それぞれ、緑、緑点滅、消灯。どうやらSTAは接続状況を表していて、点滅は一時的に切断されていることを示しているのだろう。
アルフレッドは、その箱を持ち上げる。重量は、二キログラム程度。大きさの割に軽い。
「……隊長、シャーロット・リリー、救出完了」
半ばつぶやくように、すぐ後ろにいたシュウに向かって報告する。
「よし。……確認だが、あと三人分も、持ち出すんだな? 帰りはエクスニューロ支援無しの道になるぞ?」
「迷惑でなければ」
アルフレッドは答えてしっかりとうなずく。
本来は、当事者のアユムたちが真っ先に返答すべきだろうが、結局、『帰りのお荷物』になるのはその当人たちだ。余計な遠慮をするかもしれない、と思い、アルフレッドが先をとった。
結局、三人にも異存は無く、フランクルたちも笑って了承した。
安全のため、先に三人がエクスニューロインターフェースを外す。とたんに、確保してあった三人の本体のランプが、シャーロットのものと同じ状態に変化する。
それぞれの電源とケーブルを外し、リュックに四台のエクスニューロを入れて、アルフレッドが背負う。
フランクル隊の何人かが、さらにエクスニューロを何台か見繕って背負っている。後々、ミネルヴァに対する脅しとして使えるだろう、という当初の目論見のためだ。突然支援を失ったウィザードが戦陣の中で倒れていないことを祈る。
全員の退避準備を確かめ、来た道を戻り、階段を駆け上がる。外はまだ真っ暗だが、東の空はほのかに白み始めていた。
***
センターの玄関前に置いてあった運搬車は無事だった。
補給物資を少し捨て、空いたスペースにエクスニューロを積み込む。ただ、アユムたちのエクスニューロだけはアルフレッドが背負ったままだ。
「万が一にも、これだけは守らないと」
アルフレッドがニヤッと笑うと、
「頼むわよ、私たちの英雄さん?」
とアユムが拳で彼の胸を小突きながら返す。
運搬車の電気エンジンを始動し、全員が小走りで海岸へ向かう道を進む。他の上陸部隊が上陸成功した近辺ではまだ激しい戦闘が続いていて、戦術計算機センターの沈黙した防衛部隊への増援など考えてもいなかったようだ。全く敵に出会わずに、海岸に沿う防風林を目の前にしていた。
「全隊、停止」
シュウが号令すると、全員が立ち止まる。
「隊長、どうしたんですか」
フランクルが思わず尋ねる。
「……揚陸艇を見つけた敵さんがいるかもしれん。一旦、様子を見よう」
確かに、戦術計算機センターへの突入を優先し、揚陸艇への敵のアプローチを放置してきていた。
普段の作戦では、揚陸艇を拠点として略奪を行うので、その拠点を敵の手に奪われるということはまず考える必要のないことだったのだ。
「だったら私たちが偵察――」
言いかけて、アユムは身分を思い出す。
エクスニューロの支援のない、ただの人間。強力な推測直感能力は使えない。
「――だな。フランクル、斥候を出せ。全員、伏せて待機」
歩兵の一人が、双眼鏡や無線感知器などの機器を渡され、防風林へと踏み込んでいく。
幅の狭い防風林はすぐに海に向けて開け、海岸に停泊している揚陸艇への視界が通る。
ともかく、彼は、揚陸艇が破壊されていないことにほっと胸をなでおろす。
しかし、その前に、二人の歩哨が立っていることはすぐに見てとれた。
敵は、少なくとも揚陸艇を鹵獲品として確保している。
周囲を見回すが、その二人の歩哨以外の敵兵は見えない。しかし、兵を伏せるための建物や木陰はいくらでも見つけられた。夜の明けないこの暗さなら、どこに隠れていてもおかしくない。
隊に戻った彼は、以上のことをシュウに報告した。
「面倒だな」
一言つぶやいて、シュウは黙り込む。
「幸いまだ暗い、闇にまぎれて近づきましょう」
フランクルが提案する。
第五市中心部沿岸に、二発、火柱が上がる。母船からの砲撃は、まだ続いている。騒ぎの中で、奇襲はできるだろう。
「よし、考えても仕方がねえ。正面から行こう。――ただし」
シュウは、アルフレッドに振り向く。
「アルフレッド、それからアユム、てめえらは、迂回して、あっちの岩場から海へ。裏側から揚陸艇に乗り込んで、機銃で援護しろ」
「でも――」
「どっちにしろお荷物なんだよ、言う通りにしろ」
釈然としないながらも、了解しました、とアルフレッドは返す。
彼らの背負っているリュックは、気密ジッパーを閉めれば防水かつ浮き袋代わりにもなる。海で戦う男たちの知恵だ。しかも、水より比重の小さいエクスニューロ本体を詰めていれば沈むことは無い。
海に飛び込み、これで浮かびながら、海中から揚陸艇を奪ってしまえ、そういうことなのだろう。
その間、シュウを含むフランクル隊が正面を陽動する。
戦力にならないアユムたちのことを考えれば、確かにこれがベストかもしれない。
だが、もし敵が罠を仕掛けていたら、シュウたちはとたんに危機に陥ってしまうだろう。
成否は、アルフレッドたちの迅速な行動にかかっている。
ともかく、ぐずぐずしていては母船からの砲撃支援も途切れる。敵が度を取り戻せば全面的な反攻が予想される以上、行動を起こすしかない。
エクスニューロ四台の入ったリュックを背負いなおすと、アルフレッドは三人を率いて小走りに駆け出した。
「君たちの、その、エクスニューロのコネクタは、濡れても大丈夫なのかい?」
アルフレッドは駆けながらアユムに話しかける。
「あら、私たちがシャワーも浴びてないと思ってるのかしら?」
彼女の軽口による返しに、アルフレッドは思わず赤面する。
岩場の小さな岬まで、三百メートル弱。
エクスニューロがなくても、少なくとも、それに従って戦い続ける体力だけはある。アルフレッドが心中で舌を巻くほど、三人のペースは落ちない。
後方で突然の銃声。連続して十数発。
ちらりと振り返ると、薄闇の中、オレンジの火花が左右に飛び交っている。
少なくとも、十人対二人の戦いではない。
歩哨以外にも、敵の備えがあった、そういうことだ。
胸騒ぎを覚える。
あえて揚陸艇を無事に晒し、帰ってくるところを一網打尽にしようという魂胆があったのかもしれない。
他の街区でもランダウ騎士団が暴れている。それほど多くの兵を静かなこの街区の伏兵に割くとは思えないが、しかし、今、こちらは虎の子のウィザードを欠いた状態なのだ。戦い慣れしたランダウ騎士団の兵たちとはいえ、もし数で負けていたら苦戦は必至だ。
だからこそ、急がねばならない。
背後から揚陸艇を奪い、海上から支援射撃できる態勢を取れれば有利だ。エンジン始動、機銃操作のキーはこちらしか持っていない。
岬まで五十メートルを切った。
全員が飛び込む準備を整える。余計な武器弾薬を投げ捨て、救命灯を明度最小にして灯す。
十メートル。
大きく息を吸い込む。
岩場が突然海に向かって落ち込む。
その直前で、大きな岩を思い切りよく蹴り、空中に身を投げ出す。
衝撃とともに全身が水に包まれ、鼻にミネラル濃度の低い海水が飛び込んできて、ひどい痛みを感じる。
浮力に身を任せると、すぐに海上に顔を出すことができた。
その時、最後尾にいたエッツォが飛び込んだ水音が響いてくる。
その彼も、まもなくアルフレッドのすぐ後ろに浮上した。
「大丈夫か」
「大丈夫、行こう」
返答にうなずき、アルフレッドは水を蹴る。
ランダウ騎士団の軍靴は、蹴るときには抵抗が増し、引くときは抵抗がなくなるような独特のデザインが施されている。裸足よりもよほど効率よく泳ぐことのできる海賊団ならではの発明品だ。
揚陸艇までは、たっぷり五百メートルはある。浮き具と遊泳に適した靴を持っているにしても、その距離はあまりに遠い。
ただひたすらに足を動かす。




