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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第六章 少女奴隷の行方(1)

■第六章 少女奴隷の行方


 それは、アルフレッドらが加入してから初めての苛烈で凄惨な戦闘となった。


 敵の戦力の問題ではない。

 それが、ある意味で戦闘と呼べないものだったからだ。

 すなわち、ほぼ無防備の小さな町に対する一方的な略奪に近いものだった。


 ランダウ騎士団はそもそも正規の軍ではなく海賊だ。第六市からいくばくかの支援はあるかもしれないが、原則、略奪略取を生業としている。

 だから、略奪行為を行って糊口をしのぐということは、ある意味で必要不可欠な活動なのだ。


 もちろんこういった大陸南部海岸沿いの小さな町は独自産業も無く、たいていは海賊化していくことが知られている。そういった芽を摘むという大義名分こそあることは説明されたが、かといって、シュウがそれを大仰に振りかざすことも無かった。この件に関しては、彼は笑いながら、略奪強盗は海賊の仕事だからな、とうそぶくばかりだ。


 ほぼ無防備ながらも、多くの住民がどこからか火器を持ち出してきて抵抗した。それは、正統政府軍による山岳地帯掃討作戦のときと全く同じだった。

 アユムは、敵戦力の無力化はもっぱらウィザード部隊に任せ、他の小隊は戦利品の運び出しと捕虜の拘束などの占領作業に専念するよう進言し、これを聞いたシュウは二つ返事で了承した。


 ウィザード部隊は、武器を持つ戦闘員を、急所を外して撃ち倒し、効率よく無力化していった。

 弾丸を避けるウィザード部隊に恐れをなし逃げ出すものもいたが、やむを得ず足を撃ってそれをとめた。


 従来の強襲よりはよほど少ない犠牲者で済んだだろう。

 それでも、逃げ惑う非戦闘員を追いかけ逮捕し、泣き叫ぶ彼らを捕虜集合所に引きずって連れて行く様は、まさに凄惨と呼ぶしかなかった。撃ち倒されながらも抵抗をやめない兵士を射殺するということも起こった。決死の覚悟で逃げ出す捕虜への威嚇弾が、彼の命を奪うこともあった。


 相手が無力で訓練されていないほど、被害が大きい、ということは考えてみれば当然の話だ。

 してみれば、正統政府軍に参加して山間の自治村を襲ったあの作戦は、ウィザードたちにとっては不幸な緒戦だったと言うしかなかったろう。


 ともかく、この作戦で、部隊を一ヶ月は養えるだろう物資と、二百名に及ぶ住民が捕らえられ、十六名が命を落とした。


***


 航海は、一度の略奪で終了となった。

 予想以上の捕虜数に、捕虜船倉が満室になってしまったためだ。


 捕虜たちが落ち着きを取り戻すまで一日ほど海岸キャンプで過ごし、揚陸ホバークラフトを往復させて捕虜を母船に運んだ。


 家族のあるものはなるべく同じ区画に収容するよう配慮し、その他の独身男女はそれぞれ独立した区画に分けられる。それは、それぞれの役割の違いでもある。家族のあるものは、家族ごと第六市に移住し労働力とされる。独身男性は住み込み労働力として多少の金銭の見返りに工場などに送り込まれる。独身女性の多くは、妻や妾を求める男に大金で買われる。騎士団にとってもっとも価値のある戦利品が、身寄りのない独身女性だ。だから、航海中に傷つけられたりしないよう特に厳重に隔離される。


 それでもちょっかいを出して海に放り出される団員もいるらしいが、ひそかに恋仲になって次に上陸したときにちゃっかり結婚までしてしまうものもあるらしいので、その辺りをあまり締め付けすぎることもしないのがシュウの流儀だった。

 この航海でも、女を連れ出してちょっかいを出そうとした団員がいたが、相手の女が結婚を約束した男がいると泣いて許しを請うたことに端を発して相手の男性探しが行われ、独身男性房にいた相手とその場で簡易の結婚式を挙げさせて家族房に放り込まれるという珍事さえ見られた。


 そんな中、あるとき何も無い海上で船団が突然方向を変えた。

 第六市に向かっていたのだが、その方向は再び大陸を向いていた。


 アユムとアルフレッドは、そのことに気付くと、すぐにシュウの元を訪れていた。

 雑な造りの『提督室』を訪れると、彼らはすぐに通された。ここまで気軽にこの部屋の入り口をまたげるものは他にそうはいない。

 座りたまえ、というシュウの言葉。最初の頃は座る場所を見つけられずに戸惑っていた二人も、その辺に転がっている収納ボックスを椅子にして座るということを覚えていた。


「船団が向きを変えていますね、また別の村へ?」


 アルフレッドが口を開く。

 シュウは、小さなデスクの上で紙にペンを走らせている。


「いや、取引、だな」


「取引?」


「ああ。たっぷり仕入れた商材を、な」


 商材、と言われて、アルフレッドが真っ先に思い浮かべたのは、あの小さな町で大量に奪ったメタンハイブリッド燃料だ。驚くほどの備蓄で、おそらく、どこかの軍事施設から奪って逃げてきたか、あるいはもともと備蓄基地だった場所を奪ってあの町を作ったのだろう、と考えられていた。


「第六市に売りつけるんではないんですか」


「買い手がつくとは限らん、しかも、相場の倍をつけると言っている」


「燃料なら需要は尽きませんし、と言って相場の倍額ってのもいくらなんでも――」


「――ああ、そうか、言ってなかったかな。今度の商材は『女』だよ。身寄りのない若い人間を何ダースか、という発注でな、幸い一ダースほどの在庫がある。上得意様でね、最近発注が多い。男女問わず高値を付けてくれるんだが、男は貴重な労働力でな」


「人身売買ですか」


 アルフレッドが顔を曇らせる。


「はっはあっ、なんだ、この船の上にこの程度のことを気が咎める人間がまだいたとはな、純粋でいいやつだな、お前は、相変わらず」


 シュウが大笑いする。アユムは、一瞬嫌悪感を見せたものの、口を出すことでもあるまい、と小さくため息をついて黙っている。


「……ふん、それに、おめえらもまるっきり無関係ってわけでもないかもしれんぞ。お得意様は、身分を隠してはいるが、どうもミネルヴァに関係があるらしい」


 今度は声を出さずに、アルフレッドは最大限の困惑の表情を作った。


 あのミネルヴァが?

 幼稚ではあったかもしれないが、理想とプライドの高いあのミネルヴァが人身売買に加担しているのか?


 少し首を回すと、視界に入ってくるアユムの姿。

 若い女性。身寄りどころか、過去どこで何をしていたのかさえ思い出せない身の上。


 ――まさか。


 アルフレッドの思考を読んだのか、アユムは軽く肩をすくめて見せた。


「……さて? そういうことかもよ? 私も一度はこの船の乗客だったのかも」


 二人の間の目配せとアユムの言葉で、どうやらシュウも合点がいったらしい。


「なーるほどな、強化兵に改造するために後腐れのない若者を買ってきて、と。良くぞお戻りを、我らが姫君」


 シュウはおどけて一礼する。


「その……いつからこんなことが?」


「俺が知ってるだけでもう二年だな。ここ半年は特に増えた。商売繁盛、おまけにおめえらのおかげで弾薬も節約、運が向いてきたよ」


 とすると、エクスニューロ手術がさほど時間がかからないものだとすれば、アユムがウィザードに参加した時期ともおおむね符合する。


 これこそが本当に彼女たち、ウィザードのルーツなのか?

 ――おそらくそうなのだろうな。

 そう思うアルフレッドだが、胸のうちにわずかに引っかかるものがあることに気付いていた。


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