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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第三章 出撃(1)

■第三章 出撃


 予定通りの場所に偵察車を走らせ、ピックアップの揚陸艇が遠くに見えたところで信号弾を上げた。

 五人は無事にランダウ騎士団の母船へと運ばれる。久しぶりに、第一遊撃隊長、シュウ・ジャネスと対面する。

 この間、彼らは何ヶ所かの襲撃を行っていたようだが、ウィザード部隊の不在でずいぶんと苦戦していたらしかった。と言っても、それは、ウィザードたちがランダウ騎士団にやってくる前と同じ状態に過ぎないのだったが。


「よく帰った。帰らねえんじゃねえかとも思ったんだがな」


「信用が無いんですね」


「当然だ、たとえ身内でも、利き腕を預けるような真似はしねえ」


 毒づきながらも、シュウは豪快に笑って、彼らの帰還を喜んでいるようだった。


「で? 調査結果は?」


「ミネルヴァは、おかしなことになりつつあります。フェリペ・ロドリゴ・デ・パルマという男が、内部分裂を画策しているようです」


「ほう」


「そして、奴隷の大量発注もこの男の仕業です」


 その奴隷のなれの果ての五名の少女を一度は捕らえたが、結局待ち合わせ地点に彼女らは現れなかったことも付け加える。彼女らは、逃亡の機会を見過ごし、おそらく復隊を選んだのだろう。


「読めたぞ。ひそかに、お前らのようなウィザードを増やしているんだな」


 だとすればいずれ面倒だな、とシュウはつぶやくが、アルフレッドは首を横に振って早合点を否定した。


「違います。それよりももっと悪い――やつは、ウィザードの、一歩先にたどり着きました。大量の犠牲と引き換えに」


「……んだと?」


 アルフレッドは、覚えている限りの、エンダー教授の話を聞かせた。

 もちろん、アユムもエッツォもセシリアも、アルフレッドの理解外にあったいくつかの事項を補足説明した。

 シュウという男は、粗野な振る舞いながらもさすがにランダウ騎士団の一角を率いるだけあって、教授の語った難解な理論にもある程度の理解を示した。


「ウィザードでさえかなわない『魔人』か。厄介だな」


「フェリペさえ押さえれば、この厄介ごとの根を断てるはずです。ですが、やつには、魔人エレナがついている」


「そして、エレナに唯一対抗可能なのが、同じ魔人のロッティだけなんです」


 アルフレッドの言葉にアユムが付け加えると、シュウは首をかしげた。


「……そのシャーロットだ、なぜ姿を見せない?」


 その言葉に、アルフレッドはとたんにうつむいて、歯を食いしばった。やがて、喉から声を絞り出す。


「……エレナに、やられました」


 悔しくてそれ以上の言葉が出てこなかった。

 正しく説明すべきだと分かっていても、あの放心したシャーロットの姿を思い出すと、気管支の辺りに何かを突き刺されたような痛みを覚え、呼吸ができなくなる。


「正確に言います、ロッティは、エクスニューロとの通信デバイスを破壊されて、その、心神喪失状態にあります」


 アユムの正確な補足に、狼狽しかけたシュウもひとまず胸をなでおろす。


「悪い冗談はよしてくれ、あの戦姫を失ったら、この第一遊撃隊は総崩れだ」


 彼がそう言うのは、シャーロットがまさにランダウ騎士団第一遊撃隊のアイドルとなっていたからだろう。


 どれほど不利な戦況でも颯爽と現れてあっという間に制圧する、戦う女神。

 わずか一ヶ月や二ヶ月の間に、彼女の存在は第一遊撃隊に無くてはならないものになっていた。だからこそ、いずれ彼女らの脅威になるかもしれないミネルヴァの不気味な動きを調査する、と言うアルフレッドに、潜入調査の許可を出したのだ。

 アルフレッドという存在は、その女神にとって最も大切な存在だと感じたから。彼を失うことは女神をも失うことになるかもしれないと思ったから。


 だがともかく、彼も彼女も無事帰ったことを良しとすべきだろう。


「ですが、隊長、実のところ、ロッティは危機にあります」


 アユムはシュウの安堵を打ち破るように言葉をつづけた。


「先ほども説明した通り、エクスニューロ本体は、新連盟領内にあります。それと、ロッティ、この接続が失われたことで……彼女は、人格をエクスニューロの中に置き忘れてしまっているんです」


「人格、だと?」


「ええ。正確に言うと、どうも、魔人になってしまう条件では、脳とエクスニューロが相性が良すぎて……人格を担う部分まで、エクスニューロが肩代わりしてしまうようになるようなんです」


 アユムの説明で、どうにもエンダー教授の説明が腑に落ちていなかったアルフレッドにも、事態がはっきりと理解できた。

 そう、もともと持っていた人格は、きっとあの体の脳にも残っている。けれど、それよりもはるかに効率的なエクスニューロが人格機能を肩代わりするようになったため、元から持っていた脳の人格部分が退化してしまったのだ。もしかすると、しっかりリハビリすれば、エクスニューロが無くてもシャーロットは戻ってくるかもしれない。


「そいつぁ、困ったな。つまりどちらにしろ、新連盟にあるシャーロットのエクスニューロを手に入れなければならん、ってことか」


 シュウは、ちっ、と舌を鳴らし、乱暴に脇のテーブルから地図をひったくって広げる。


 新連盟の首都、第五市は、大陸の東端にある。

 ランダウ騎士団も、あまり遠征したことのない地域だ。


 鉱山資源の豊富な大陸東端は、鉱工業には適した立地ではあっても、山賊や海賊にとっては魅力のない土地だ。それであれば、食糧生産の豊富な第一市か第四市近辺を根城にした方がいい。加えて、第六市からの貿易品は第四市に荷揚げされ、そこからは陸路で第五市に運ばれている。だからか、東端の第五市、その近辺の海域には、海賊らしきものはほとんど現れない。


「あの、隊長……」


 地図を見て思案しているシュウに、アルフレッドは、一体何を、という風に呼びかける。


「助けに行くんだろう、シャーロットを?」


 当然だろう、という風に返すシュウ。


「でも、みなさんに迷惑をかけられません」


「……俺たちは海賊だ、だがな、同時に誇り高き騎士団だ。仲間の危機を見て放っておいたりはしねえ。それが、騎士団の士気を支えている戦姫なら、なおさらだ」


 そして、にやっと笑う。


「どうせ行くつもりなんだろう、ええ? おめえらがいなくなるとどっちにしろ仕事にならねえんだよ。面倒はさっさと済ませて、気楽な海賊稼業に戻ろうぜ、なあ?」


 彼が気楽に笑って見せるので、アルフレッドは急に肩の力が抜けるのを感じる。


 そうとも。


 ロッティを取り戻して。

 海の上でのんびりと暮らして。

 たまに悪辣な海賊行為にいそしんで。


 そんな未来なんて、もう目の前だ。


「しかしシュウ隊長、仮にも今度は新連盟の首都です」


 エッツォの指摘にも、シュウは大笑いしただけだ。


「そろそろ陸戦の経験も積んどかねーとな、帰還してたっぷり休息をとったら、次の作戦は『第五市上陸』だ、頼むぞ、補給参謀!」


 やおら立ち上がり、シュウは大きな手でアルフレッドの左肩をしこたまに叩いた。



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