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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第六章 少女奴隷の行方(4)

 翌日、明るくなってくると、地上から銃声や怒声が聞こえてきた。その音は遠くではあったが、あまりに閑静な大学内でははるか外れの地下にまで響くのだった。

 学内で戦闘が行われていることは間違いがなさそうだったが、聞こえる音は散発的で、組織的な戦闘と言うよりは、個人レベルの遭遇戦があちらこちらで起きているように思われた。

 それでも銃声の頻度は、外に出て行っても危険はない程度のように思われたため、アルフレッドたちは早速行動を開始することにした。


 エッツォの記憶に従い、彼が手術を受けた軍属病院の調査だ。

 軍属病院は大学から徒歩五分程度の近隣にある。

 周囲を公園に囲まれた病院で、元は旧マリアナ共和国立病院第三市医療センターであった。当時の最新の医療施設の多くは保守が行き届かずにガラクタと化していたが、入れ替わるようにディエゴ・デル・ソル大学の医学部が開発し第六市で製造された同等以上の医療施設が充実していた。エクスニューロ装着のような高度な脳手術にも十分対応可能な病院であった。


 いろいろ穏やかなやり方はあったかもしれない。

 しかし、彼らには小細工をする時間が無かった。

 だから彼らは、病院の正面玄関を堂々とくぐり、まっすぐに事務所に向かった。途中で警備員ともみあいになったところからは彼らの道行は『突入』に変わった。


 荒々しく事務所に躍り込むと、事務員を脅して病院の事務記録の写しをすべて作らせ、結晶メモリごと奪った。

 また、紙でしか保管されていない貴重な情報は目につくものを手当たり次第にひったくった。

 そうして、病院の警報が鳴り響く中、彼らは走って病院を後にした。


 当然ながら警備員と警察がすぐに彼らの痕跡を追い始めたが、ある通りに出るタイミングでセシリアが視界の彼方までのあらゆる監視カメラを狙撃銃で射抜き、彼らの足取りを完全に消し去った。


 次いで、ミネルヴァ軍司令部の情報部のビルを同じように襲った。

 ここでも貴重なデータを奪取して、同じように痕跡を消しながら彼らは逃げ去った。

 相次ぐ暴力事件に市内は厳戒態勢が敷かれたが、その時にはすでに、彼らは彼らしか開けられない結晶格子セキュリティに守られた完全なシェルターに舞い戻っていた。


 二件の情報強奪事件については、テロ、愉快犯、果てはスパイによる犯行も視野に入れて捜査が行われることになり、市外へと向かうあらゆる通路のセキュリティが強化されるに至ったが、学粋派との闘争中である大学内に捜査の手が伸びることはなかった。


***


 入手した情報は、同じく入手した分析端末で解析された。

 エッツォはもともと情報士官志望だったとのことで、その知識が多少役に立った。


 しかし、結局のところ、いくら探してもウィザードの出自に関する情報をたどることはできなかった。

 加えて、ウィザードの存在そのものをにおわせる情報もきわめて少なく、それと知っている者でないと、そうだと分からないよう情報の山に埋もれている有様だった。


 そんな情報の山を、ようやく半分ほど掘ったところで、エッツォは大きくため息をついて端末を放り出す。


「……だめだよ。どうにも、ウィザードに関する情報が見付からない」


「だがウィザードが極秘だってことはもともとだ」


 エッツォの弱音に、アルフレッドが抗議する。


「だとしてもさ。そもそも、僕らが襲った二か所は、間違いだったと考えたほうがいい」


「私もそう思うわ」


 アユムはエッツォに賛同する。


「たくさんの奴隷が人知れず消えていることは、私たちウィザードにさえ秘密だったことよ。私たちが知っているような場所じゃないのかもしれない」


「だからと言って見殺しに――」


「見殺しにするなんて言ってないわ。アルが感じているのと同じくらいの正義感と罪悪感を私も感じているもの」


 言いながら、彼女も、彼女自身より少しばかり若い十四人の少女たちの顔を思い出す。


 自分たちがどこに売られていくのかも分からず、不安に打ちひしがれた少女たち。

 アユムは、彼女らが引き渡される直前に彼女らの姿をひそかに盗み見していた。もし第三市のどこかで彼女らの姿を見かけたら、という思いが、実のところ、あった。ただ平和裏に第三市市民として受け入れられているだけだったらいいのに、と。

 彼女らを運ぶトラックからは厳重な警戒スキャン波が検知され、視界に捉えながら追うことはできなかった。結局、第三市近郊でそのトラックの足取りは完全に消えていた。


 もちろん、少女たちの姿を第三市で見つけることはかなわなかった。

 目の前で連れ去られていった少女たちの姿を思い出すとき、アユムはなんとも言えない罪悪感を繰り返し感じるのだった。


「ロッティ、君はどう思う」


 アルフレッドは、右後ろに感じたシャーロットの気配に向けて問うた。


 そして、振り向いたとき、アルフレッドの脳裏に閃光のように記憶がよみがえる。


 ウィザードは何者かに皆殺しにされる。

 そう言って逃げ出したのは、ほかならぬ、シャーロットだった。

 その『皆殺しにされるウィザード』とは、人身売買で買われウィザード化された少女たちなのではないか、と考えたことを思い出す。


 であれば、シャーロットがその予感を口にしたとき、彼女は何をしていただろうか?


「アル、あたし……」


「待ってくれロッティ、君は、僕と初めて会ったとき、一体どこに向かうつもりだったんだ?」


 突然のアルフレッドの詰問に、戸惑いの表情を浮かべるシャーロット。


「……あ、あのとき、あの奥を目指してた」


「あの奥に何が?」


「……分からない」


「だが、あの時君は、どうしても奥に行かなければならないと言った。それは、ウィザードがミネルヴァの誰かに殺される、それと関係があるように、今考えれば、そう思う」


「アル、ねえ、それって、どういうこと? あなたは一体どこでロッティと会ったの?」


 アルフレッドは、アユムの方に振り向く。


「……僕は大学図書館にいた。そこに、ロッティが侵入してきて、奥に向かおうとする彼女を押しとどめようとして僕はあっという間に倒された」


 いまさらながら、そのときの光景を鮮明に思い出す。

 自分の半分のウェイトもなさそうな少女にあっという間に転がされた記憶。その記憶のすぐ脇に、その少女が図書館シェルターの奥に押し入ろうとしていたことが付随している。


「ロッティ、思い出してくれ。あの時君は、図書館の奥、シェルターのさらに奥に向かおうとしていた」


「アル、あたしは……うん、上手く思い出せないけれど、何かの確信を持って、あそこにいた」


 そして、エクスニューロをつけて感情を遮断していると思っていた彼女の顔と口調には、強い不安の色が浮かんだ。


 そのとき先だって感じていた違和感を思い出す。


 これだ。


 彼女は、エクスニューロをつけたままなのに、笑ったり困惑したり。

 それが徐々にはっきりとしてきている。

 アルフレッドは、それを良い傾向かもしれないと考えたが、この際、それは脇に置いておこうと小さくかぶりを振った。


「君が嫌でなければ、行ってみないか」


「うん、……あたしはあそこに行くべきだった……と思う」


 シャーロットが自信なさげにうなずいたが、一方、アユムとエッツォは強くうなずいた。


「彼女がそういうのなら、絶対に間違いが無い。どうして僕は最初にそれに気がつかなかったのだろうね」


 アルフレッドは、エッツォがシャーロットの直感に寄せる信頼の深さに驚きながらもうなずき、それでも懸念を口にする。


「あそこはセキュリティが低い、どちらかの勢力に制圧されているかもしれない」


「必要とあれば、『私たちが』そこを制圧しましょう」


「学粋派と共存派と、脱走兵たちの三すくみを作っちゃうわけですね。学内が混乱すればするほど、私たちの目的のための隙が作れますね」


 セシリアは案外鋭いことを言うものだな、と思いながらも、アルフレッドはそれに対してもうなずいた。


「じゃ、突入は今日の深夜。派手に攻め立てて逃げる暇くらいはあげましょう」


 アユムがあっさりと決行を決定したが、それに反対するものは一人もいなかった。


***



 ウィザードたちの鋭い感覚は、誰にも見付からずに図書館エントランスまで彼らを導いた。


 予想通り、豊富な物資と堅固なシェルターを持つ図書館は、すでに誰かが占拠しているようで、サーチライトを持った歩哨が警戒していた。

 アルフレッドの合図で、セシリアが狙撃銃を構え、立て続けに四発の銃弾を放つ。

 それは歩哨たちが持つサーチライトと外壁の常夜灯を見事に打ち抜き、辺りは突然の闇に襲われた。歩哨たちのパニックの声が聞こえる。


 シャーロットを先頭にすばやく間合いを詰め、二人の歩哨を黙らせる。

 騒ぎを聞きつけて飛び出してきた二人の兵士も同じように殴りつけると、薄灰色のエントランスタイルに顔面を打ち付けて沈黙させた。


 エントランスの内側にはまだ灯りがあったが、それもセシリアがすばやく撃ち抜き、廊下の向こうから漏れてくる間接光だけがホールを照らす暗闇を作る。この中では敵も味方も分かるまい。


 幸いに、早期に兵士を黙らせたためか、追加の敵兵は無かった。

 倒れた敵兵を調べてみると、ミネルヴァ軍制式の銃と戦闘ジャケットを身につけているものの、その下には階級証も何もついていない私服だ。おそらく、ここを制圧しているのはいわゆる学粋派の一派なのだろう。


 書棚の奥、有事シェルターを目指す。

 シェルター前に飛び込むと、そこには同じような格好の学粋派兵が五人。


 しかし、たいした訓練を受けているわけでもなく、さらに相手は無敵の兵士ウィザードとあっては、彼らは抗う術も無く沈黙させられた。

 もしこれが訓練された正規のミネルヴァ兵であれば、何名かの死者は出していたかもしれない、と思うと、彼らが学粋派であったことに五人は救われた思いがした。


 内側からだけロックが可能なシェルターの大きな扉は、運よくロックされておらず、五人は易々と進入することができた。

 シェルター内部には大量の物資が積まれたパントリーエリア。アルフレッドが、細身のシャーロットに一瞬で組み伏せられたあの場所だ。

 幸運にもアルフレッドはシャーロットのエクスニューロを奪取して彼女を無力化できた。もしそれがかなわなかったら、彼女はそこからどこに向かおうとしていたのだろうか。


 この奥には、キッチンやトイレなどの生活必需設備が並んでいるばかりで、十数メートルも進めばいずれの分かれ道も袋小路なのだ。まさか、キッチンやトイレにシャーロットの目的地があったとも思えない。


「……思い出して……きた……そう、ただ、まっすぐに進まなくちゃと、思ってた」


 小さな声で、シャーロットがその疑問に応える。


 警戒して灯していなかった小さな電灯のスイッチを入れ、彼女はまっすぐに進んだ。

 その先には、簡易のキッチンがある。


 少し距離を置いてアルフレッドが続く。

 彼女の行き先をじっと見守る。


 シャーロットは、キッチンに立つと、プラズマコンロのつまみをひねった。

 暗闇に、ぼうっと、青白い炎が立ち上る。

 彼女はそのつまみを少し戻し、それから、もう一度、火力大の方にひねる。微妙な位置でそれを止め、あろうことか『手前に引いた』。


 かしゃりと小さな音がして、つまみは二センチメートルほど浮いた。


 それがスイッチとなり、キッチンの奥の装飾としか思っていなかったタイル模様の一部が浮き上がった。

 それは、誰も知らない秘密の通路だった。


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