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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第三章 出撃(2)


 瞬く間に作戦準備は進んだ。


 それぞれ独立組織で共通の上長を持たないランダウ騎士団第一、第二、第三遊撃隊ではあるが、第二、第三遊撃隊でもウィザードのことは大変な噂になっていた。

 だから、当然のことながら、もしかするとウィザードの心臓を握れるかもしれないというこの作戦に志願する者が、他の遊撃隊からも出始めた。


 そう、結局、彼らは『ミネルヴァの全ウィザード部隊』の生命線であるエクスニューロ本体の収まった戦術計算センターを襲うのだから、結果として、ミネルヴァのウィザード部隊の心臓を握るも同然なのだ。

 それを使ってミネルヴァを脅し軍門に降すこともできようし、あるいは、ウィザード兵を引き抜いて戦力とすることもできるかもしれない。


 ランダウ騎士団が無敵の兵団となるかもしれない千載一遇の好機とあらば、戦果を上げ名を売ろうとする者はいくらでも出てくる。


 加えて、第五市はほとんど無防備だということも知られている。もちろん陸上での略奪に対する防備は地形の妙もあり六都市中でも随一と言われるほどだが、だからこそ、慢心しているという噂だ。海からの強襲は楽な仕事になるだろうと考える者は多い。


 結局、そうした志願兵を受け入れた第一遊撃隊は一時的に普段の倍以上の戦力に膨れ上がることになり、図らずも兵站参謀たるアルフレッド・レムスの重要度はかつてないほど高まることとなった。


 普段は母船と十数隻の護衛艇だけの作戦行であるが、アルフレッドは、補給艇団を新たに組織した。

 それは、鹵獲した独立海賊たちの戦闘艇を改造したもので、たっぷりの弾薬と燃料を積めるようにした小型艇からなる船団だ。

 そういった船であるから、攻撃の標的となった時の被害は計り知れない。同じ艤装の護衛艇を手当てし、デコイ役として同行させることにした。


 もちろん、この補給団への志願兵はほとんどいない。兵站の重要性を長らく無視し続けてきたランダウ騎士団なのだから当然なのではあるが、アルフレッドの根強い説得で、ともかくも最低限機能するだけの人員はそろった。


 そうした準備が進む中、アルフレッドにはもう一つ重要な仕事があった。

 シャーロットを見守ることだ。


 アユムとセシリアが交代で世話をし続けている。

 その女性二人に世話を任せざるを得ない男の自分を情けなく思い、せめて空いた時間は見守りつづけたいと思ったのだ。


 彼女本来の人格はまだ帰ってこないが、それでも、だいぶ当たり前の欲求を示すようになっている。

 だからこそ早くエクスニューロを取り返してやらねば、と思う。


 人格と脳とエクスニューロの関係はアルフレッドには分からない。

 だが、もし、脳が失った人格を補償しようと新たな人格を作り上げつつあるのだとしたら。

 後々、本当のシャーロットが帰ってきたとき、おかしなことになりかねない、という焦りがあった。


 結局その焦りが、アルフレッドを不眠不休の兵站構築作業に駆り、かつてないほどの大船団をかつてないほどの速さで強力な作戦機構に成していくことになったのだった。


 そして、休養していた兵士の最後の集団が母船に帰還する。

 出航の時が来る。


***


 惑星マリアナの主要な都市が集まる大陸は、東西に長い形をしている。東西二千キロメートル、南北四百キロメートルの大陸のほかは、深度数百メートルクラスの浅い海だ。

 その西端近くに最大人口を抱える第一市。最東端に第五市。第五市は東端に突き出した半島の中ほど、南岸近くに位置している。地質時代に深い岩盤が隆起してできたらしいその半島は、豊かな鉱物資源に富み、それが第五市の産業を支えている。


 大陸中央よりやや西の南岸から千キロメートルほど南にある第六市島に拠点を持つランダウ騎士団にとっては、攻めるにはあまりに遠い場所だ。


 半島南岸から付け根に向けて海に向けて広がる都市は、昔は海路を用いた物流も想定したものだったが、大陸南岸に海賊が多発するようになって、ほとんどの航路は捨てられ、新連盟軍拠点が点在し比較的安全な陸路が優先されるようになっている。


 このような状況を再度整理したのち、船上で最終の作戦会議が開催されていた。食堂に全中隊長を集めた大会議だ。

 第一遊撃隊長シュウを前方に、テーブルが並べられ、作戦の最終確認が行われる。その作戦は、アルフレッドも参加した参謀会議で決定したものだ。


「諸君、それでは、今回の作戦を、ゴホン、説明する」


 シュウが立ち上がって言うと、クスクスと笑い声が漏れた。


「――おい、分かってるよ、こんな柄じゃねーのはよ! 笑うこたねーだろ!」


 さらに大きな笑い声が起こった。

 その笑いのさざなみが収まるのを待って、再びシュウは口を開く。


「まあ、いつもみたいに、ガーッと行ってガガガッと撃ちまくって全部かっさらえ、ってんじゃねーからな、一応、話だけは聞いてくれ。おめえらにやってもらうことは、そんなに難しいことじゃねえ」


 そうして、前方のスクリーンに貼り付けた拡大地図の横に立つ。


「今回攻めるのは、恐れ多くも新マリアナ連盟首都、第五市だ。最終目標は戦術計算機センター。われらが姫君を救い出す」


 その言葉に、いくつものため息が漏れる。


 当然、この作戦の趣旨はすでに誰もが知っている。

 ランダウ騎士団のアイドル、シャーロット・リリーの救出。

 そのことを考えるだけで、士気がみなぎるのを覚える兵士も多い。


「それで今回はさすがに相手が相手だ、指揮系統と兵站について専門家に整備してもらった。それといくつかの新しい――なんつったかな」


「兵科」


「そう、兵科、それを新設する」


 最前方に座っているアルフレッドの助け舟で、シュウは言葉を続ける。


「えー、歩兵、砲兵、工兵、輸送兵だ。歩兵は、第五市に上陸して陸上戦闘を。砲兵は、母船と護衛艇に残って支援のための砲撃を。工兵は、歩兵に付き添い、上陸のための工作とか撤退時の罠とか、まあいろいろだ。輸送兵は、母船、各護衛艇、それから、上陸地点に工兵が作った拠点への弾薬の補充。役割分担をわきまえてしっかり果たしてもらう」


 その役割については、事前に各中隊長へ伝えられているし、簡易的な訓練も新たに施された。


「さてその作戦だが」


 そうして、シュウが地図を示す。


「第五市は、海に南岸を接した港湾都市だ。だが、海上戦力はほとんどねえ。だから、俺たちの船団は堂々と第五市南岸に入れる。おそらくわずかばかりの警備艇は出てくるだろうが、まあ、なんだ、第二市南岸で相手している海賊どもにくらべれば、子供みたいなもんだ」


 実際、第二市、第三市、第四市は、それぞれが正統マリアナ政府、ミネルヴァ、新マリアナ連盟と第六市の間の交易路となっていて、そこを狙う海賊は絶えないし、その戦力も侮りがたいものになっている。特に、第二市南岸の海賊には新連盟が資金供与していると言われていて、強力な海賊団が次々と興っている。


「まずは砲兵だ。護衛艇に積んだ対艦ミサイルで主に攻撃する。敵の船団を潰したら、次は、敵の陸上部隊だ。こっちは兵力そのものは強力だ。あちらさんも対物ミサイルをぶっ放してくるだろうから、それより先に、ありったけのミサイルをぶち込む。そして、この母船には、虎の子の百六十ミリ砲が六門ある。上陸戦開始とともに弾が切れるまで打ち続ける。とにかく街中に砲弾を降らせて混乱させるのが目的だ」


「作戦完了まで弾切れは起こさせません。けん制砲撃で敵にミサイル攻撃の隙を与えず、輸送科は一気に船団後方から追いつき、母船にひたすらに砲弾を補給し続けます。三時間打ち続けても余るほどの砲弾を後方から輸送します」


 アルフレッドが軽く振り向きながらシュウの作戦に補足を入れる。シュウはにやりと笑ってうなずく。


「――だそうだ。残弾は気にせず撃ち続けろ」


 これは奇襲だ。準備のある一国相手にまともにぶつかっては、いかに最強の海賊とは言え分が悪い。ともかく、相手を混乱させることが目的だ。

 高価なミサイルではすぐに弾切れするし、ランチャー再装填のためにどうしても攻撃に途切れが生じる。であれば、六門の大砲から切れ目なく砲弾の雨を降らせた方が、効果は大きい。


「敵さんは、混乱するか、砲弾が止むまで隠れるだろう。その混乱に合わせて、歩兵団が強襲揚陸艇に乗り込んで接岸する。それぞれ上陸目的地点は把握してるな? ――バラバラに上陸し、それから――」


 いくつか地図上に示された赤いクロスをざっと撫でまわし、そこでシュウはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「――いつものように、略奪しまくれ! 金、食料、宝石、骨とう品、女――全部、好きにしていい! 海賊の本領を見せてやれ!」


 おう、と元気よく応える中隊長もいる中で、一人が立ち上がる。


「俺たちは砲兵部隊だが、不公平じゃねえか?」


 その意見は、これまでの作戦立案会議でも何度も出てきて、まだ解決策は無い。もちろん、補給部隊も同様だ。


「……まあ、なんだ、いろいろ考えたんだが、俺もどうにもそこばかりはどうしていいかわからねえ――だが、代わりに、俺が現地に行こう。俺たちの分捕り品を俺がちゃんと見て、後で公平に分配する。それで、ひとまず納得してくれ」


「たっ、隊長が!?」


「そうだ、何か文句があるか?」


「隊長に何かあったらどうすんだ!」


 別の中隊長が叫ぶ。


「なんだ? この俺に何かがあったくらいでへこむようなおめえらじゃねえと思ってたがな」


「ま、まあ、そうだけどよ」


 アルフレッドは、思わずくすりと笑っていた。


 常識的な軍隊組織では、こんなことはありえない。指揮系統の頂点が失われるリスクに対して、確かにいなくてもいいけどな、なんて答える組織が、果たしてあるだろうか。

 規律ある組織としては落第点なのだろうが、実に頼もしいやつらだな、などと思うのは、自分がすっかり海賊稼業に毒されてしまったからなのだろうか。


「で、だな、ともかく、おめえらが略奪し放題している間に、俺と、第一中隊、フランクルの部隊だな、それと、アユムのウィザード部隊、この総勢十四人で、本来の目的地、戦術計算機センターに忍び込む。そして、われらが姫様を救い出したら撤退だ。首尾よくいったら緑の信号弾を打ち上げる。そして――」


 地図の前を離れ、中隊長たちと向かい合うように置かれた椅子にドカリと座り込んだ。


「ありえねえが、赤い信号弾が上がったら、解散。母船も護衛艇も援護射撃を中止して即座に第六市に撤退。歩兵はすべてばらばらに逃げるか、降伏。無駄死にするこたねえ。やつらも法治国家とうそぶくなら、即座に縛り首なんてこたねえだろう。ともかく、逃げて生き延びろ。いいな」


 一斉に、了解、の声が上がる。


 もちろん、言われずとも、こいつらは好き好きに生き延びるだろう。

 誰よりも自分がかわいいやつらだ。

 だからこそ、頼りがいのあるやつらだ。


「以上、何か質問は?」


 それに誰も立ち上がらないのを見て、シュウは解散を命じた。



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