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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第二章 量子の魔人(1)

■第二章 量子の魔人


 フェリペは、どさりと体をリラックスチェアに放り出した。


「たまらん、状況的に完全に無意味な局面で閃光弾など使いおった」


 向かいにいた小柄な男――と言ってもフェリペと比較するとだが――は、それを聞いて大笑いした。


「どうやらそれを阻止できなかったか。情緒的な発作反応まではエレナには読めんだろうよ」


「見て来たかのようだな」


「元は私が作ったのだ、何が起こったかくらいの想定はできる。……そして結果として、シャーロット君を取り逃したわけだ」


「どちらにせよ私とエレナだけで人間一人を運ぶのは難があった」


「くっく、負け惜しみか。だが、シャーロット君はいずれ回収するつもりなんだろう?」


「もちろんだ。――だが、少し面白いことになるかもしれんな」


「ほう?」


「やつらも薄々シャーロット・リリーの特殊性に気付きつつある。であれば、あれを破壊された奴らがどんな行動に出るか――」


「――なるほど、シャーロット君を『修理』しようとするかもしれん」


「何しろウィザードだ。もしかすると、私か君にたどり着く――私はエレナが守るとすれば、奴らは君のこめかみに銃を突きつけるかもしれんな」


「そうなったら私はいくらでもしゃべるぞ?」


「――かまわんよ。いや、だからこそ面白いことになりそうだ」


 フェリペは口の端を上げる。


「……楽しそうでなにより。ところで、戦闘の権化であるエレナ君と比べて、シャーロット君の完成度はどうだったかね」


「悪くない。だが、あのような感情的な発作を起こすようではな」


「エレナとは違って同化が進んでいる証拠だよ、くっくっ」


「ふん、私がエレナに細工をしたことまで知っているというわけか。気に食わん奴だ」


***


 散発的な戦闘の音が響く中、何名かの学生らしき若者を捕らえては尋問することを繰り返すと、すぐに情報は得られた。

 情報科学と脳科学の権威、という条件に合致する一人の専門家、リチャード・エンダー教授。

 脳神経の拡張機器、エクスニューロに関連している人物と問えば、十人中十人がまずその名を挙げた。


 その他何名かの候補も挙がってはいるが、まずは、エンダー教授を訪ねてみなければなるまい。


 彼の教官室を訪ねたが、当然のように留守だった。学内でこれだけの闘争が起こっていて、まともに出勤している教授がいるとは思えない。それこそ、学粋派に与する教授くらいのものだろう。とすれば、エンダー教授はそのような政治的闘争に興味のないタイプなのかもしれない。

 次に訪ねたのは、医学部付属病院。シャーロットとエレナが戦った場所だ。もし脳外科的な仕事もしていたのであれば、ここに痕跡があるかもしれないと考えてのことだ。


 前日と同じく病院には誰も職員がおらず、フェリペが陣取った防弾樹脂の奥の事務スペースには容易に侵入できた。

 情報化機器をあまり信用しないというマリアナ共通の慣習に則ってか、この病院でもカルテや医局員名簿は紙のファイルとして事務所の棚にびっしりと並べられていた。その鍵は、アルフレッドがちょっとした道具を使って力づくでこじ開けた。


 患者のカルテは無視して、職員名簿を漁る。

 掃除のパートタイマーまで含めて数千名分の名簿を四人で手分けして探し、一時間近くをかけて、ようやくその名を見つけた。


 非常勤医師として登録された、リチャード・エンダー教授の名前。


 その名簿には、住所、連絡先、それから、他の勤務先情報がざっと記されている。ある意味予想通りと言うべきか、軍属病院への勤務記録もある。エクスニューロの手術を行っているその病院で彼が働いていることは、彼が関与者であることをうかがわせる証拠とも言えた。

 大学は開店休業、病院もこの通り、とすれば、他の勤務先か自宅だろう。だが、軍属病院ということもあり得なさそうだ。あくまで学術的な研究者としての彼が、日常的にその病院にいるとは考えにくい。


 自宅住所は、第三市の南部地区だった。

 歩いて一時間近くはかかるだろう。


 敵の首魁と思われる人物に存在を知られた以上、あまり昼間に堂々と歩きたくはない。意識不明に近い女性を背負っての行軍となれば、軍や警察に声をかけられて面倒なことにもなりかねない。そのため、夜を待って、闇にまぎれてエンダー教授の自宅に向かうことにした。


 その自宅は、近郊の住宅地の中にあった。

 白い壁とフラットルーフの一階建住宅。広い庭は一面が芝生で、植栽は少ない。あちこちに雑草が顔を出し、あまり手入れされているようには見えない。広い庭に面した掃き出し窓から明るい光が漏れて庭に四角い光を落としている。

 玄関から真面目に訪ねるよりは相手に警戒の隙を与える前にその庭に面した大窓から押し入ろうということになった。もちろん、押し入るといっても、いきなり窓ガラスを破ろうというわけではない。


 アユムが狭いデッキに一段上がって広い窓から中をうかがう。

 中年の男が大きなソファに座って、小さな本を読んでいる。壁面には何かのビデオが流れている。


 コツコツ、と窓を叩くと、男は顔を上げた。

 アユムの姿を認めると、一瞬の驚愕の表情の後、すぐに意味の汲み取りがたい笑みを浮かべて立ち上がる。

 まもなく、ロックが外され、ガラス戸が横に引かれた。


「君か」


 男がアユムに向かってうなずきながら言う。


「あの、どこかでお会いしましたか?」


 アユムが恐る恐る尋ねる。


 彼の顔に浮かんだ表情は、どうも、アユムのことを知っているという風にしか見えなかったからだ。

 確かにそんなこともあるかもしれない。

 もしかすると彼こそがエクスニューロの産みの親で、おそらく初代かそれに近い卒業生であるアユムの手術を、直接に監督していた可能性だってあるのだから。


 だが、彼の答えは違っていた。


「いいや、私は君には会ったことが無い。だが、君の事はよく知ってる」


「それは――」


「――アユム・プレシアード君。そう、シャーロット・リリーを連れて逃げた、ウィザード部隊ではちょっとした有名人だよ」


 くっく、とエンダー教授は低く笑う。

 その言葉を聞いた瞬間に、アルフレッドはさっと逃げ出す身構えをする。


 ――そうだ。彼も、何らかの形で体制側にかかわっているなら、むしろフェリペと裏でつながっていてもおかしくない。


 同じように感じたのか、アユムも背負った突撃銃に手をかける。


「待ちなさい。何もここで君たちを捕まえるつもりはないよ」


「いいや、罠だ」


 アルフレッドはとっさに言い返す。


「――フェリペのことだろう? もちろん、ある意味で私は彼の友人だが、彼のくだらん思想や野望には興味はない。私は彼との契約上の責務は果たすが、その契約に、シャーロット・リリーを捕らえて引き渡すことは入ってないのだよ」


 もっとも、この私が君たちと戦ってシャーロット君を奪い返せるとも思えないがね、と付け加えながら、エンダー教授は再び低く笑った。


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