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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第六章 少女奴隷の行方(3)

「話は分かった。だがな」


 シュウは大げさに足を組みなおした。

 アルフレッドは立ったままだ。


「一つ。彼女らという貴重な戦力を失う。俺たちにとって大変な損失だ。一つ。ことによっちゃあ、俺たちの大得意様を失う。おう、行ってこい、とは言えんな」


 シュウは腕を組んだまま、むずがゆそうに左肩を上げ下ろししている。

 しばらくうつむいていたアルフレッドは、改めて顔を上げて口を開く。


「……そのような答えは想定していました。だから、僕一人で行こうと思います。僕は戦力でもないし、僕一人の力で若者をダース単位で買うような陰謀集団を潰せるはずもない。僕はただ真実を知りに行く。可能なら、不幸な少女がこれ以上生まれない方法を考える」


「あいつらが不幸だとは、俺は思わんがね」


 ふん、と鼻息を漏らすシュウ。


「それは、彼女らがこの騎士団に拾ってもらえたからです。そうでない者は、ミネルヴァの兵士として戦っているし、あるいは、それさえもできずに存在を消されているかもしれない」


「だがお前が行っても俺たちに利益は無い。俺たちは貴重な補給参謀を失う」


「僕が貴重な役割を果たしているとは思いません」


「お前がどう思おうが、事実だ」


「でも僕は……」


 言い争っても仕方が無い、とアルフレッドは思い、口をつぐむ。

 参謀としての技能よりは、おそらく、ウィザードの秘密を知っている危険人物として囲われなければならないのだろう、と。


 であれば、とるべき手段は、脱走しかなかろう。

 そのような決意をアルフレッドが固めようとしたとき、シュウの口が動いた。


「ウィザードを連れて行け。それが条件だ」


 言葉の意味を理解できずにアルフレッドが呆けている間も、彼は続ける。


「ミネルヴァが何をやっているか? 今はどうでもいい、が、もし、やつらが新同盟や正統政府を圧倒するほどの何かをやるようになれば、俺たちにとっても脅威だ。だから、おめえらは斥候だ。だが、お前一人じゃ死にに行くようなもんだ。だからウィザードを護衛に連れて行け。だが、必ず戻って来い。ウィザードを連れて、必ず生きて帰れ。いいな、命令だ」


 再び激しい鼻息を漏らしながら足を組みなおす。


「不幸な少女が云々なんつー人情沙汰には興味ねえ。だが、ミネルヴァでおかしなことが起こっているらしい。俺らも、あいつらが不気味だとは思っているが、手を打てないでいた。あいつらは海に出てこないからな。おめえらの亡命は俺たちにとっちゃミネルヴァの実態を知る貴重な機会だった。そのついでにもうひと働きしてもらいたい。ミネルヴァの秘密を探れ。エクスニューロの秘密を持ち帰れるならなおいい。いいな」


「だが僕は除隊するつもりで――」


「うるせえ。そんなこと許すかよ。おめえらは永久にランダウ騎士団のものだ。俺たちのポリシーは、『強いやつは弱いやつを所有できる』ってんだ。ただ戦闘が強いだけで生きていく力がまるで無いおめえらを、強い俺様が所有してるんだ。立場をわきまえろ」


「いや、あの、その……」


 戸惑いながらも、アルフレッドはシュウの真意を悟ったように感じた。


「あ、ありがとうございます」


 彼が言うと、シュウは、ぶほっ、と吹き出し、大笑いした。


「お前もお人よしっつーか……一言で言やあ、馬鹿だな。俺が感謝されるようなことをしたように見えたか?」


「あの、いや、行くことを許してくれたし……」


「おめえら逃げ癖があるからな、ここで逃げられたらたまらん。首輪つけただけだ」


 そう言われて、シュウの優しい心遣いとばかり受け取っていたアルフレッドは、今度は恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまった。

 その様子を見て、シュウは再び笑いを漏らす。


「お前だけ行かせるにしてもな、どうせ、シャーロット、あの娘がついて行くだろうしな。我らが戦姫をかどわかされちゃたまらんぜ」


「僕らはそんな関係じゃ」


「お前にその気が無くてもあっちはどうだろうな。ともかく、どうせ俺らは第三市の南岸で女どもを売って港に帰るだけだ。次の任地に向かう前にもう一度同じ場所に寄って拾ってやる、それまでに済ませろ。休暇なしの七日間。いいな」


「……了解しました、隊長殿」


 最後にミネルヴァ式敬礼で応え、アルフレッドは提督室を後にした。


***


 第三市まで、北へ二百キロ。


 車両を一台、強襲揚陸艇で陸揚げし、予備燃料と弾薬と食料を積んで、北に向けて走る。補給任務用ではないため積荷は少ないが、偵察任務には十分だろう。

 道路さえ整備されていれば半日もかからないだろうが、第三市から近い農業地帯を除くと朽ちた古い農道しかなく、時速四十キロメートル以上を出すのは困難だった。


 それでも、五人を乗せた車は、暗くなる前に彼らを第三市の南境界近くに運んでいた。

 手分けして手早く車にカモフラージュを施し、そこから六キロメートル、徒歩で第三市中心部に向かう。

 懐かしの、と言うほど彼らは第三市を知らない。けれども、ミネルヴァに統治された禁欲的な街並みは、確かに懐かしいと感じるものだった。


 郊外の農道は、町に入るところで舗装された広い道に変わっていた。五人はその道の端をゆっくりと歩いている。街灯がつき始め、そこここの防犯カメラの小さな赤いランプが目立ち始める。


 四人のウィザードと一人の補給兵の脱走は、さほど大きな事件にはなっていないのではないか、と、彼らは考えている。彼らが何かを奪って逃げ去ったわけでも無いし、直接的に敵性勢力に組したわけでもない。逃げ出して二ヶ月以上足取りさえ消え、と言って敵に寝返った様子も無ければ、捜査の手は緩み始める頃だ。

 だから、こんなところの防犯カメラからの個人認識情報など誰もリアルタイムで監視したりしていないだろう、と彼らは踏んでいた。


 おそらく防犯オペレータの目の前のモニターには、この場所に五人の軍属市民がいることが表示されているだろうし、注意して見れば要監視対象、あるいは要通報対象、のアイコンも見えているだろうが、オペレータはそんな些細なことよりも隣の同僚とのおしゃべりの方を優先するだろう。犯罪者や準犯罪者の所在を示す人物アイコンは地図上にあふれかえり、より凶悪性向が強いものから並べたリストが自動的に警察に提供されている。そのシステムそのものが止まっていないかだけが彼らオペレータの関心で、凶悪性向の低い単なる脱走兵のアイコンをいちいち確認などしないのだ。


 彼らは堂々と道を進み、市内中心部からやや北にずれた位置にある、ディエゴ・デル・ソル大学が見える位置にまでたどり着いていた。

 そこには閑静なキャンパスがあるはず、だと思っていた五人は、その予想を裏切られた。


 大学から朱色の光が暗くなった空に漏れ、立ち上る煙を照らし出している。

 火災の光だ。

 正門が見える位置にまでたどり着くと、堅く閉ざされた正門の真ん中が激しくひしゃげ、車両一台が通れるくらいの幅が粉砕されている。


 明らかに戦場となっている。


 よもや新同盟軍が第三市にまで攻め込んだのか。

 そのような考えも浮かんだが、どうやらそうではなさそうだ。

 大学を除く第三市は、以前の通りきわめて静かだったから。


 そして彼らは思い出す。


 学粋派と名乗り、大学閉鎖事件を起こした集団のことを。

 おそらく、学粋派と誰かが、内紛をしているのだ。

 学粋派は、戦争をやめ軍を解体せよと訴えていた。であれば、学粋派と戦っているのは、軍そのものかもしれない。


 見たところは、すでに反学粋派が大学正門を突破して学粋派たちを粉砕してしまったかのように思える。


 それにしても、ちょうどその戦闘のあった日に、彼らがここを訪れたというのだろうか?

 違うだろう。広いキャンパス内で、まだ激しい戦いが続いているのだ。

 もしかすると軍の内部にも、学粋派に組するものが出ているのかもしれない。


 紛争の火を市街地にまで広げていないことについては、彼らの自制心を賞賛すべきだろう。

 だが、どちらかが追い詰められると市街地の安全も危ういかもしれない。

 気付いてみれば、確かに、大学の近くの市街地では、住宅の窓から漏れる生活の明かりが極端に少ない。すでに自主的に避難しているに違いない。


 相談の上、五人は大学内に忍び込むことにした。

 中はまだ戦闘が続いているかもしれないが、だからこそ、混乱に紛れてひそめる見込みがあった。

 アルフレッドが覚えていたいくつかの補給拠点を調べてみると、多くはいずれかの武装集団が警備していたが、二か所だけ、まだ気づかれずに放置されている倉庫があった。実際のところ、そこは結晶格子セキュリティ式で容易に解錠できないところだった。


 そこでふと、アルフレッドは、正統政府軍から逃げ出すときにシャーロットが容易にセキュリティを解除していたことを思い出した。あの時はわずか三桁のナンバーロックだったが、結晶格子パターンをキーとするこのセキュリティはさすがに訳が違う。とはいえ、そもそもなぜ彼女の直感がわずか三桁とはいえパスコードを破れるのか。三桁が可能なら、何万桁だって可能かもしれない。


「ロッティ、君はこのセキュリティを破れるかい?」


「アル、冗談はやめなさい、いくらロッティだってできることとできないことが――」


「できる」


 苦言を呈するアユムの言葉を遮るように、シャーロットは答えた。


 少しの間、彼女はじっとセキュリティを眺めていたかと思うと、突然、十数桁のパスコードを詠唱し始めた。アルフレッドは慌ててメモをとる。

 言い終わると、シャーロットは大きく深呼吸し、疲れました、と弱々しく笑った。


 アルフレッドは書きとめたコードを手早く入力する。

 結晶格子錠はそれであっさりと管理モードとなった。パスコードは正しかった。

 驚きながらも結晶格子状態をフリーに変更すると、続けてポケットから適当な格子キーを取り出して初期化した。


 そして、その格子キーでセキュリティ解除を試みる。

 ゲートはあっさりと新しい主を迎え入れた。


 ゲートの中には、数々の補給物資があった。さすがに結晶格子錠がついているだけあって大学生に荒らされた形跡もない。ただし、チェックタグの表示は四十五日前を指している。それ以来、一度も補給物資チェックが行われていないということだ。おおむね四十五日前にはこの大学の混乱は始まっていたことになる。


 内部には、地下シェルターに向かう簡易階段もある。

 物資、そしてシェルター。潜むには絶好の場所だ。

 場所は旧校舎の外れ。正門から入れば大学のもっとも奥に位置する場所だ。だからこそ厳重なセキュリティが施されていて、万一の時の最終防衛ラインとなることが運命づけられていたのだろう。ただその最後のセキュリティは、脳神経を拡張した一人の少女にあっさりと破られてしまったのだが。


 彼らはそうして、ひとまず学内に拠点を築くことに成功した。


 だがアルフレッドは、拠点構築時にその一人の少女がふいに浮かべた笑顔に違和感を感じていた。



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