第一章 血塗れの部屋(1)
★第二部まえがき★
全三部構成の「マリアナの女神と補給兵」、その第二部全七章です。
第二部ではいよいよウィザードの秘密が明らかに。
では、どうぞ。
★★
マリアナの女神と補給兵Ⅱ
■第一章 血塗れの部屋
惑星マリアナは、その表面に抱える戦乱にもかかわらず、はるか数十万キロメートルからは、ブルールビーのような輝きをたたえていた。
毎日のようにその光景を見ている彼にとっては見飽きた姿なのに違いないが、それでも、砂漠のように不毛な宇宙の中に浮かぶその小さな生命のオアシスを愛でる気持ちが尽きることはなかった。
「相変わらずランダウ騎士団の活動が活発化しているのだな」
「はい、衛星映像から推測される戦力には引き続き変化は見られません。何らかの特殊兵器を開発した恐れがあります」
報告者は気をつけの姿勢を崩さずに補足した。
「正統政府が打った手はうまくなかったようだが、分析は進んでいるかね」
「正統政府は海賊を手懐けて騎士団にもぐりこませましたが、作戦遂行時に失敗したという情報以上は……」
「……ふむ、海の上のことはそれ以上は分からぬか。あの勢力が増長することは避けたいという正統政府の考えには同調するのだがな」
「お言葉ですが閣下」
赤髪の痩躯、セバスティアーノ・ニコリーニが横から口を出す。彼は、民間人としてこの報告会への同席を許された唯一の人物だ。
「あの勢力は、彼らの真意がどうあれ、バランサーとして良好に機能しているようです。むしろ、彼らをこそ操るべきなのではないでしょうか」
「君が以前主張していた、ミネルヴァではなく、ランダウ騎士団を、ということかね」
「確かに、私は以前ミネルヴァこそキーだと申し上げ、部下を送り込みもしました。しかし、先だって始まったミネルヴァの内乱。彼らは当面はキーとしての役割を果たせないでしょう。であれば、バックアップも必要です」
「君はその件について何も教えてはくれんが、君の部下は、内乱にかかわっているのではないかね? 重要ではないとは言え、状況は知りたいのだが」
「お恥ずかしい話なのですが、部下との連絡は途切れており、内情が伝わってまいりません」
「……戦死、したのかね」
「部下はウィザードです。簡単に死ぬとは思えません……が、その可能性はあります。あるいは、捕虜となっている可能性も。ただ、本当に重要な局面を除いて、自己判断で連絡を絶て、とも伝えてあります。ウィザードの使うエクスニューロという機械には謎が多い。不用意な連絡は我々の立場を危うくしかねないのです」
「用心深いことだな」
初老の男は、ふん、と鼻を鳴らした。
「戦闘力を持った斥候部隊を組織したい。本国に人選と派遣を要請する文書をすぐに作れ」
彼は別の男に命じ、命じられた男は敬礼して自らのアクションアイテムリストに仕事を追加した。
***
アルフレッド・レムスは、無傷の三人、あばら骨を痛めた一人、右足に後遺症の残るだろう深手を負った一人、合計五人の少女を前にしていた。
彼の隣には、脱走ウィザードたちからなるランダウ騎士団第一遊撃隊直属ウィザード部隊の隊長、アユム・プレシアードも一緒に座っている。アルフレッドは、その副官という立場だ。
「……それで、結局君たちは何も見ていないのか」
アルフレッドの再度の詰問に、五人の少女は一様にうなずいた。
「ウィザードばかりで交代で入り口を警備していました。時々、退去を命じられました。その間にどうやら誰かが出入りしていたみたいです」
無傷の少女が答える。
彼女たちは、ミネルヴァ軍ウィザード部隊所属の兵士たち。
上官の命令に従い、大学武装集団ミネルヴァの首都、ディエゴ・デル・ソル大学の図書館奥の秘密通路を警備していたのだと言う。
そこで、侵入したアルフレッドたちと遭遇戦となり、捕らわれの身となったのだ。
今は、秘密通路を抜け、一般の学生も出入りできる防備シェルターのパントリー室で手当てをして一息ついている。
「ほかに気付いたことは? 少なくとも、あなたたちが警備していたそこの通路の奥の部屋では、大変なことが起こってたの」
アユムが言うのは、少女たちが守っていた部屋で行われていた凄惨な儀式。強化兵ウィザード同士による殺し合い。その痕跡である弾痕と血しぶきを発見したアルフレッドたちだが、仲間のセシリア・ヒッタヴァイネンがあまりの光景に気を失ったため、手当てのために一旦広い部屋に戻ったのだ。
それでも、少女たちは、首を横に振るばかりだった。
もう一人の仲間、エッツォ・パダリーノは、大きくため息をつく。
「無駄だろう。今まで聞いた限りでは、彼女たちはあくまで軍の命令系統で動いていた。しかし、僕らがこの図書館に踏み入った時、守っていたのは、学粋派の連中だった。軍にも学粋派にも影響を行使できる相当な大物がかかわっている。一兵士にみだりに秘密を知られるような愚は犯してないだろうね」
彼は、これまでの情報を総合して、その矛盾点を指摘し、そこから導かれる結論を口にした。
「そうか、確かに。ただ、軍内にも学粋派に心酔しているものがいるかもしれないし、その逆もあるかもしれない。僕らの求めるターゲットが、どちらの派閥なのか、第三の派閥なのか、結論は、まだ出せない」
アルフレッドが言うと、エッツォは、もちろんその通り、と軽く肩をすくめて見せた。
「さて、今後の私たちの行動は後で考えるとして、彼女たちをどうする?」
「え……その、口封じとかって……こと?」
成り行きを口出しせずに見守っていたシャーロット・リリーが、身を乗り出した。
「大丈夫ロッティ、そんなことはしない」
「そ、そうよね、うん」
アルフレッドの言葉に、ひとまず安心の表情を見せるシャーロット。この中の誰よりも長けた戦闘能力を持つ彼女が、誰よりも暴力と死を恐れている、その矛盾を、改めてアルフレッドは皮肉に思う。
「だけど、ただ無罪放免ってわけにはいかないわ。立場上、私たちのことを上官に報告しなくちゃならないでしょうし。選択肢は二つ。このまま去って、復隊。あなたたちの報告が私たちを追い詰める前に私たちが目的を達して逃げる。もう一つは、私たちと同じように、逃亡すること」
「……噂には聞いていました、あなたたちが、逃亡ウィザードたちなんですね」
さっきの少女が言う。彼女たちにも、アユムたちの脱走の話は当然伝わっていただろう。
「ええ、その通り。好きな方を選んで。逃げるというのなら、口利きくらいできる」
「――ランダウ騎士団か」
アユムの言葉の合間に、アルフレッドは彼女の意図を見出してつぶやく。
「そうね。エクスニューロを失ったあなたたちが戦闘員として受け入れられるかは分からないけれど……最悪でも身寄りのない女性捕虜としての処遇は受けられるでしょうね」
その処遇とは、少女奴隷ということなのであり、決して安穏な生活が保障されるものではない。
「ただもう一方は」
エッツォが横から口をはさむ。
「つまり、君たちが元いた場所に戻るという選択をしたら。君たちが僕らと接触して危険な情報を知ってしまったと分かれば、君たちを溶鉱炉で処分することくらいは躊躇しない人間だろうとは言っておこう。少なくともあの血まみれの部屋を見た印象では、ね」
そう言って、少女たちに恐るべき二択を迫る。
奴隷か、死か。
それから数分後、少女たちは、アユムに頼って、南方第六市を根城にする遊撃海賊団、ランダウ騎士団に身柄を預けることを決意した。
まだ警備の補充がなされない図書館出口をすりぬけ、彼女らは後の待ち合わせ場所とした第三市南7公会所へ向かった。
★第二部まえがき続き★
秘密の部屋に残されたウィザード虐殺の秘密。
それを解き明かしたとき、彼らの背負ってきた運命も明らかになります。
そして、いずれ決着をつけるべき相手も、第二部で登場。
引き続き第二部をお楽しみください。
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