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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第六章 少女奴隷の行方(2)


「――そうなんですね、私たち、きっと、この船で」


 戻ってきたアユムの話を聞いたセシリアは、ぽつりとつぶやいた。

 エクスニューロをつけたままのシャーロットも、その話に聞き入り、軽くうなずいている。


「時期で言えばきっと私が第一ロットなんでしょうね、取引が始まったのが二年前ですもの」


 アユムは最後にそう付け加えた。


「私にもきっと本当の家族が、いたのですね」


 そう言ったシャーロットの口調は、心なしか、エクスニューロを付けた今までの彼女のそれよりも抑揚が豊かだと感じられた。


「いや、それは無いだろう。隊長は、家族のいるものを売ることはしない。……もちろん、それは、君たちのいずれもが、家族を何らかの形で失ったということでも……あるんだが……」


 アルフレッドは語尾を濁す。


「こう言いたいのね。きっと私たちの家族は、ランダウ騎士団に殺された」


 アユムがはっきりと言うと、セシリアはおびえたように顔を上げた。


「もう……もういやですよ? せっかく気のいい人たちに溶け込めたのに、今度は仇だからって……」


「私はそんな気はないわ。ロッティ、あなたも」


「はい、私は彼らが私の家族を殺したと決めつける気にはなれません」


 その回答に、アユムはうなずく。


「ということ。アルが何を気にしているか分からないけれど」


 そう言われて、アルフレッドは心のわだかまりがほんの少し解けた気がした。


 それでも、心に引っかかった『何か』はどうやらそのことではない、と彼の勘は言う。

 それが、なぜかどうしても言語の形とならない。


 何だろう、この違和感は。

 二年前から続いていた人身売買。

 それがウィザード化される少年少女だっただろうことは、ほとんど間違いないだろう。

 ただそれだけの事実を知ったことで、何がこんなに胸騒ぎを起こさせるのだ?


「言われてみれば、僕のような志願ウィザードにはほとんど会わなかったね。事情を知らずに連れて来られ、手術を受けたものばかりなんだろう。おそらくウィザード化の手術とともに古い記憶を丁寧に消している。僕は志願したから記憶を消す必要が無かった、ただそれだけのことなのだろうね。いろいろな不可解が解決した思いだよ」


 エッツォもこう言って、自分だけが記憶を持っていることに得心している。

 僕が気になっているのはそんな些細なことだろうか? アルフレッドは自分の違和感を必死で探る。


「アユムさんが配備されてからすぐに、エクスニューロの強さが分かって、でも変な噂で志願兵も集まらないから、こうして人買いを増やしてたってことなんですね。ほかのみんなも同じように記憶が無いんでしょうね」


 ほかのみんな?

 ほかのみんなってなんだ?


「……セシリア、ほかのウィザードと会ったことが?」


 とっさに出てきた疑問は、アルフレッドの口を滑り出ていた。


「そりゃもちろんです」


「どのくらい?」


「うーん……七、八人、くらいですね。同じ戦線で挨拶したくらいでしたから、はっきりは覚えていないんですけど」


 たったそれだけ?

 それほど戦線歴が短いとも思えないセシリアが?


 ダース単位のウィザードが毎月のように生み出されていたのなら。

 弾の当たらない兵士。そんなものが大挙して攻め寄せたら。

 もしランダウ騎士団が提供したすべての捕虜がウィザードとして活躍していれば、同盟軍くらいあっという間に撃破できる。


 そうだ。

 これこそ違和感の元なのだ。

 数が合わない。

 合わなさすぎる。


「僕はお三方以外のウィザードとは会った事もないね。秘密部隊だからなのだろうがね」


 だとしても。

 秘密部隊だとしても、相当数が存在するなら、同盟軍などといつまでも小競り合いをしている必要は無いのだ。


「……エクスニューロ取り付け手術は、失敗もするのか?」


 その可能性はある。

 むしろ、それが唯一の可能性に思える。


「どうだろう、気休めかもしれないが、僕のときは、神経生理学的に完全自動化されたシステムだから失敗はありえないと聞いたけどね」


 もし相当な割合で失敗するのだとすれば、いくら弾に当たらなくなると言え、エッツォがあっさりと手術を承認するだろうか。そして、エッツォは、それはありえないことだと聞かされていたのだと証言したのだ。

 失敗はほとんどありえない。

 なのに、そのすべてが前線に出ている形跡は無い。


 何かが起こっているはずだ。


「おかしいと。思わないか、エッツォ」


 深刻な表情を読み取ったエッツォも、ようやくアルフレッドの言いたいことを理解しつつあった。


「……確かに。もし今回の取引のような大勢の素体が提供されていたのなら、もっと僕らは他のウィザードと会っているはずだし、東部戦線はもっと楽に戦えたかもしれない、そういう意味だね?」


「確かにおかしな話ね。それで?」


 エッツォの言葉を受けて、アユムが厳しい口調で返す。


「……分かってる。僕らはもうこんなことに首を突っ込むべきじゃない。だけど……」


 ただ周囲に流されるだけだった。

 自分自身の信念を持ったことが無かった。

 だが。


 今この自分の中に湧き起こる衝動は、何だろう。


「……君たちはもう大丈夫だ。僕はスポークスマンとして君たちを売り込んだが、その仕事も終わった。だから僕は抜ける。……ミネルヴァに戻ろうと思う」


 いつか、シャーロットの言った言葉。


 エクスニューロをつけたウィザードが味方に皆殺しにされる、という彼女の誤らない確信。

 そして、数の合わない奴隷とウィザード。


 ……その虐殺は、すでに行われている?

 今も続いている?


 アルフレッドは、まさに直感的にそう確信したのだ。


 自分がそんなつまらない正義感に駆られるタイプだなどと思ったこともない。

 むしろ、自分さえよければ、あるいは、自分が無為でいられるなら、それがもっともだと思っていた。


 だが、彼の心底に衝動的に起こった欲求は、こう告げていた。

 もう、これ以上、シャーロットのように死に怯えながら死を振りまく存在を増やすべきではない。ましてや、それが意味も無く消されるようなことがあってはならない。


 ミネルヴァには、そんな陰謀が潜んでいる。

 間違いなく。


 ――ウィザード四人を救った。


 だが、ミネルヴァに属していたものとして、まだミネルヴァで助けを求めているものを救うべきではないだろうか。

 もともと、戦場の露と消えると達観していた命、その価値を再確認させてくれた四人のウィザード。

 彼女らと同じようなウィザードを一人でも救うことこそ、その価値に見合った命の捨て方ではなかろうか。


 彼の中でこれだけの思考が巡っていたが、ついに一つも言葉にはしなかった。

 ただ、彼は、まさに燃える瞳をしていただろう。


 言葉にせずとも、彼の決意を、誰もが悟った。


「あなたがそう言うなら、止めはしないわ」


 アユムが言うと、


「いいえ、私は承認しません」


 シャーロットが口を挟む。


「アルが一人で行くことは危険です。私はアルが失われることを……受け入れられない。行ってはいけません」


 エクスニューロをつけたシャーロットがここまで感情をあらわにすることがあっただろうか? と思うほどに、彼女は顔を紅潮させている。と言っても、一般的に言えば、よくよく見れば興奮しているように見える、という程度なのだが。


 それに対して、アルフレッドは首を横に振った。


「ロッティ、君を助けたのは偶然だった。僕には意思が無かった。だが、今度は違う。君と同じような境遇の人たちを、助けたいと思った。僕のわがままだ。行かせて欲しい」


 ウィザードたちの英雄になりたい、などと思っているわけではない、人に感謝される心地よさを知った彼には、ただ助けたいと思ったことは本心に思われた。


「……朴念仁だと思ってたけど、案外熱いのね、アル。いいわ、ロッティ、オーダーよ、彼の離脱を承認しなさい。それから、ロッティ、セシリア、二人とも、ランダウ騎士団に残って任務を果たすこと」


 その言葉に、エッツォが何も口に出さずニヤッと笑っている。


「……アユム・プレシアードは、本日をもって騎士団から離脱し、アルフレッドの護衛を始めます。エッツォ、面倒かもしれないけれど、手術の記憶のあるあなたの手助けが必要になるかもしれない、一緒に来て」


「いいとも」


「待ってくれ、僕は一人で――」


「――行ってもらっても結構。私たちは勝手に護衛をさせてもらいます」


 彼女は、アルフレッドの抗議をねじ伏せる。


「だったらアユム、私も同行します」


 すぐさまシャーロットが続けた。

 反論しようとしたアユムだが、自分が使ったのと全く同じ論法でねじ伏せられることが目に見えたか、軽くため息をついただけだった。


「だったら、私も。その、こういうことって、勢いが大切ですよね。自分が助けられた分、他の人を助ける、ってだけ」


 セシリアの言葉に、アルフレッドは彼女との会話を思い出す。心に暗いものを抱えていても、誰かを助けられると思っていられる間は勇気を持って生きていける、と。だったら、ここで連れて行くことも彼女の救いに違いない。


「……みんなの気持ちは分かった。だけど、そんなことになるんだったら、筋は通しておきたい。僕は今から隊長のところへ行って、次の上陸時の除隊を申し出る。いろいろ条件はつくかも知れないが、後から問題を起こしたくないし、できたら戻ってこられるように話を付けておきたい。失敗したら、それこそ脱走すればいい」


「任せます。交渉に関しては、アルが一番頼りになるから」


 シャーロットがほのかに笑顔を浮かべる。

 エクスニューロによる感情遮断が弱まっているのかもしれない、とアルフレッドは思う。だとすれば、苛烈な日常に心を閉ざす必要を感じなくなったのかもしれない。良い傾向だ。だからこそ、自分が正義と思うことを貫かねば。


 彼も笑顔でうなずき返し、行ってくる、と一言だけつぶやいて、船室の出入り口につま先を向けた。


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