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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第一章 血塗れの部屋(4)

 警戒しながら小屋から飛び出すと、池のほとりに沿って逃げていく男二人と女一人。


 そして瞬時に、消えた女二人の行方をアユムは知った。

 二本の射線が自らを貫いている。


 あわてて転がると、彼女の立っていた場所に二本の土煙の柱が立つ。


 女二人、いずれもウィザードのその二人は、逃げる男たちと反対側から小屋を包囲し、アルフレッドたちが出てくるのを待ち伏せしていたようだ。


 セシリアは素早く一方の女に照準を合わせる。


 前回の戦いで、彼女はウィザードを相手にした戦いを学習した。


 銃弾を発射する必要はない。

 銃口を向け、射線を感じさせれば、向こうは回避行動をとるしかない。

 だから、彼女の正確無比な狙撃銃の射線は、相手の行動を封じるのに最も強力な武器になるのだ。


 狙い通り、その女は回避行動をとる。

 その隙に、もう一人。


 セシリアの機転で相手の行動を封じたと見るや、アユムとエッツォは転がった一人の方に射線を突き刺す。それも、わざと照準を左右にずらす。言葉にせずとも、アユムもエッツォもセシリアの考えを読んですべきことをしていた。

 もう一人を回避行動させ時間を得たセシリアは、アユムたちがフリーズさせた最初のウィザードに再度向きなおり、動けない彼女の右手に握られたサブマシンガンを狙撃銃で撃ち抜いた。


 残るは一人。

 まだ、池のほとりを走る男たちの姿は見える。

 ほどほどに歳をとっているのだろう、それほど速くはない、追いつける。一人の男はやや遅れつつある。


 残る一人のウィザードを片付けようと振り返ると、すぐに別の射線を感じた。

 あわてて避ける三人。小屋から見ているアルフレッドには何が起こったのか分からない。


 しかし、見ると。


 公園脇の事務棟から、さらに五人のウィザードが銃を構えて飛び出してきたところだった。

 逃げる先逃げる先に射線を刺されて行動のできない三人。完全に形勢逆転となっている。


 アルフレッドは、右手に持っているサブマシンガンを見つめる。


 僕が飛び出して行って、わずかな役に立てるだろうか。

 だが、彼らを見捨ててここで震えているわけにはいかない。

 何しろ、これは僕が言い出したことだ。

 敵の気まぐれを誘うくらいのことはできる。


 意を決して飛び出そうとした彼の左肩をぐいと小屋に引き戻したのは、シャーロットだった。


「下がって、アル。オーダーを」


「アユムたちを助けろ。敵の生死は問わない」


「了解」


 矢のように飛び出したシャーロットは、左手の拳銃から弾丸を発射した。

 ウィザードには当たらないはずのその弾丸は、なぜか、敵の一人の太ももに命中し、倒した。

 危険目標を瞬時に再判断した敵の残る五人は、一斉にシャーロットに銃口を向ける。もちろん、その射線をシャーロットも感じている。


 だが、彼女は全く回避するそぶりさえ見せず、拳銃を構え、突進する。


 彼女に刺さっている射線に沿って、一発の弾丸が飛ぶ。

 だが、なぜか、それは彼女には当たらなかった。


 絶対に当たるはずのウィザードの射撃は、その射撃の瞬間にシャーロットが見せたわずかな体捌きに惑わされ、わずかに彼女からそれていた。まるで、そのわずかな動きで相手が反応し弾道がずれることをあらかじめ知っていたかのように。


 同じようにして、あと三発の弾丸を避け、代わりに、二発の弾丸を、敵二人の肩と脇腹に叩き込んだ。それも、わずかな射線の操作で敵の回避行動を操作し、『弾に当たるように行動させた』末の命中なのだった。


 敵の残りが三人になると、回避行動から回復したアユムたちを加えてすでに優勢だ。

 何より、シャーロットの不可解な力に、敵は混乱を来している。

 シャーロットがさらに一人を撃ち倒す間に、三人がかりでもう一人をけん制し動きを封じる。


「ロッティ、あいつらを追え!」


 最後の一人の処理にかかろうとしたシャーロットに対して、アルフレッドは叫んだ。

 池のほとりから間もなく見えなくなりそうな敵を追う方が優先だ。

 連れている一人の女は、やはりウィザード、しかも、アルフレッドたちの潜伏を見抜いた手練れに違いない。対抗できるとすればシャーロットだけだろう。


 うなずきながら踵を返し、矢のような速さで走り始めるシャーロットを、アルフレッドも追う。


 動きを封じた一人を、三人の連係プレーで無力化したのが後ろに見えた。


 もう、問題なかろう。

 それよりも、僕は、あの黒幕を追わねばならない。


 前を駆けるシャーロットに必死に食い下がる。

 その差は徐々に広がるが、それでも見失うほどではない。

 エクスニューロをつけていると、最小限の体力で最大の効果を得るような筋肉の使い方もできるようになるのだろうな、などと、今思いついたことをぼんやりと考えながら、必死で走る。


 敵は、医学部付属病院に向けて走っていた。

 気が付くとその建物はもうすぐ目の前だ。五階建ての白い壁。


 学内対立の混乱で閉院しているその建物に飛び込む敵を、シャーロットも追う。少し遅れてアルフレッド。

 そして、玄関に飛び込んだところで、立ちすくむシャーロットに追いついた。


***


 大きなカウンター、その向こうに、事務室との仕切りの透明な樹脂パネルがある。

 樹脂パネルの向こうに、先ほどまで追っていた男うち長身の方がいる。もう一人の男はすでにどこかに逃げ去ってしまっているようだ。


 肩で息をしている。落ち着いて見ると、百九十はあろうかという大男だが、歳は五十がらみになるだろう。黒いロングコート姿。


 その姿を見て、アルフレッドにはひらめきがあった。

 ミネルヴァ最高幹部の一人が、確か、長身で、そう、確かにあのような顔だった。


 名前がすぐに出てこない。

 けれども、大丈夫、もう一度見れば、必ず分かる。


 問題は、樹脂パネルの手前で、シャーロットに向かって銃を構えている一人の少女の存在だった。


『何者だね』


 呼び出し用スピーカーを通して、中の男がアルフレッドたちに向かって語りかけた。

 返答の代わりに、アルフレッドはサブマシンガンのトリガーを引いた。

 放たれた弾丸は、手前の少女にも触れず、防弾の樹脂パネルに小さな傷をつけて止まった。


『それが返事かね。だが、君が、そこのシャーロット・リリー君をそそのかして連れ出したことは、大変な痛手だった。背後関係をしゃべってもらうまでは、死なせはしないから安心しろ』


 シャーロットを名指しする男に、アルフレッドは疑問を感じる。


 なぜ、ロッティ?

 ウィザードを奪われて困るというのなら、経験を積んだアユムをそうだと言ってもいい。


 ……とすれば、やはり、ロッティには、何か特別なものがあるのだろうか?


 ――そうとも。

 この特別なウィザードにかなうウィザードなどいるまい。ロッティがたった一人のウィザードにむざむざやられるとは思えない。


『一戦交えても良いのだが、君たちに勝ち目はあるまい。降伏したまえ』


「そちらこそ降伏しろ。ただのウィザードがロッティにかなうと思うか」


『ふん、そうか、そこまで気づいているか』


「ロッティ、制圧せよ」


「了解」


 さっと横に跳びながらハンドガンで狙いを定め、トリガーを引くシャーロット。彼女の放った弾丸はたとえ相手がウィザードでも確実にそれを捉える。


 ……はずだった。

 弾丸は、相手の少女に当たらなかった。


『そうだな、ただのウィザードなら、――ただの”魔法使い”なら、確かに、相手になるまい。しかし、ここにいるのは、そう、シャーロット君と同じ、”魔人”。魔人エレナだ』


 彼はそう言うと、手を一振りした。

 途端に、魔人エレナと呼ばれた少女は、駆け出す。

 しかも、まっすぐにシャーロットに向かって。


 シャーロットは、三度、銃のトリガーを引いた。

 彼女の予測では、その弾丸は、エレナの右足に二発、左足に一発、食い込むはずだった。そうなる未来が見えていた。


 ――だが。


 弾丸は、空中で消えていた。

 正確には、以前シャーロットがやったように、空中で自らの弾丸で相殺していたのだ。


 シャーロット以外にそんな芸当のできるウィザードが?

 そんなアルフレッドの一瞬の思考の間にも、二人は間合いを詰める。


 しかし、シャーロットは気づいている。

 自分が踏み出そうとする先々に、銃の射線が落とされることに。

 もし相手が本気で撃とうとすれば、とっくに撃たれているかもしれない。


 相手が射線を落とすことはその直前に分かっている。分かっているのに、吸い寄せられるようにそこに一歩を踏み出してしまう。

 なぜ自分が相手の攻撃を避けられないのか――自分が避けるべきと判断すべき方向まで完全に読まれているのか――シャーロットには理解ができなかった。


 脳の負荷の上昇を感じる。

 格闘戦なら。


 隙を作ろうと、右手のナイフを投げつける。

 ひねりを加えてナイフの軌道に不規則性を持たせる。その不規則な軌道さえ、シャーロットのエクスニューロは予測し、その未来視は、エレナの喉に突き刺さったナイフを見せた。

 だが、やはり、それはエレナの肩口をかすめただけだった。


 そこにあるべきエレナの喉が、もう無いのだ。


 なぜ?

 『見えた』のに?


 シャーロットにとって当然のエクスニューロによる支援、すなわち『未来視』は、さらにその上を行くエレナの未来視によって、覆されていた。


 だが、エレナのバランスが崩れていることは見て取れた。それは予測ではなく現実だ。

 射線がぶれるのを感じる。その隙を見逃さず、回し蹴りの間合いに素早く入り込む。

 そして、バランスから考えて絶対に避けられないピンポイント、左足のくるぶしを狙って蹴りを繰り出した。


 その時、シャーロットは予想しなかったものを見た。


 さっき見たときより、エレナのバランスがさらに崩れているのだ。

 この攻撃を予測したエレナは、自発的にバランスの崩れを加速し、そして結果として、シャーロットの蹴りが空振る位置を左足のために確保したのだった。


 転がりそうになりながら、エレナは拳銃を投げつける。

 恐るべき正確さ、シャーロットはかろうじて左手でガードするが、あまりの衝撃に腕がしびれて自らの銃も取り落としてしまう。


 一回転して体勢を立て直したエレナは、さらに右の拳を突き出し、しびれたシャーロットの左腕を狙う。シャーロットはたまらずに一歩下がる。

 さらに、左パンチ、右キックが続き、シャーロットは防戦一方となる。


 相手の攻撃を空振りさせる的確な位置取りを予測したはずなのに、相手の攻撃は、そこからさらに一歩踏み込んできている。通常なら、間合いが近すぎて威力が出せない距離まで。完全に、シャーロットの『予測行動』をさらに先読みしている。


『やはりな。魔人としての完成度は、エレナの方が上のようだ』


 低く笑いながら、敵の男がつぶやいている。マイクをオンにしたままだったため、その声はアルフレッドにまで届く。


 その時、すでに、シャーロットは猛攻に片膝をついていた。

 そして、最後のとどめの強烈な前蹴り。


 シャーロットはもちろん完璧に防御したのだが、もはや防御するしかないという点で、彼女は負けているのだ。ウィザード同士の戦いで、相手に触れさせてしまうというのは、負けに等しい。


 衝撃に、しりもちをつくシャーロット。

 素早く馬乗りになるエレナ。


「……マスター、制圧しました」


『抵抗されると面倒だ、デバイスを破壊しておけ』


「かしこまりました」


「やめろ!」


 アルフレッドは男とエレナの会話に思わずいきりたち、サブマシンガンを抜いた。


 だが、それを見たシャーロットが、予備の閃光弾を素早く抜き取り、アルフレッドとエレナの間に投げた。


 次の瞬間、すさまじい閃光と破裂音。


 目がくらんだアルフレッドは、倒れ込む。


 何も見えない。

 でも、音は。

 音くらいは。


 しかし、何も聞こえない。


 駆け込んでくるアユムたちの足音を除いては。



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