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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第四章 戦姫救出作戦(1)

■第四章 戦姫救出作戦


 夕暮れ時まで、沿岸から約百キロメートルの位置に停泊し、深夜に向けて活動を開始する。

 二十キロメートルほど後方から続く補給部隊も含めて五十に近い大船団は、最先鋒が索敵用の護衛艇、すぐに全長百メートルを超える巨大な母船が続き、その周囲を何重にも護衛艇の防御の輪が囲っている。

 それが、隊列を全く乱れさせもせず、まっすぐに第五市南岸に向かっている。


 アルフレッドは、全く見事なものだ、とため息をつく。


 これまでも、まるで正規軍のような見事な艦隊行動を見せられてため息をついてきたものだが、通常の倍以上の規模の舟艇が参加するこの作戦でも、全く列を乱さずにやや荒れた海原を悠々と進むその船団には、たとえ正統政府の海軍を一式持ってきたとしても到底かなうまい。戦乱の続くマリアナだからこそ、これだけ完璧な海軍が整ったのだ。


 マリアナの小さな月は公転の末、今は惑星の真裏にいる。星明り以外の明かりは一切無い。もちろん、ここが地球より銀河中心に近くまばゆい星々が地上を照らす明るさは地球の月夜にも匹敵する、などということは、アルフレッドたちは知る由もない。


 大気中のチリに星明りが反射して、彼方に山岳がちの半島を黒く浮かび上がらせている。

 その根元に、ちかちかと明かりが見え始めている。


 あそこにも、平和な家庭があるだろうか。

 きっとあるのだろう。

 それを乱す権利など、誰にも無い。


 だが、僕にとっては、見知らぬ人の幸せよりも、ロッティの幸せの方が何百倍も大切なものだ。


 いつか世を去るとき、地獄へでもどこへでもやるがいい。

 ただ僕は、彼女を取り返すだけだ。

 数多の人々の権利を踏みにじってでも。


 母船の舳先で、アルフレッドは一人、こんな物思いを何度も繰り返していた。


 正統政府。新連盟。騎士団。マカウ。――ミネルヴァ。誰もが誰もを敵視して殺し合っている。


 それが馬鹿げているなんて、ついこの前まで、考えもしなかった。

 ただ異常に死を恐れる不思議な少女に出会った、それだけで、アルフレッドは変わってしまった。


 生き抜くことに意味があるように思う。

 誰かを生かすことに意味があるように思う。


 とすれば、これから第五市に乗り込んで行う蛮行は、無意味なことではないだろうか。

 いや、一人の少女を救うという意味がある。それ以上の意味など必要だろうか?


 思考の堂々巡りは終わらない。

 その間も、船団は進む。


 まもなく、真夜中。


 予想される第五市の警戒ラインを超える。

 海賊の直接襲撃を重要視していない第五市の海上警備網は、この船団をこれほど懐深くに招きいれてしまった。

 その警備網が海上の異変を叫び始めるのにはまだ時間があるだろう。


 上陸まで、十キロメートルを切っている。

 マリアナに普及している貧弱な対艦ミサイルでも十分に射程内だ。

 母船内に、突然のアラーム。


 あらかじめ決められていたその音色は、船団にレーダー波が浴びせられたことを示していた。


***


 宇宙戦艦では、アンチミサイルシステムの装備が普通なのだという。

 高出力のレーザーがミサイルの弾頭を焼く。

 そのために、それらが宇宙戦艦を直接害することはめったに無い。


 だが、惑星マリアナの表面ではそのような常識は通用しない。

 高出力レーザーやその制御装置などは、それを開発・製造するような技術がマリアナ表面には存在しないし、ましてや、宇宙国家のどこかから入手するわけにもいかない。

 何より、長射程のミサイルを発射するために必要な高空からの照準システムが、マカウによる支配のために作れない。ミサイル攻撃そのものが非主流であるため、アンチレーザーシステムの再発明を行おうとするものがいないのだ。


 唯一、その動機を持つのが、海上戦闘を主とするランダウ騎士団、あるいはその母体の第六市なのだったが、彼らの技術的努力はそのほとんどが機械工学につぎ込まれていた。大出力で高効率のエンジンこそが、海上戦闘の雌雄を決し、なおかつ、それを陣営を問わず輸出することを生業としていたのだから。商材とならないアンチミサイルシステムへの投資は皆無だった。


 結果として、ランダウ騎士団の大船団を発見した第五市からの第一撃であるミサイル攻撃を、第一遊撃隊が迎撃する方法は無かった。


 たった一つを除いて。


 背丈ほどもある特製の狙撃銃を構えるセシリア。


「見える? 私は……四、……五発見えるわ」


「僕も五だ」


「はい、五発確認しました。いきます」


 アユムとエッツォが飛んでくるミサイルを確認し、見えている数が間違いないと確認できると、セシリアはさらに目を凝らし、狙いを定める。


「アル、セシリアが飛んでっちゃわないように、頼むわよ」


「もちろん」


 言われたアルフレッドは、狙撃銃の銃床を支える支柱をしっかりと掴み、反動に備える。


 直後、重い破裂音とともに、狙撃銃の先端からオレンジのラインが伸びる。あまりに炸薬量が多く、通常弾でもしばらく尾を引いて見える。


 アルフレッドはただそれを目で追っただけだが、ウィザードの三人は、その射線がアルフレッドには見えないミサイル弾頭と交わっているかを見ている。それは確実に命中コースを取っている。


 ぱっ、と遠くで黄色い火花が散る。


 間をおかず、セシリアの狙撃銃は再び火を噴く。

 二発、続けて三発。


 五発の銃弾に対して、散った火花は二つ。


「まだ二発!」


「はい!」


 銃の向きをぐいっと変え、セシリアは再び引き金を続けざまに引く。

 オレンジを伸ばした射線のうちの一つは、一発のミサイルを粉々にする。


「最後です」


 彼女の放った狙撃弾は、過たずに残り一つのミサイルに命中した。


 ウィザードによるアンチミサイルシステムが敵の攻撃を無効化している間に、発射地点の分析結果はすぐに全護衛艇の間で共有され、すさまじい数のミサイルが一斉に発射された。

 尾を引きながら空を切り裂くミサイル群はわずか十数秒で第五市沿岸の防衛拠点を襲い、幾本もの火柱を形作る。


 再び飛び出してきたミサイルは二発。

 同じように、セシリアが撃ち落す。

 そして、ランダウ騎士団の攻撃。


 まるでチェスのようにお互いが一手ずつ繰り出す。

 しかし、第五市のミサイルは標的を捉えず、騎士団のミサイルは確実に破壊をもたらす。


 現状は、一方的な戦いになっている。


 敵の防衛船団が出てくる気配は無い。

 それは、エクスニューロによる視覚支援を受けたウィザードたちが見ても同じだった。

 陸上からのミサイル攻撃が、彼らの防備のすべてなのかもしれない。


 それにしても、敵の対応が早すぎる、と、アルフレッドとシュウは別々の居所で同じように考える。


 海上に船影が見えたとしても、いきなりミサイル攻撃とは。

 民間船の可能性を全く考慮していなかったかのようだ。

 この瞬間に海上に現れる影が敵だと確信していたのだろうか。


 万一に備えてアンチミサイルシステム『セシリア』をスタンバイさせていたが、その活躍は予想外に早かった。

 もう少し沿岸に近づいてからの交戦を予定していた。まだ距離がありすぎる。騎士団の放つミサイルは市街に混乱こそもたらすものの、敵の拠点を確実に捉えているとは言いがたい。


 これ以上は無駄撃ちになりかねない。


 そう見てとったシュウは、貴重なミサイルの温存を命じ、上陸部隊による突撃、すなわち揚陸ホーバークラフトの出撃を命じる。


 命令を受け取った甲板上のウィザード部隊はすぐに狙撃陣地を引き払い、揺れる船内を突っ走って揚陸艇に飛び乗った。

 母船の舷側から解き放たれた六隻の揚陸艇はさっと散開し、それぞれの上陸目標に向かう。


 陸まで五キロメートル。母船は速度を緩め、船体を横に向ける。片側に並べられた砲門が一斉に開き、火を噴き始める。

 陸上戦でもめったに見ることのないその巨砲の咆哮は、すでに一キロメートル先を走る揚陸艇にもズシンと響く。


 そして、街に真っ赤な火花が散る。


 炸裂弾はビルや道路に着弾し、周囲のものを効果的に粉々にする。

 襲撃警報を受けて郊外に避難する人々の混乱の列を、容赦なく赤熱した弾殻の破片が襲い、多数の死傷者を出す。


 第五市は、かつて無いほどの混乱と炎熱地獄の中にあった。


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