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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第五章 騎士団の戦姫(4)

 第一市南部。

 マリアナ正統政府の首都であり、第六市の機械製品販売先としては最大の『お得意様』である第一市への貨物航路は、それだけに多くの海賊がはびこる危険地域でもある。

 ウィザード部隊にとって二度目の遠征は、多いときには月に二度は行われるという、この第一市南部沿岸の掃討戦である。


 漁船を装った騎士団の斥候船が常に何隻も沿岸を巡回し、発見した集落を監視する。その中で、海賊と思しきものをリスト化しているが、新たにリストに加わる集団の数と掃討でリストから姿を消す集団の数は拮抗して久しい。

 特に第一市南西部は入り組んだ地形の海岸が多く、そこに潜む海賊団が後を絶たない。一度全滅させた拠点に新たな勢力がいつの間にか根付いていることも珍しくない。


 捕らえてみると、たいていは第一市周辺の武装勢力が海賊化したものである。特に、新同盟が対正統政府工作に送り込んだらしい武装集団は正規軍に近い装備を持ち、手を焼くのだと言う。

 新同盟の本拠地、大陸東端の大半島は地下資源に富み、その地下資源を輸出品に第六市から武器弾薬を含む機械製品を買い、そういった武装で正統政府やミネルヴァと戦い、一部はランダウ騎士団の敵となる。ランダウ騎士団が掃討しクリアになった貿易航路を通して正統政府に運び込まれた機械製品も独立武装集団を擬した新同盟の工作部隊の殲滅の用となる。正統政府と新同盟が対立しバランスしている限りは、大陸の資源が尽きるまでこの戦乱は続く、そういうことなのだろう。


 そのバランスを崩すのが、ミネルヴァか、ランダウ騎士団か? そんな思いが湧くこともあったが、アルフレッドは、根本的にそこまで大それた夢想を持つタイプではない。ただ、武力を大陸南海に提供し続けるものがいるのならそれを潰し続ける、それを続けていれば、いずれランダウ騎士団の存在価値も無くなるだろう、とは思う。


 我がことながら、相変わらず感化されやすい性格だな、とも思う。


 学究のために死ねと言われればそうすることを不思議と思っていなかった。守られる側になっても良いではないかという思いに捕らわれればそれを不思議と思わなかった。人を傷つけたくないという少女の言葉には容易くなびいた。


 同じように、平和な経済航路を秘密裏に守るというランダウ騎士団の精神にもすっかり染まっている。

 結局やっていることは、沿岸の村落の略奪だということは分かっていても、それが今生きる術なのだと自分に言い聞かせて、余計な雑念を追い出す。


 それは、彼が知らずに身につけた処世術、なのだろう。


 無感情なのではなく、むしろ情に甘いと言われるべき性格である。


 そんな彼は、第一遊撃隊の補給担当官の身分を得て、事実上はウィザード部隊の副官として、ウィザード部隊の作戦立案に携わる立場になっている。


 向かい合わせに三段ベッドが二台だけの兵員船室一つがウィザード部隊の専用船室となっていて、入って左側が下からアユム、シャーロット、セシリア、右側が下からアルフレッド、エッツォ、という割り振りである。

 目的地に着くまでの船内は訓練時間を除けばひどく退屈ではあったが、もともと軍属だった五人にとっては、むしろ規律の乱れた刺激的な職場に思えた。


 その時、アルフレッドは、自分のベッドに腰掛けて持ち込んだ古い戦記物の本を読んでいた。もちろんそれは略奪品のひとつで、あまたの人の手の間を転々としたらしくぼろぼろになっていた。


 彼が読み終えたページをめくろうと右手を動かしたとき、轟音があった。


 反射的に立ち上がって甲板へ向かう廊下を走る。同じように行動する同僚たちとぶつからないよう表に出たところで見たのは、母船を囲む護衛艇の一隻が炎を上げて沈みゆくところだった。

 敵襲だ、ということはすぐに理解した。しかし、海上のどこを見ても敵影が無い。

 護衛艇は一瞬の混乱ののち、すぐに母船を守るべく密集隊形へと移動を始めた。


 だが、アルフレッドを追って甲板に出てきたシャーロットが叫ぶ。


「散開を! 攻撃は護衛艇から!」


 いつにない力強い宣言、いつ襲撃があっても良いようにエクスニューロを装着していたからこそ、彼女の直感が何かを知ったのだろう。


 すぐにそう判断したアルフレッドは、甲板の専用有線電話機に飛びつく。

 受話器を上げると呼び出し音が聞こえ、すぐに、シュウが応答した。


「隊長、襲撃者は護衛艇に紛れ込んでいます、散開命令を」


『……ウィザードの勘か』


「はい」


『分かった』


 すぐさま回線は切れる。

 その時にはシュウは別の回線で命令を伝え始めていただろう。


 ややためらうような動きを見せたが、護衛艇は一斉に母船との距離を広げ始めた。


「ロッティ、分かるか、敵は」


「分かります。……あの護衛艇。乗っ取られている。艇内に高性能爆薬。この母船に体当たりするつもりだった」


 いつの間にか、残り三人のウィザードも並んでいる。


「ロッティはあれが敵だと言っている」


「ええ、間違いなさそうね。さっき撃沈された護衛艇を背後からロケット砲で狙える位置。密集隊形への移行もあの船が真っ先に動き始めた。この船団の作戦行動を熟知しているスパイが乗っ取ったようね」


 アユムは状況判断も交えてシャーロットの指摘を肯定した。


「どうする、隊長の命令を――」


「ウィザード部隊、出撃準備」


 アルフレッドが逡巡する間もなく、アユムが命令を下す。さすが、ミネルヴァ時代に激戦区にいただけのことはある、とアルフレッドは感心する。


「エッツォ、セシリアは、狙撃で援護。私とロッティが突っ込むわ。アル、小型舟艇の準備を」


 すぐに最寄の電話機に駆け寄り、アルフレッドは奇襲用の小型高速艇の着水準備を命じる。今やスター部隊となったウィザードの副官の命令は隊長承認を待たずに実行に移される。こういう点が、単純な軍閥組織とは異なり、彼らを変幻自在の柔軟な組織としているのだ。

 ほんの一分で着水準備の整った高速舟艇を吊るすクレーンに赤色等が灯る。アユムとシャーロットが駆け寄り、飛び乗る。そのときにはすでにシュウも駆けつけていて、彼らの作戦を追承認していた。


「アル、あれが裏切りものの船か?」


「彼女らが言うのなら間違いありません。他の部隊の行動は?」


「まだ気付かれていないと思わせておきたい。無線命令を飛ばすとやけを起こして突っ込んでくるかもしれない」


「なるほど」


 シュウの説明を聞いて、アユムが単独突入の決断を下した意味を改めて理解する。


 ウィザード二人の乗った船が、しぶきを上げて海面に落ちる。同時にウォータージェットモーターが唸りを上げ、水面浮上艇を水面から持ち上げつつ噴流で押し出し始める。着水後展開された小さな水中翼が揚力を生み、噴流の尾を引きながらほとんど飛ぶように高速艇は突っ走り始めた。

 初めはターゲットとは無関係の方向、最初に撃沈された護衛艇の海域に向けて。

 護衛艇沈没の原因調査と思わせると同時に、万一、裏切り艇からロケットが発射されても母船方向に飛んでこないように、という配慮からだ。巨大な母船はロケット砲の数発くらいではびくともしないが、それでも被害を小さくできるのならそうすべきだ。


 やがて高速艇は大きく右に舵を取り、被疑艇に船首を向けた。


 左右に大きく頭を振りながらの接近は完全に戦闘行動だ。ここまでくれば、敵方も高速艇の目的に気付くだろう。

 敵は、護衛艇の甲板にわずかに姿を現した。おそらく斥候。そして、そのすぐ脇に、いくつかの筒状の影。


 細い筒がオレンジの炎を連続して吐いた。


 その銃口の射線を発射前から『見て』いたシャーロットは、船体に当たって跳ね返る弾道が自分の右肩に近いことを知ってわずかに体をひねる。その直後に、ひしゃげた跳弾が塗装膜の破片とともにその場所を通り過ぎていく。


 いかにウィザードといえど、揺れる船上から完全に狙いを定めることは難しい。小さな窓からのぞいている小銃を狙って撃った十数発の機銃弾は狙いをそれてその周辺に金属の火花を作った。


 すぐに、太い射線が船体を貫いていることを知る。

 それは、直前に一隻を海に屠ったロケット砲の射線だ。


 積極的防御のために砲口を狙ったシャーロットの弾はすべて外れる。


 シャーロットの中枢神経はエクスニューロの力でオーバーロード状態となり、砲口から飛び出してくるロケット弾頭の動きがスローモーションで見える。

 しかし、彼女の撃つ弾は、もどかしくもその脇をすり抜けて行って無為な火花を散らす。


 船の揺れと銃の重さに完全に抗しきれない筋力。

 いかにエクスニューロが完璧な予測と筋肉操作を行おうとも、高速艇の激しい揺れを完全にキャンセルする筋力までは生み出せないことを、シャーロットは歯がゆく思う。

 その強い悔しさのためか、狙うべき砲口がブレて見えてくる。


 ロケット弾が彼我の半ばを突破し、いよいよ退船などの行動をとるべきかもしれない、とシャーロットとアユムが考え始めるまさにその時、彼女らの視界に別の射線が飛び込んでくる。


 二本の射線の一つは過たずにロケット弾の射線と交差していた。

 その出元を確認するより早く、その射線に沿ってスローモーションの弾丸が視界に飛び込んできて、ロケット弾に命中した。

 ロケット弾は破裂して海に落ちる。


 射線の元は、セシリアの狙撃銃から伸びていた。

 そのことを確認したのと、シャーロットの射線がロケット砲口を捕らえたのが同時だった。


 ブレて見えていた砲口のうちの一つの虚像を、『弾丸が吸い込まれるべき像である』と確信したのだ。


 従来より明らかに強く異質な確信にシャーロットは戸惑いながらも、傍目からは狙いを外しているとしか思えない射線に、弾丸を乗せた。

 ――次の瞬間には、装填されようとしていた砲口内の次弾に彼女の銃弾が命中し、携行用ロケット砲は暴発して使用者もろとも粉々に吹き飛んだ。


 おそらくその隣にいたであろう小銃兵も巻き込んだのだろう、小銃による攻撃も止む。


 まもなく高速艇は敵舟艇に肉薄する。タイミングを合わせて操縦者のアユムが強襲上陸用ロケットモーターを点火すると、数メートルの岸壁を乗り越えるための跳躍機能が働き、高速艇は護衛艇の前部甲板に乗り上げ、キャビンに衝突する形で止まった。

 もちろん、シャーロットとアユムは怪我をしないように直前で飛び降り、甲板で受け身を取る。


 視線で会話すると、二人はすばやく二手に分かれる。シャーロットは後部甲板へ、アユムはキャビンへ。


 キャビンに突入したアユムは、まだ動いていた数名の兵士にホールドアップを命じ、応じなかった二名の膝を打ち抜いて屈服させた。

 後部甲板から下部船倉に潜ったシャーロットは、すぐに巨大な爆弾を発見した。防備に当たっていた敵兵を火花を飛ばさぬよう正確に打ち倒し、起爆装置をエクスニューロの直感で探し出す。


 全部で四つあった起爆装置を、再び直感で正しく解体し、自粛していた無線をオンにして、作戦完了をアユムと母船に伝えた。


***



 この事件で、ウィザード、特にシャーロットの人気はさらに上がり、『戦姫』と呼んで崇拝するものまで現れる騒ぎとなった。

 当然、彼女を戦いから引き離したいと思っているアルフレッドには面白くない事態だったが、少なくとも、正統政府軍にいたときのように直接害されるような状況からは遠く離れたことにはひとまず胸をなでおろす。

 実際、彼は、多くの戦果を上げながらも、まだ彼女たちを異物扱いするメンバーが多いことを気に掛けていた。


 だが、今回の活躍で、彼女たちは文字通りの『アイドル』となった。

 これで安心だ。

 そろそろ身を引くべきか。


 彼女たちの引退まで面倒を見るべきか。

 アルフレッドの中で葛藤が無いでもない。

 彼女たちに与えたいと思っている安寧な暮らしは、実のところ、アルフレッドにはすぐ手の届くところにあるのだ。


 ウィザードの副官、補給担当官。

 いずれの身分も、さほど重要なポジションではない。

 優秀なウィザード小隊長アユムがいるし、現地略奪が基本のランダウ騎士団に大仰な兵站は必要ない。


 おそらくこの軍団においては、ウィザードを加入させたことで彼の役割は終わっているだろう。

 であれば、彼一人が引退することを止めるものもいまい。

 第六市の一般労働力として働き、平和な暮らしを楽しむ権利だってあるはずだ。


 そう思いながらも、彼はスパイ潜入爆破事件の次の航海にも従軍した。

 ランダウ騎士団加入から、すでに二ヶ月がたっていた。


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