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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの魔人
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第一章 血塗れの部屋(3)


 潜伏開始から十二時間は何も起こらなかった。


 思ったよりも敵の動きは遅いのか、あるいは、もはやこの拠点は放棄したのか。

 その心配は増大したが、昼前に突如として解消した。


 大部屋の結晶格子錠が解除されたことを知らせる小さなベルがアルフレッドの手元で鳴る。撤退時のトラップと合わせて仕掛けておいたものだ。

 それが彼を心底驚かせたのは、その何者かが、シャーロットの警戒をかいくぐってそこに到達したことだった。


「ロッティ、こちらに誰かが入ってきた。異常はないか」


『うん、異常はないよ。――え? そっちに?』


 簡易中継器を経由した戦術通信機の向こうのシャーロットも驚いた声色に変わる。


「さて、裏をかかれたってわけかしらね」


 アユムが突撃銃を脇に抱える。


「静かに、まだ僕らがここにいるとばれているわけじゃない」


 アルフレッドの警告に、アユムも注意深く音をたてないように銃のセーフティを解除した。

 やがて、彼らのいる手術施設の扉が開いたことが分かった。


「――こも、問題は無いようだ。結局、なぜ警備のウィザードはいなくなったのかね」


 男の声が聞こえてくる。


「その……私にもどうにも分からないのです。交戦中を示すシグナルが出たのですがすぐに途絶えて……彼女たちは忽然と消えてしまったのです」


「だが、侵入された形跡は無い。もちろん、あのセキュリティを破れるものは――そう、あれを除いているわけがないし、現に破られていない」


 話し声に伴って、いくつかの足音が聞こえる。

 話し手二人分に加えて、規則正しい足音があと三人分ほどあるようだ。


「君のところには随分実験体を兵士として融通してやったつもりだったがね……この前も逃亡を許して、どのような扱いをしているのかね」


「逃亡と決まったわけでは――」


「失礼します。マスター、お下がりください」


 突然、男二人の会話に、女性の声が割り込む。


「どうしたエレナ――」


「準備室に何者かいます。……四名、武器を所持」


 その声に、アルフレッドたち四人はびくりとした。

 完全に彼らの存在が見透かされている。


 何か、ミスをしただろうか。

 見逃したセンサーがあったか?


「排除は」


「可能ですが、この場所はいけません。流れ弾がマスターおよび重要設備を害する可能性があります」


「退くぞ」


 女性の言葉に対して、マスターと呼ばれた男はすぐに決断し、踵を返した音がする。


 どうする。

 貴重な手掛かりに、目の前で逃げられてしまう。


 焦ったアルフレッドは、アユムに視線を送る。

 アユムはアユムで、一瞬の判断ができない自分を苛立たしく思っている。


 相手は、自分たちが見逃すような手がかりでこちらが武器を持った四人だと見透かすような手練れ。

 そこに飛び出して行って無事でいられる自信がない。

 だが、今追わねば、おそらく二度とこのような機会は無い。

 このような形で危険が迫っていると相手に知らせてしまった今が、最初で最後のチャンスとなるだろう。


 これは、自らの命を賭すほどのことなのだろうか。


 ――いや、そう。


 あの子の……ロッティの、自分のような少女をこれ以上増やしたくないという気持ちに応えたいから、こうしているんじゃないの。


 その結論に至るや、アユムは、自分に決断を求める三つの視線に素早く視線を送り返し、指先の簡単なジェスチャーで『GO』を命じた。

 後方支援がセシリアとアルフレッド。アユムとエッツォが前方に位置取り、飛び出す。

 彼らの足音を聞いた前方の男二人、女三人は、一瞬振り返ったが、応戦より逃亡を優先し、駆け出した。


 エクスニューロが、すぐに、相手が狙撃圏内から脱したことをアユムの脳に告げ、それを受理したアユムは、突撃のジェスチャーを出す。

 四人は一斉に駆け出す。

 同時に、アルフレッドは通信機の送話をオンにする。


「ロッティ、敵だ、応援に来てくれ」


『はい!』


 応答を受け、なおも前を逃げる五人を追う。

 エッツォは走りながらもサブマシンガンを真横に構えて、わずかでも射程に入れば一撃を撃ち込もうと狙うが、際どいところで、相手はひらりと通路を曲がる。


「……ウィザードだ」


 と、彼がつぶやく。

 相手の動きは間違いなくウィザードのそれで、ぎりぎり撃たれない間合いを把握しながらの逃亡なのだ。


 血塗りの部屋を出て廊下の角を曲がりすぐのところで、彼らの姿がふいに消える。

 だが、その行先は分かった。


 ノブ式の原始的な錠が内側からかかっていて入れなかった、『機械室』の札のついた小さな扉が開け放たれている。

 その扉は、別ルートからこの秘密の場所にたどり着くための通路の扉なのだった。


「ロッティ、あの部屋の前の扉が別ルートだ、追って来てくれ」


 シャーロットの応答があったかどうか分からないまま、アルフレッドたちは、その通路に飛び込む。


 数メートル先に数段の下り階段、低い天井をいくつもの配管が通るじめじめとした通路を半ば中腰で突き進む。

 その先に確かに気配があるが、通路は何度もくねくねと曲がり、相手の姿を掴ませない。

 床は水が落ちてたくさんの水たまりを作っており、否応なく彼らの足音を水音として反響させる。


 ある角を曲がったところで、その通路は突然、広くてまっすぐな通路に変わった。

 これだけまっすぐなら敵の姿も見えてよいはずなのに、それが見えない。


 一体どこへ――。


 そう思いかけたとき。


「右に上り階段があります! きっとそっちです!」


 セシリアが後ろから叫ぶ。


 よく見れば確かに狭い隙間があり、階段の入り口のように見える。その入り口の前の水たまりで、確かに水面の揺れが止まっているようだ。

 アルフレッドは再びシャーロットにこの場所のことを告げたが、やはり応答はない。もう戦術無線機の中継器のカバー圏外かもしれない。もう一台予備を持っておくべきだったか。

 アユムとエッツォに続いて階段を駆け上がると、その先に、明るい光が見えている。間違いない。地上だ。


 飛び出すと、そこは、大学公園の池のほとりの管理小屋だった。



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